第三話 『ナミダノカタチ』

 

     1

 

 意味もなくただ繰り返される毎日に、小林結佳は絶望していた。

 彼女は半年後に高校受験を控えているが、受験勉強に専念することができない。その必要も感じていない。

「高校なんて、どこに行っても同じ」

 どの高校に行くかではなく、高校でなにをするのかのほうが重要だ。そう思いながらも、なにかやりたいことがあるわけでもない。

「なにをしても、たいして意味ない。どうせ私には、なにもできない」

 諦め。

 自分の実力は知っている。自分がいかに無力な存在かを理解している。

 結佳は、そう思い込んでいる。

 だから絶望していた。

 自分にはなにもできないと、勘違いしているから。自分には、なにも手に入れることができないと。

 どうでもいい存在。

 いてもいなくても、どうだっていい。

 誰も私のことなんて『見ない』。誰も私のことなんて気にしない。

 お父さんも、お母さんも、結美も、先生も、クラスの人たちも。

 私には『価値』がないから。取るに足らない存在だから。

 重い空気に満たされた世界。灰色の…。

 それが、結佳が『生きている』世界だった。

 

「ほら、お姉ちゃん。早くご飯食べて、片づかないでしょ」

 日曜の朝食は、家族揃って採るのが小林家の決まりだ。それ以外の曜日は、父親の出社時間の関係で、家族が揃うことはないからだ。

 家族四人。父親の昌也(まさや)、母親の里穂子(りほこ)、長女の結佳(ゆか)、次女の結美(ゆみ)。ごく一般的な中流家庭。なにを基準に中流なのかは分からないが、それでも小林家は『一般的な中流家庭』だった。

 都内までは電車で一時間半ほどの建て売り住宅に住み、外からは仲がよい理想的な家族と見られるような。そう見られるように、意図的に演じているのが分からないような。ごく普通の家庭。

 里穂子に急かされ、結佳は「ママ特製ジャム」が塗られたトーストを無理やり口に押し込んだ。

 美味しくないと思った。結佳は「ママ特製ジャム」が嫌いだった。胸が悪くなるほど甘くて、変な匂いがするからだ。

 しかしこのジャムをトーストに塗らないと、里穂子の機嫌が悪くなる。仕方がないので、結佳は嫌々ジャムを塗るのだが、いつまで経っても好きになれない。

 もごもごと口を動かして、どうにか嚥下する。

「…ごちそうさまでした」

 呟くようにいい。食器を流し台に置いて、結佳は自分の部屋に戻った。

 結佳の部屋は、もうすぐ十五歳になる少女の部屋にしては殺風景だ。

 四畳半の広さのその部屋には、調度品といえる物は勉強机とベッドくらいしかない。壁にはポスターが貼ってあるわけでもなく、目にいたいほど白い壁紙が病室のような雰囲気を醸し出している。

 部屋に戻った結佳は、机の中に入れておいたはずの財布が、机の上にあることに気がついた。中を確認すると、二千円お金がなくなっていた。

「…またなの」

 犯人は分かっている。結美だ。

 だが結佳は、二つ年下の妹にそのことを問いつめたりしない。しても無駄なのは理解している。これまで何度かこういうことがあり、結佳は結美を問いつめたことはないが、惚けるに決まっていると思っていた。

 だから結佳は、財布を机の中に戻すとこのことは忘れた。忘れた振りをした。

 初めから、私の財布にはこれだけしか入ってなかった。そう思い込んだ。

 これが一番いい方法だ。なにも波風は立たない。結佳がそう納得すれば、それで全てが終わりになる。

 結佳はすることがないので、昼食の時間までベッドの上で膝を抱えて座り込むことにした。

 

 結佳には友達がいない。言葉を交わす程度のクラスメイトならいるが、結佳自身友達だとは思っていない。クラブ活動もしていないし、これといった趣味もない。

 なんの面白みもない私。つまらない、取るに足らない私。

 いてもいなくてもいい私。

 死んでしまいたい…とは思わない。そんな勇気はないし、死ぬことに『意味』を見いだせない。

 だから、ただ生きている。産まれてきたから、生きている。

 結佳にとって、『生きる』とはそういうことだった。なにかをなすために生きているのではなく、産まれてきたから生きている。死にたいとは思わないから、今の状態を、生きているという状態を継続させているだけ。

 でもそれは、本当に『生きて』いることに当てはまるのだろうか?

 しかし『生きて』いるとは、どういう定義によって『存在』を固定されているのだろう。それが明確に立証され、定義されない限り、結佳は『生きて』いるし、『生きて』いることを与えられている。

 結佳だけではない。全ての『有機物』という集合を形成する存在全てが、曖昧で定義されていない『生』を許容し、させられている。

 生と死。対となる事象。そしてたぶん、本当は対ではない事象。連続し、でも連続はしていない事象。

 死と生。点と線。生という線の終着点が死。

 そう認識すると、少しだけそれらは『分かりやすく』なるように感じる。その認識に、なんの意味がないとしても。

 

     2

 

 結佳は夢を見ていた。その夢の中で、結佳はピエロの格好をしていた。

 彼女は大きな玉に乗って、向こうの『終わり』と書かれた看板のことろまで行かなくてはならないのだが、『玉の中に入っている砂』が少な過ぎて、乗ると玉がへこんでしまって転がらない。

 早くしないと、また結美に嫌われてしまう。

 焦ると、焦るだけ『玉の中に入っている砂』が少なくなっていく。

 どうすればいいのだろう? 私は、もうこれ以上結美に嫌われたくないのに。

「なにをしているッ!」

 黒い蛙の団長が怒鳴った。

 でも結佳は、団長は恐くない。なぜなら、彼は蛙だから。

 結佳は団長を踏みつぶしてやろうかと思ったが、気持ち悪そうだったので止めた。周りを見回すと、黄金の兎が二匹死んでいた。

 そうだ。あの兎を『砂』に変えればいい。

 そう思った結佳は、黄金の兎をけっ飛ばして『砂』にした。その『砂』は自動的に玉の中に入った。

 これでいい。

 結佳は玉に乗って『終わり』の看板まで転がした。

「すごいッ! お姉ちゃんすごいよッ!」

 看板が結美に変わり、結佳を褒めた。

「そうかしら? 結美が見ていてくれたからよ。結美が見ていてくれたから、お姉ちゃんがんばれたのよ」

 抱きついてきた結美を、結佳はぎゅっと抱きしめた。

 

 目が醒めると、結佳は夢のことは忘れていた。でもなんだか、楽しい夢を見ていたような気はした。

 目覚まし時計が鳴るまで、後十分ほどあった。結佳は目覚まし時計のアラームを鳴らないように切り、ベッドから降りて制服に着替えた。

 妹の結美は学校に行く前にシャワーを浴びたりするが、結佳はしない。面倒くさい。一度濡れると、髪を乾かすのに手間も時間もかかる。

 結佳の髪は腰に届くほど長い。なぜそれほどまで伸ばしているのか、結佳にも分からない。ただ昔から長かったから、そのままにしている。

 机の上の小さな鏡で確認しながらブラッシングして、「こんな感じでいいかな」と思ったところで結佳は櫛を置いた。

 学校の準備は昨日のうちに済ませているので、後はご飯を食べて家を出ればいいだけだ。学校までは自転車で十五分。十分間に合う。

 今日もただ、いつもと同じことを繰り返すだけの一日が始まった。

 

 結佳は、勉強もスポーツも『普通』だ。良くもなければ、悪くもない。強いてあげれば、英語が少しだけ得意だということだろうか。それでも、クラスで五番くらいだ。

 そんな結佳をライバル視するクラスメイトはいないし、無口でおとなしい結佳はクラスで目立つ存在では当然ない。

 クラスでの結佳は「髪の長いおとなしい子」として、無難というか、『普通』の位置にいる。

 イジメられることもなく、誰かをイジメることもない。そもそも、結佳のクラスにイジメはない。

 高校受験を半年後に控え、そんなことをしている暇はないのだろう。

 数学教師が黒板に羅列する数式を、分かったような分からないような気持ちで、結佳はノートに書き写していく。

「この式は重要だから、みんなちゃんと理解しておくこと」

 なぜ重要なのだろう? テストに出るから?

 そう思ったが、結佳は素直にその数式を赤いラインで囲っておいた。そうしておくと、なんとなく重要っぽく見えるからだ。

 赤いラインで囲ったからといって、憶えなければ意味がない。そしてテストに出なければ、憶えても無駄だ。テスト以外で、そんな数式を使うことはない。数式でお腹は膨れない。

 生きていけない。

 しかし教科書に書いてあり、教師が黒板に同じことを書くくらいなのだから、それにはなにかしらの意味があり、結佳には理解できない『重要』なことが含まれているのだろう。

 複雑でよく分からないシステム。

 生きていくためには必要なシステム。

 学校も、テストも、生きていくためには必要なシステム。そう納得するしかない。なぜなら、そういうものだからだ。

 理解する必要はない。そういうものなのだと、納得した振りをすれば、そう思えればいい。それ以上のことは必要ない。

 それで生きていける。

 結佳は黒板に走ったチョークの軌跡を、その通りノートに写し続けた。

 こうしてなにごともなくいつもと同じ学校での時間が終わり、結佳は家に帰った。誰も結佳を遊びに誘う者はなく、ただ声をかけるだけの者もいなかった。

 だがそれはいつものことなので、結佳はなにも感じなかったが。

 

 結佳が家に帰ると、家には誰もいなかった。

 いつもは里穂子が出迎えてくれるのだが、里穂子は高校の同窓会とかで、明日の夜まで留守にするといっていたのを結佳は思い出した。

 結佳は少しほっとした。

 明日の夜まで、お母さんの顔を見なくていい。

 結佳は里穂子が嫌いなわけではない。だが、少し鬱陶しいとは感じている。口を開けば「勉強は?」とか、「女の子なんだから、みっともない格好はしちゃダメよ」とか、どうだっていいことばかりいうからだ。

 私が勉強できないと、お母さんが恥ずかしいから。私がみっともない格好をしていると、お母さんが恥ずかしいから。

 結佳はそういうふうに思っていた。

 里穂子が本当に結佳のためを思っていっているとは、とてもではないが思えなかった。もし本当に里穂子が結佳のことを考えているなら、「勉強しろ」とか、「みっともない格好をするな」とかいわないと思っているのだ。

 ひねくれた『子供』の思考。だが結佳は『子供』なので、そのことを責めることはできない。

 いつかは理解することだ。里穂子が、本当に結佳のことを思っていっているということを。結佳が結婚し、子供を産み、その母となったとき。結佳は里穂子を理解するだろう。そしてたぶん、自分も里穂子と同じようなことを子供にいうだろう。

 しかし結佳は、まだ自分が結婚して子供を産むなんてことは考えることもできない。そんな『物語』は想像できない。

 だからこそ結佳は『子供』で、ひねくれた思考を持っている。『大人』を理解できずに、世界を斜めから捕らえている。

 未熟な結佳。『子供』な結佳。

 甘ったれの結佳。

 だから思う。

「かわいそうな…私」

 

     3

 

「ただいまぁ」

 結佳が着替えを終えリビングでただ座っていると、帰宅を告げる結美の声が聞こえた。

「おかえりさない」

 リビングに入ってきた結美に、結佳は視線を向けずにいった。

「お、お姉ちゃん…そ、そうか、ママは今日いないんだっけ」

 結美はそういって、なぜか慌てたように自分の部屋に入っていった。結佳はそんな様子の妹を、なにも考えずに見送った。なにも考えず…違う、考えるのを意図的に放棄してだ。考えてしまうと、結美に嫌われているという事実を突きつけられるからだ。

 結佳は、結美に嫌われていると思っている。そして、そのことが耐えられない。だから距離を置いて、これ以上嫌われないようにしていた。

 お金を取られても、なにもいわないのはそのためだ。「どうせ誤魔化す」とか一方的に決め込んで、結美とぶつかることを放棄する。

 結美。

 かわいい妹。私の…大切な妹。

 いつからだろう? 結美に嫌われていると感じ始めたのは。もう、ずいぶん昔からのように結佳は感じた。

 誰が悪いのかと問われれば、結佳は「私が悪い」と答えるだろう。「私が取るに足らない存在だから」…と。

 結美に愛される資格のない、いてもいなくてもどうでもいい存在。

 私と結美は違う。結美はかわいい。お父さんにもお母さんにも愛されている。羨ましい。でも当たり前。だって、結美はかわいいし、魅力的だから。

 姉妹なのに、なぜこれほどまでに違うのか。結佳は何度も思うが、いつもその答えは簡単に導きだされる。

 それは、「私が取るに足らない存在だから」。

 そう産まれてきてしまったから。

 どうしようもない事実。現実。

 そして理解。

 出口のない迷宮。それが結佳の世界。結佳が「そうだ」と思い込んでいる、灰色の世界。

 だから結佳は沈黙を守り続ける。

 それこそが、一番いい方法だから…。

 

 先ほど電話があり、昌也の帰りは仕事で遅くそうだ。なので結佳と結美は、果穂子が作ってあった夕ご飯を温めて採った。二人での夕ご飯は、なにも言葉が交わされることなく終わった。

 食べるのが遅い結佳が、まだ半分も食べ終えていないうちに、結美は食べ終えて自分の部屋に戻っていった。

 結佳はそれからも、一人で食事を続けた。

 食べ終えて食器を洗う。結美と自分の分を。

 結美の食器を洗いながら、結佳は少しだけ幸せだと感じた。結美が食べた後片づけ。結美のためになにかしてあげている。そう思ったら、少し救われた気がした。

 結佳は久しぶりに笑った。

 中学に入ってから初めてかもしれない。忘れていた。自分が笑えるなんてことは。

 結佳は時間をかけて、食器を洗った。綺麗になったと思っても、「まだ少し汚れている」と理由をつけて再び洗った。

 その楽しい時間も終わり、結佳はお風呂の用意をして、結美の部屋のドアをノックした。

「お風呂…入ってね」

 それだけ告げると、結美の返事も聴かずに自分の部屋に向かった。

 今日は数学の宿題が出ている。結佳は結美がお風呂に入っている間に、その宿題を終わらせることにした。

 結美のお風呂は長い。短くても一時間は入っている。それだけあれば、宿題は終わるだろう。

 数学の宿題。よくわからない。難しい。一時間で終わらないかもしれない。バカな私。

 あっという間に時間は過ぎ、

「お風呂空いたよ」

 結美の声がした。そっけない一言と、小さくなる足音。そして、バタンという結美が自分の部屋に入った音。

 結佳は立ち上がり、もう少しで終わる宿題を広げたままお風呂に向かった。

 結佳はさっと服を脱ぎ、さっと身体と髪を洗い、さっと湯船に浸かり、さっとバスルームを出た。

 三十分もかからなかった。

 濡れて重くなった髪に対して、「重いな」と当たり前のことを感じながら、結佳は部屋に戻った。

 途中でリビングの前を通ったが、昌也はまだ帰宅していないようだった。

 結佳が「髪を乾かすの面倒だな」と思いながら自分の部屋のドアを開けると、部屋の中に思いもかけなかった人影があった。

 結美だ。

 結美は、結佳の椅子に腰掛け、ドアが開くと同時に結佳を見た。

「どうしたの?」

 驚いたが結佳は、平然と結美の頭の上に視線を向けていった。

「……」

 結美はなにもいわなかった。だが、視線は真っ直ぐ結佳に向けている。

 結佳は動揺を隠し、室内に入ってドアを閉めた。そして、

「どうしたの?」

 と、同じ言葉を繰り返した。視線は結美から外したままで。

「…お姉ちゃん…どうして結美を見ないの?」

 怒っているというよりは、それは悲しげな口調だった。

「み、見てる…わよ…」

「ウソッ!」

 その通り、ウソだ。

「お姉ちゃんはいつもそうッ。結美のこと見てくれないッ! 結美がなにをしても、お姉ちゃんは知らんぷりッ!」

 椅子から立ち上がり、結美は声を強くして叫んだ。

「どうしてお姉ちゃんはなにもいわないのッ? どうして怒らないのッ? 結美のこと嫌いなんでしょッ? 嫌いっていえばいいじゃないッ! 叩けばいいじゃないッ!」

 結美はなにをいっているのだろう? 急にどうしたのだろう? 結佳には理解できなかった。

「お姉ちゃん。ホントは結美のことなんて、どうだっていいって思ってるんでしょッ? 結美のこと見えてないんでしょッ? 結美なんていないと思ってるんでしょッ?」

 違う。どうだっていいのは私。見られてないのは私。いないと思われているのは私。だから、違う。

「これ…お姉ちゃんのお金ッ」

 結美は便せんを机に叩きつけた。

「知ってたんでしょ? 結美がお姉ちゃんのお金盗ってたの」

「…あっ…ち、違う…知らないわ。私はなにも…」

「ウソッ! お姉ちゃんはウソばっかりッ!」

「本当よ…本当に私は…」

 どうしたの結美。どうして? どうして急に私をイジメるの?

「酷いよお姉ちゃんッ!」

 酷い…?

 酷いのは結美じゃないの。そんなにお姉ちゃんが嫌いなの? お姉ちゃんは…お姉ちゃんは…。

「結美は…」

 苦しげな顔をして、結美は俯いた。

 そして顔を上げ、

「結美はお姉ちゃんのこと、お姉ちゃんのこと大好きなのにッ! お姉ちゃんに結美のこと見てほしくて、結美は悪いことだってしてるのにッ! なのに酷いよッ!」

 それは慟哭だった。

 結佳には理解できない。そして信じられない慟哭だった。

 どういうこと? 結美、どうして泣いてるの? 苦しいの? 辛いの? どうして? 信じられない。結美…「大好き」って? 「見てほしい」って…? 違う…違うわッ!

 私は…私だってッ。

「お姉ちゃん…どうして…? どうしてなにもいってくれないの? そんなに結美が嫌いなの? 嫌いだから結美の声は聞こえないの?」

「…ち、違う…」

「なにが違うのよッ?」

「わ、私…」

 泣いている結美。でも真っ直ぐに結佳を見ている。そして結佳も、真っ直ぐに結美を見つめて…。

 結美。

 泣かないで。苦しまないで。

 結美。大好きな結美。大切な結美。

 かわいい、魅力的な…私の妹。

 そう思った瞬間。結佳の中で、なにかが壊れた。

 世界が急速に色彩を取り戻す。灰色の世界は去り、眩いほど色鮮やかな世界が結佳の前に広がった。

「私…結美のこと、嫌いじゃないわ」

「ウソッ!」

「ウソじゃない。本当よ…嫌いになったことなんて、一瞬だってないわ。嫌われているのは、私のほうだって思っていたから…」

「そ、それは…でも、だってそれは…お姉ちゃんが結美を見てくれなかったからよッ。だから結美は、お姉ちゃんの気を引きたくて悪いこと…お姉ちゃんのお金取ったり、部屋の物かってに使ったり…してたんだもん…」

「…そう…だったの。ごめんね、結美。私…お姉ちゃんバカだから、結美のこと苦しめていたのね。ごめんね…本当、ごめん…」

「お、お姉ちゃんが…謝ること…ないよ」

「ううん。お姉ちゃんが悪かったの。お姉ちゃんは、結美のお姉ちゃんなんだから、本当は気づかなければいけなかったの…。なのに、なにも分からなくて、結美を苦しめて…ダメなお姉ちゃんよね。だから、ごめんね」

 結佳は結美をそっと抱きしめた。結美は身動きせずに、そのままにされている。

「…お金…一円だって使ってないよ」

「そう…ごめんね。結美は、ずっと苦しんでいたのね。お姉ちゃんにお金返したかったんだよね。ごめんね…お姉ちゃん…気づいてあげられなくて、ごめんね」

 間違い。勘違い。思いこみ。バカで、愚かな。

 バカ。本当にバカな私…だけど…。

「お姉ちゃん、これから結美のことちゃんと見るから…結美を苦しめるようなこと、もう二度としないから。だから…」

「…うん…お姉ちゃん…」

「だからお姉ちゃんを、これからも、結美のお姉ちゃんでいさせてくれる…?」

「…うん…ずっと、結美のお姉ちゃんでいて。結美はいままでだって、これからだって、ずっとお姉ちゃんのこと大好きだもん…結美はずっと、こうしてお姉ちゃんに抱きしめてもらいたかったんだよ…」

「ごめん…ごめんね結美。それに…ありがとう。お姉ちゃんも、結美のこと好きよ。大好きよ…」 

 彩りに満ちた世界は、抱きしめ合う姉妹が心から流す涙のかたちを、自らの一部にした。

 

     だからこれはありふれた日常

 

「お兄ちゃんが選んでくれる服って全部、ふわふわしてて、ひらひらしてて、ピンク色っぽいね」

「なんだ。イヤなのか?」

「イヤじゃないけど、ちょっと恥ずかしい」

「恥ずかしくないさ。瑠奈はかわいいから、そういうのが似合うんだよ」

 少し歳の離れた、でも仲がよさような兄妹が、楽しげに会話しながら結佳の傍らを通り過ぎていった。

 結佳はその兄妹を、「仲がよさそうでいいな」と思いながら見送った。

 それはいいとして、結佳ははぐれてしまった自分の妹を捜している最中だ。他人のことを考えている場合ではない。

「お姉ちゃーん。こっち、こっちぃ!」

 キョロキョロと人混みの中を見回していると、結佳の耳にその妹の声が届いた。結佳は声のしたほうに視線を向けた。

 自分でも、自分によく似ていると思う妹の顔。その顔に向かって脚を進めた

「ご、ごめんね、結美。お姉ちゃん、人が多い場所とか苦手だから…」

「もうッ! だから手を繋ごっていったのにぃ」

「だ、だって…恥ずかしいでしょ? お姉ちゃんなんかと手を繋ぐの」

「ムッ…『お姉ちゃんなんか』っていわないッ! お姉ちゃんは、結美が大好きなお姉ちゃんを侮辱するの? それから、結美はお姉ちゃんと手を繋いで歩いても、恥ずかしくなんてないよッ」

「そ、そう?」

「お姉ちゃんは、結美と手を繋ぐの恥ずかしい?」

「そんなことあるはずないじゃない」

「だったら…はいッ」

 差し出された結美の右手に、結佳は一瞬の迷いの後、自分の左手を繋いだ。

「へへぇ…お姉ちゃんの手、暖かいね」

「そうかしら…?」

「そうだよ。お姉ちゃんは優しいから、手も暖かいんだよ。じゃお姉ちゃん、次はどこ行こうか?」

「そ、そうねぇ…えっと…結美の行きたいことろでいいわ」

「またぁ…そうだッ! 結美は、お姉ちゃんが行きたいとこ行きたいな」

「え? ええぇ? それは…困るわ」

「どうして?」

「だってお姉ちゃんは、結美がいれば別にどこだっていいし…」

「ふーん…ホントにぃ?」

「本当よ」

「だったらぁ…」

 結美は結佳を引きずるようにして歩き出した。

「ど、どこいくの?」

「うんとねぇ…街にいる人たちに、結美とお姉ちゃんがどれだけ仲がいいか、見せつけてやるんだよ。こうやって手を繋いで歩いて、みんなに教えてあげるの。結美のお姉ちゃんは、世界一すてきなお姉ちゃんだって。きっとみんな羨ましがるよ。ね? いいでしょ、お姉ちゃん?」

「結局…それはどういうことなの?」

「だから歩くの。こうやって仲良く手を繋いで、結美とお姉ちゃんの二人で街中歩くんだよ」

「…そ、それでいいの?」

「うんッ!」

 結美が満足するなら、そんなことは簡単なことだ。

 結佳はそう思いながら、大好きな妹に手を引かれるまま、人混みの中に紛れ込んだ。


End
 

 

     
EVERGREEN NEXTSo Fine A Guy’s Life Style ―』

 

 変態。汚い糞女。最低。なにも理解できない。どうしようもない。

「…や、止めて…」

 好きなんでしょ? 汚いこと。興奮するんでしょ? 汚いこと妄想すると。

「違う…違うッ!」

 違わない。あんたは変態なのよ。汚いことが大好きな、変態の糞女なのよ。

「違う…わたしは…」

 認めなよ。知ってるんだから。全部、全部知ってるんだから。

「ち…がう…」

 くす…クスクス…あぁ、汚い。最低。

「……」

 

 『声』が聞こえるの。聴きたくないのに…。

 どうして? 『あなた』は『なに』なの? どうしてわたしに…わたしのところに来たの?

 いらない…あなたなんていらないッ!

 消えてよッ。どこか行ってよッ。なにもいわないでッ!

 聴きたくないッ。聴きたくないのよッ!

 それに、それにわたしは…。

 

「わたしは変態なんかじゃないッ!」



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