第四話 『So Fine ―A Guy’s Life Style ―』

 

     1

 

 叔父が経営している小さな本屋。ボクはそこでバイトしている…っていうかさせられている。

「大学生なんて、バイトが本業だ」

 むちゃくちゃな論理だ。だが叔父は本気でそう思ってるのか、安くバイトを雇える口実なのか、そんなことを平然といってのけた。

 まぁ叔父には世話になっているし、ことわるわけにもいかない。なんせ、今一人暮らししているアパートは、叔父の紹介で家賃を格段に安くしてもらっているのだ。

 でなければ、親から学費以外の仕送りがないボクは、もっと小さな部屋しか借りられないだろう。

 そんなわけで、ボクは本屋でバイトしている。

 本屋というのは万引きが多い。バイトを始めて、すぐに理解させられた。特に高校生は要注意だ。

 ヤツらは、万引きなんて平然とやってのける。犯罪だとは思ってない。まぁ、ボクは万引きなんてしたことなかったけど、高校の友人にはしていたヤツらがいたから、今に始まったことでもないんだろうけど。

 この日も、ボクは万引きした高校生を見つけ、レジを通らずに店を出ようとしたところを呼び止めた。

 女の子だ。

 それも、この街では結構有名なお嬢様学校の制服を着ている。

 万引きなんて、高校生にしてみれば遊びでしかない。この子もそうなんだろう。

「な、なんでしょう…?」

 ボクの方を向いたその女の子は、なんというか、びっくりするくらい綺麗な子だった。深窓の令嬢という言葉がぴったりだ。

 腰の辺りで切りそろえられた、長くて真っ直ぐな黒髪。顔の作りも整っていて、ボクは高級な日本人形のようだと思った。

「あっ…」

 一瞬、その女の子の美しさに気後れしてしまった。

 でも、今は仕事中だ。ボクは自分の仕事を果たさなければならない。

「えっと…鞄に入れた本なんだけど」

 ボクがそういうと、女の子の顔色が見てわかるほどに一瞬で青ざめた。

「出してくれる?」

 小刻みに震え立ちすくんでいる女の子。ボクはそっと、彼女が持っているたぶん学校指定の鞄に手を伸ばした。

 女の子は素直のそれをボクに渡してくれた。

「開けていいかな?」

 反応はない。もしかしたらボクの声は、彼女に聞こえていないのかもしれない。

 仕方がないので、ボクは勝手に鞄を開けた。中には教科書やノートと一緒に、ビニールに包まれた真新しい写真集が入っていた。

 これか?

 そしてボクは、その万引きされた本を手に取って固まってしまった。

 それはどう間違っても、女子高生が万引きする類のものじゃなかったから。

「…ぁ…」

 女の子は小さな声を発し、それと同時に静かに、でも大粒の涙をポロポロと零し始めた。

 ボクはポロポロ泣いている女の子と、その本を見比べた。

 まったくかみ合わない。どうしてこんな本万引きしたんだろう? まさか、この子はイジメられていて、こういう本を万引きしてくるようにいわれたのだろうか。

「あの、キミ」

 ビクッと、女の子は肩を震わせた。

 うーん…そんなに怖がらなくてもいいのになぁ。

「あぁ…そんな怖がらなくてもいいよ。怒ったり、叩いたりしないから。一つ聞きたいんだけど、キミは誰かに万引きしてくるようにいわれたの?」

 フルフル。

 女の子は首を横に振った。

「ホントに?」

 今度はコクッと肯いた。

 ホントかなぁ? 正直にいうと、またイジメられると思ってるのかな。

 まぁいいや。

 この子、万引きするの初めてだし、こんなに泣くなんて、なんだか可哀相だし…。

「じゃあいいよ、帰っても。警察には届けないし、学校にも報告しないから安心して。でも、今回だけだからね」

 女の子は驚いたような顔をした。そして、

「ぐすっ…べ、弁償…します…」

 と、変なことをいった。

「弁償って、別にどうともなってないから。それとも、買い取るってこと?」

「…は、はい…」

「これを? キミが? うーん…一応キミ高校生みたいだから、これは売っちゃいけないんだよ」

 少女は黙ったままだ。

 困ったな。やっぱ持っていかなくちゃ、イジメられるのかな?

「欲しいの? これ」

「……」

 マズイ…欲しいわけないじゃん、こんなの。

「じゃ、こうしよう。これ、キミにあげるよ。どういう理由があるかボクにはわからないし、詮索もしないから」

 女の子は、どこか脅えた表情でボクをみた。

 うわッ…なんか勘違いされてそう。

「い、いやッ…そのッ。別にその代わりになんかさせろとかいうわけじゃ…って、違うよッ。ただ、なんか理由がありそうだし、泣かせちゃって悪いことしたなって思ったから。ホント、それだけなんだッ」

 なんでボクが慌ててるんだ?

 これじゃ、立場が逆じゃないか。

「はいッ」

 ボクは女の子に本を渡した。

「もう帰っていいよ。ほら、なにも要求しないだろ? ホントになにもしないから…ね?」

 信じてもらえたかな?

 でもホントにボクって、この子みたいな『清純お嬢さまタイプ』には弱いよなぁ…。

「…ごめんなさい…わたし…」

「いいから、もういきなよ。店長帰ってきたらマズイからさ」

 ボクは女の子を追い返すように、店の外に出した。

 女の子は一度だけ振り返り、トタトタと、走ってるのか速歩きなのか判別がつかない歩調で立ち去った。

 ボクは店内に戻り、レジに女の子に渡した『写真集・排泄奴隷』の代金、二千五百円を財布からだして入れた。

 

     2

 

「おかえりなさいませ。お嬢さま」

「はい、ただいま帰りました。谷山さん」

 家に帰るといつものように、お手伝いさんの谷山さんが出迎えてくれた。だけどわたしは、谷山さんを避けるように自分の部屋に向かった。

 部屋の中は、朝わたしが出たままだ。なにも変わっていない。

 谷山さんがわたしの部屋に入ることはないけれど、お父さまが勝手に入ることがある。お父さまはわたしが気づいてないと思っているようだけど、気づかないわけがない。

 煙草の臭いがするし、微妙に物の位置が変わっているから。

 わたしは机の上に鞄を置き、制服のままベッドに横になった。

 部屋で一人になると、心臓が壊れそうなほど波打っているのに気がついた。

 わたしは、いったいなにをしてしまったのだろう?

 万引き。

 他人の物を勝手に盗んだ…ううん、盗もうとした。

 思い出してみる。

 商店街のアーケードの裏通りにある、小さな本屋さん。

 わたしは、その本屋さんに入った。

 わたしは知っていた。その本屋さんには、わたしの欲しい本があるって。どうしても見てみたい本があるって。

 だからわたしは…。

 …あの店員さん。なにか勘違いしていたようだった。

『じゃ、こうしよう。これ、キミにあげるよ。どういう理由があるかボクにはわからないし、詮索もしないから』

 理由なんて、ただわたしが欲しかっただけなの。買う勇気がなかったから、万引きしたの。

 悪いことだって、十分わかっていた。

 でも、どうしても欲しかった。『排泄奴隷』って文字を見た瞬間、頭の中が真っ白になって、どうしようもなく欲しくなって、でも恥ずかしくて買えないから、だから…万引きしたの。

 わたしが一方的に悪いのに、なのに…。

 店員さん。わたしにどんな理由があると思ったんだろう。わたしがあの本を持っていかなければ、なにか困ることがあるって思っていたようだった。

 勘違いなのに。

 わたしがそういったことに興味がある、変な人間なだけなのに。

 なのに怒られなかった。わたし、悪いことしたのに。

 今考えるとゾッとする。

 本当なら警察に連れていかれて、学校にも親にもばれて、わたし…終わっていた。あれが参考書とかでも終わっていたのに、もしあんな本を万引きしたってみんなに知られたら、わたし生きていけない。

 わたしは、あの店員さんに助けられたんだ。

 なのにあたしったら、もしかしたら脅されて、身体を求められるかもしれないって考えた。店員さんも、わたしが考えていたことに気づいたみたいだった。

 だから慌てたように、

『い、いやッ…そのッ。別にその代わりになんかさせろとかいうわけじゃ…って、違うよッ。ただ、なんか理由がありそうだし、泣かせちゃって悪いことしたなって思ったから。ホント、それだけなんだッ』

 といって否定したのだろう。

 あの店員さんはいい人だ。そして、わたしは悪い子だ。

 なにもいえないで、本も持って来てしまった。

 返さなきゃ…あの本。そして謝って、お礼をいわなければいけない。そういなければ、わたしは本当に悪い子になってしまう。

『バッカじゃないの? なにが悪い子よ。変態のくせにッ!』

 不意に頭の中で『声』がいった。いつの頃からか、わたしの中に住み着いた『声』だ。

「や、止めてッ」

『くれるっていうんだから、貰っておけばいいじゃない』

「ダメッ。そんなのダメよッ!」

『そして本を観ながら、狂ったようにオナニーすればいいじゃないの。排泄奴隷だって、どんな内容なのかな? ウンチとか食べてる女の、汚くて吐き気がするような写真がいっぱいのってるんだろうね』

「…止めて…いわないで…」

『どうして? あんたそんなの好きじゃない。いつも、そんなことばかり妄想してオナニーしてるでしょ? 知ってるんだから』

「違うッ」

『違わないわ。あんたはウンチ好きで、汚いモノが大好きな、変態のスカトロ女なのよッ! いい子ぶってんじゃないわよ』

「…ち…がう…」

『ほら、観てみようよ。鞄から本を出して、ビニールを破って、変態写真でオナニーしなよ。妄想じゃないんだよ。はっきりと、ウンチ放りだしてるヤツの写真がのってるんだよ? そして、食べてるのものってるよ? きっと。あんた好きだもんね。オナニーしてるときもさ、妄想でウンチ食べてるよね。おしっこ飲んでるよね。気持ちいいんだもんね、それが。ゾクッてするよね、汚いことするの。濡れちゃうよね。指か動いちゃうよね。声をころすの必死だよね。知ってるよ。全部知ってるよ』

「…やめ…て…もう止めてッ!」

『クスクス…自分に正直になりなよ、変態さん』

「お願い…止めて…」

『知ってるよ。知ってるしってる。全部知ってる。いってあげる。あんたの妄想。留学生のパトリシーナさんと、ウンチまみれでセックスしたよね。彼女の綺麗な金髪をウンチで汚してさ、あんたその髪舐めてたよね。パトリシーナさん、悦んでくれたね。気持ちよさそうだったね。本当は、そんなこと絶対ないのにッ! あんなに綺麗で、輝いてて、頭がよくて、脚が長くて、スタイルがいい彼女が、あんたみたいにウンチ好きの変態なわけないじゃないッ。汚したよね、彼女を。あんたが自己満足の快楽を得るためだけに、綺麗なパフさんを汚したよね。あぁ、知ってるよ。あんたがパトリシーナさんを、本当はパフって愛称で呼びたいの。憧れてるんだよね、彼女に。でも、あんたレズじゃないよね。汚したいだけなんだよね、綺麗なモノをさ。気持ちいいもんね、綺麗モノを汚すのって。変態のあんたにはさッ。クスクス…くすくす…まだまだ知ってるよ、あんたの妄想。ウンチ風呂に浸かってたよね。ウンチとおしっこがいっぱいのお風呂にさ。ゴシゴシごしごし、身体中にすりつけてたよね。気持ちよかったよね。涎垂らしながらオナニーしてたもんね。凄い妄想力だよ。だって、普通そんなこと考えないって。あんたは、変態妄想の天才だよ。汚らわしくて、最低の天才。そんなこと考えて、マンコ弄ってる暇があったら、もっと勉強すればいいのにッ。あんたさ、それなりに勉強できるけど、はっきりいってまだまだだね。安心できないよ。大学落ちて、浪人しちゃうかも。失望するよね、あの人たち。あんたを創った人たち。娘がウンチにまみれる妄想してて、大学に落ちたって知ったらさ。まぁ、あんたは知られないと思ってるんだろうけど、わからないよ。なにせ、親なんだから。娘のことはなんでもわかるかもよ? 面白いよね、それも。ねぇ? あんたはどう思う? 面白いよね? クスッ…くすくす…』

 消えない『声』。

 耳を塞いでも、頭の中でずっと囁いてくる。

 逃げられない。

 どうして? いつもはこんなに喋らないのに…。

 すぐ消えるのに。

「…どうして…? 消えてよ…」

『楽しもうよ。もっと、モットッ!』

「イヤ…イヤッ!」

『クスッ…くすくすくす…面白いね? 楽しいね? ねぇ…変態さん? 貰った本観ようよ。オナニーしようよ。気持ちいいよ、きっと…ねッ?』

 いや…もうイヤァーッ!

 消えてよッ! どこか行ってよッ! 話しかけないでッ! ウソばかりいわないでッ! わたし変態なんかじゃないッ! 違うッ! 違うのッ!

『…でも…今夜もオナニーするんでしょ? 頭の中で、ウンチ食べながら。観てるよ、ずっと観てるからね…楽しみ。今日はどんな妄想するのかな? きっとあんたのことだから、スッゴイのするんだよね。楽しみだな…』

 しないわよッ! もうあんなことしないわッ!

『……』

 もうしない…あんなこと、もう二度としない…。

『…』

 …しないわ…。

 

     3

 

 大学の講義が終わり、別に予定もなかったのでボクはそのままアパートに帰った。するとボクの部屋の前に、一人の女子高生が佇んでいるのが目に入った。

 すぐにわかった。昨日の女の子だ。こんなきれいな子は、そう簡単にいない。でも、なんでこんな場所にいるんだ? ボクの部屋の前にいるってことは、ボクに用があるってことかな? っていうか、なんでボクがここに住んでるって知ってるんだろう…。

 女の子はボクに気づいて、ぺこっと小さく頭を下げた。

「えっと…キミ、昨日の子だよね」

「あっ…はい、そうです。そ、その…昨日はすみませんでした…これ、お返しします。どうも、本当にごめんなさいです…」

 女の子は、小脇に抱えていた紙袋をボクに差し出した。今のセリフから想像すると、たぶん中身は昨日の本だろう。

「もういいの? いや…キミがいいんなら、いいんだけど」

「……」

「あっ…昨日もいったけど、ボクはなにも詮索する気はないからね。そりゃ、聞いて欲しいなら別だけど。でもボクは、あまり頼りにならないと思うよ」

「…違うんです…」

「なにが?」

「勘違いなさっていると思います」

「どういう…あっ、いいよ。キミがそういうのなら、そうなんだろうね。でもいいから」

「でも…」

「うーん…困ったなぁ…どういえばいいのかな? ボクはあまり気の利いた人間じゃないから、他人の、とくにキミのようなかわいい女の子のデリケートな問題には、口を挟みたくないんだ。また泣かせたくないからね」

「ご、ごめんなさい…わたし…」

「でもキミがボクに、なにか話したいことがあるなら別だよ。ボクはキミより多少お兄さんだから、アドバイスできることがあるかもしれないしね」

「…わ、わたし…」

「立ち話もなんだし、キミさえよかっら部屋に入らない? あっ、もちろん変なことなんてしないよ…そ、その、ホントにキミさえよかったら…だけど」

「…はい、おじゃまさせていただきます。きちんと謝りたいですし…」

 ボクは鍵を開け、女の子を部屋に招き入れた。

「お、おじゃまします」

 別にじゃまじゃないけど、なんか礼儀正しい子だな。

 それにしても、前の休みに部屋の掃除していてよかった。きれいとはいえないけど、小汚くもないくらいにはなってるし。

 女の子は脱いだ靴を、きちんと手で揃えてから部屋に上がった。その動作をボクは、なんだか異世界の儀礼のように感じた。

 靴を手で揃えるなんてこと見慣れてないし、ボクはそんなことしたことないから。

「あっ、取りあえずそ適当に座って」

「…はい。失礼します」

 …なに? 失礼しますって。もしかして、他人の家で座るときには、失礼しますっていうのが普通なのか?

 そんなこと…ないよな? ボクはそんなこといったことない。

 まぁいいか。この子はそういう子なんだ。ボクは納得することにした。

「飲み物でも煎れるよ。コーヒーでいいかな? っていうか、コーヒーしかないんだけど」

「あっ、はい…」

 ボクは自分のカップと、来客用に買っておいた(使うのは初めてだな)カップにコーヒーを注ぎ、それをもって彼女のもとに戻った。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 ボクはコーヒーをガラステーブルの上に置き、女の子と向かい合って座った。

 さて…どうしたもんかな?

「…えっと、キミはどうしてボクのアパートを知ってたの?」

「その、あの本屋さんで教えていただきました…」

 今日この時間店にいるのは叔父さんだ。ボクは大学の講義が詰まっている日なので、バイトは休みだ。

 明日叔父さんに会ったら、なんかいわれそうだな。

 次はなに話そう…なんか気まずいな。この子、なんか思い詰めたように黙ったままだしな…。

 沈黙。

 コーヒーが冷めてしまうくらいの、長い沈黙。

「やっぱり、紅茶のほうがよかったかな。女の子って、コーヒーより紅茶のほうが好きなんだよね?」

 コーヒーに口をつけない彼女に、ボクは自分でもつまらないことだと理解しながらも訊いた。

「い、いえ…あの…いただきます」

 冷めたコーヒーに、彼女は一口だけ口をつける。

 美味しくなかったのだろう。彼女はカップをすぐに置いた。

 そして、

「あ、あの…」

 不味いコーヒーで落ち着いたってことはないだろうけど、やっと女の子は口を開いた。

 

「…ほ、欲しかったんです」

「なにが?」

「あの本。わたしが欲しいと思ったんです。だから…」

 ん? 今日はこういうイジメなのか? 最近の女子高生はやることが酷いな。

「いいよ。理由は訊かないっていっただろ?」

「違いますッ。聞いてください」

「……」

「たぶん、勘違いなさっていると思います。あたし…その…」

 女の子はそこで言葉を切り、真剣な、でも泣き出しそうな顔で続けた。

「あ、あたし、本当にあの本が観たくて…興味…あって…だからッ」

「うん…」

「だから…万引きしました。…ごめんなさい。本当にごめんなさい…」

 そういうと、女の子の瞳から昨日と同じように涙が零れた。

 ウッ…また泣かせてしまった…すごく悪いことした気分だ。って、別にボクなにもしたつもりないけど…。

 でも、それがホントなら…

「じゃあキミは、その…イジメられてるとかじゃないの?」

「ち、違います…わたし、そんなことされていません」

 ってことは、ホントにボクの勘違いなのか? いや…うん、ならよかった…のか?

 よかったに決まってるじゃないか。

 イジメにあってないなら、そのほうがいいに決まってる。

 と、いうことは…。

 興味あって…って、だから万引きしたって…。

 エェッ! この子が?

 うーん…人は見かけによらないってホントなんだなぁ。

 ボクも見かけによってないのかな?

 まぁボクのことはいいや。

「あ、あの…」

「え? あぁ、なに?」

「だから…わたし謝らないといけないって、それにお礼もいわなきゃって…」

「あぁ。それで来てくれたの?」

「は、はい。本当にごめんさない。それに、ありがとうございました」

「謝られるのはわかるけど、お礼をいわれるようなことはしてないよ。本も返してもらったし」

「そんなことじゃありません。本当なら警察に連れていかれて、学校にも知られて…わたし、わたし…それだけの悪いことしたのに…」

「警察って…あぁ、そういうこと?」

 万引き犯は即警察行き…ってことか。でも、ボクはそんなことしなかった。だからお礼ね。

「そんなこと気にしなくてよかったのに」

「で、でもッ」

「ボクって、そんな物わかりが悪く見えるのかな?」

「エッ? い、いえ…そんなことは…」

「ボクだって、万引き犯を警察に突き出したら、その人がどうなるかは知ってるよ。だからすごく悪質じゃないじゃない限り、ボクはそんなことしない。そりゃ注意はするけど、そこまではねぇ…普通でしょ? だから気にすることないし、ボクも気にしてなかったよ」

「普通…ですか?」

「違うの? まぁいいけど。じゃ、ボクの世界では普通ってことにしよう」

「…あ、ありがとうございます…」

 女の子は涙で濡れた顔に、不思議そうな表情を浮かべた。

 ボク…なんか変なこといったかな?

 まぁ女の子も泣きやんでくれたみたいだし、ボクは安心した。

 ここでハンカチとかさりげなく渡したりしたら洒落てるんだろけど、もちろんボクはそんな物もってない。

 なので、ティシュの箱を渡した。

 女の子はその意味が理解できたのか、

「いいです。ハンカチ持ってますから」

 と、制服のスカートからハンカチを取り出して、涙を拭った。

 ウッ…なんかボク格好悪いなぁ…。

 ちなみにボクは、スカートにポケットがあるなんて、高校二年の文化祭で女装するはめになったときまで知らなかった。

 あのときは、ホントに驚いた。普通思わないよ。スカートにポケットがあるなんて…。

 …忘れよう。あのときのことは…はっきりいって、イヤな思いでしかない。まさか、あんなことになるとは…。

 男にナンパされるなんて、できるなら一生経験したくなかった…。カツラ。カツラがいけなかったんだッ!

 そう、ボクはなにも悪くなかったんだ。イヤだっていったんだ。

 なのに松井さんが…クソッ! 松井さんめッ。なにが「うーん。か・わ・い・いッ」だッ!

 でも、ホントにかわいかったからナンパされたわけで…。

 ああぁッ!

 忘れよう。考えるなッ。あれは青春の過ちなんだ。そう、誰だって一つや二つはある(はず)の、苦い青春の過ちなんだッ。

「あの…」

「え? どうかした?」

「あっ…ご、ごめんなさい…やっぱり怒ってらっしゃいますよね。と、当然ですよね…」

「あっ。もしかしてボク、怒ってるように見えた?」

「は、はい…でも、わたしが悪いんです。ですから…」

「ち、違うよ。そ、その…ちょっと昔のこと思い出してたんだ。イヤな思い出だったから…ごめん。別に怒ってなんかないよ。ホントだから」

「いいんです」

「だから違うって」

 この子、ホント真面目なんだな。松井さんとは大違いだ。彼女は他人をからかうことを生き甲斐にしてたからなぁ…。今もどこかで他人をからかってるんだろうな。よかった、松井さんと離れられて。彼女と同じ大学にいった、北斗くんとかには悪いけど…。

「そのね。高校のときにちょっとイヤなことがあって、キミがスカートからハンカチ出すの見て、それを思い出しちゃったんだ。ホント、それだけ。だから、キミに対して怒ってたんじゃないよ」

「…そ、そうだったんですか…」

 信じてくれたかな?

「ごめんなさい…わたし…」

「い、いや。だからキミが謝ることじゃないって」

「は、はい。ありがとうございます」

 うーん…なんかやりにくいなぁ、この子。

 真面目過ぎるんじゃないか?

 まぁ真面目なのはいいことだけど、なにごとも「過ぎる」ってのはよくないからなぁ。

「あの…」

「ん?」

「わたし、いわなければならないことがあります。本当に悩んでいるんです。だから…聞いてほしいんです」

 思い詰めたように女の子。

「そ、その…わ、わたし変なんです。汚いこと考えると、こ、興奮するんです…」

 女の子は、顔を俯けていった。

「そ、それで…あの本、万引きしました。恥ずかしくて買えなくて…でも、欲しかったんです…」

 そりゃ恥ずかしいだろう。排泄奴隷だし。男だったらどうってことないだろうけど、女の子だもんな。

 俺だって、この子がレジにあの本持ってきたら、ちょっと困っただろうし。なんせ制服だったもんな。レジに持ってこられて、高校生には売れないっていうのもなんだしなぁ。

 まぁ、でも。

「そんなこと、気にすることないよ」

「…エッ?」

「あぁ、そんなこと…っていったら失礼だね。キミは真剣に悩んでるんだから。でも大丈夫だよ。そんなに悩むことでもないから」

「そう…でしょうか…?」

「そうだよ。だって考えてごらんよ。キミと同じような人が、キミ以外にも大勢いるから、あんな本が売っているんだよ。もちろん、買う人だっている。だからキミが特別変わっているとかいうことは、絶対にないよ。安心して」

「絶対…ですか?」

 彼女は、少し眉をひそめた。

「うん? 絶対って言葉嫌い?」

「絶対なんて、この世の中にないと思います」

 こういう人いるんだよね。ボクの友達にも、変に「絶対」とか、「きっと」とかいう言葉を嫌っていたヤツがいた。

「そうだね。ないね。でも、あるんだよ」

「矛盾してます…」

「いけないことなの? 矛盾してたらダメなの?」

「……」

「確かに、絶対なんて事象はこの世の中にないとボクも思うよ。でもね、それでも絶対だっていってくれる…まぁ変ないいかたなんだけど、思いやりってのはあると思う。ボクが絶対だっていったのは、キミにそんな悩みを捨てて欲しかったからなんだ。少し説教臭いけど、絶対大丈夫だっていってくれる、その人の思いやりを信じることは悪いことじゃないと思うし、そういってくれる人がいるっていうのは、幸せなことだと思うよ。ボクがキミに対して、どうこうっていう意味じゃないけどね。だから、絶対っていわれても、必ずしも否定しなきゃいけないことじゃないと思う。その人が自分のことを思っていってくれたと感じたのなら、信じてみてもいいんじゃないかな。少なくともボクは、キミが信じてくれるかどうかは別にして、悪意を持って絶対っていったわけじゃない。できれば信じてもらいたいし、それでキミの気が少しでも楽になって欲しいと思ってる。ボクのいってること、わかる?」

「…少しだけ…」

「ごめんね。ボク口下手なんだ。回りくどいこといえないし、自分の考えしかいえない。間違っているかもしれないけど、それは間違いと気づいたときに直せばいいと思ってる。だからボクは、ボクが信じていることを話すしかないんだ。キミがそれを受け入れるかどうかは、キミの自由だから。こういうと突き放してるように聞こえるかもしれないけど、キミはもう自分が信じるものを選択できる年齢だと思うし、自分で選ばなければならない年齢だとも思う。義務教育は終わってるんだろう?」

「…わたしは、あなたではありません…そんなに、『強く』ないです」

「キミは強いよ。だって、こうして謝りに来てくれたし、話し辛いことも打ち明けてくれたじゃないか。もっと、自分を信じてもいいと思うよ」

「…『声』が聞こえるんです…」

「声?」

「あんたはダメな人間だ。あんたは変態だ。最低の人間だって…頭の中で囁くんです」

 なんだそれ? 罪悪感とかそういうもんが、無意識に出てきてるのかな? よく分からないけど…。

「そんなの、無視しちゃえばいいよ。そんなことないっていってやればいい。キミはダメな人間でも、最低な人間でもない。ボクは、キミはとても魅力的な女の子だって思うよ。かわいいし…っていうより、どっちかっていうとキレイなのかな? 性格だって、まだよくはわからないけど、嫌いになる理由はないしね」

「でもッ」

「でもじゃないよ。キミは魅力的な子だよ。悪いとこなんてない。安心して、ボクはキミが好きだよ」

 …今の「好き」は、まずかったかな…。

 直接的すぎたような気が…「好意的に感じている」のほうが適切だったかも…。

 女の子は驚いた顔で固まっている。

 「好き」なんて、いわれ馴れてないんだろうな。ボクだってそうだし。

 

 その後女の子は、ボクが「いいよ」っていったにも関わらず、冷たくなったコーヒーを全部飲んで、何度も「ありがとうございました」と繰り返して帰っていった。

 

     4

 

『あの人がいったこと、本気にしてるんじゃないでしょうね?』

 わたしが自分の部屋に入るなり、『声』がバカにしたように囁いた。

 でもわたしは。

「もう、あなたなんか怖くないわッ」

『そうかなぁ? ホントに?』

「本当よッ」

『クスクス…かわいい。そんなに強がっちゃって。そんなに、あの人がいったこと信じられるの? あの人だって、あんたの妄想観てないから、あんなこといえたのよ』

「違うわ」

『違わないって。だったら試してみる?』

「試す? なにいってるの」

『あなたのウンチ食べさせてっていってみなよ。そしたらきっとあの人だって、あんたのこと変態でどうしようもない糞女だってわかってくれるわ』

「そ、そんなこと…いえるわけないじゃないッ」

『どうして? あの人のこと信じているんでしょ? だったらできるわよ。もしあの人が、「そんなことできない。お前はボクが想像していた以上の糞女だったんだなッ」とかいったら、あの人が口先だけの偽善者だって、あんたにもわかるわよね?』

「そんなことないッ。あの人はそんなこといわない」

『いうわ。だって、あの人は普通の人だもの。あんたみたいに、変態じゃないもの』

「…わたしは…変態なんかじゃない…」

『あの人がそういったから?』

「そう…よ」

『クスクス…あんた、やっぱりなにもわかってない。あの人のいったこと、なんにも理解してない。無理なのよ、あんたみたいな変態には。なにもわからないのよ。だって変態だもの』

「どういうことッ? わたしは理解したわ。わたしは…少し変わってるかもしれないけど、でも違うわッ。魅力的な女の子だって…いってくれたわ…」

『だから確かめてみなよ。その言葉が真実かどうか』

「……」

『怖いの?』

「……」

『真実を知るのが』

「……」

『変態だっていわれるのが』

「……」

『いいじゃない。ホントのことなんだから』

「…違う…」

『クス…くすくす…』

「違うッ! あの人はあなたみたいに、わたしを変態だなんていわないッ。わたしを認めてくれるッ。わたしを蔑んだりしないッ」

『ホントに?』

「本当よッ! 絶対に…絶対にしないッ!」

『絶対だって…クスッ…そんなの、この世の中にはないのに…あんたが、そう定義したのに…くすックスクス…』

「…絶対に…」

『……』

「絶対…しないわ」

『…』

「わたしは、あの人を信じる…信じている…から…」

 

 次の日。わたしはあの人に会いに本屋さんに行った。でもあの人はバイトが遅くまで入っていて、「相談があるんです」といったら「明後日ならバイトがないからいいよ。それでいいかな」といってくれた。

 あたしは、明後日あの人のアパートに行くことを約束して、その日は家に帰った。

 なぜかそれから二日間、『声』が現れることはなかった。

 

 その日、学校が終わると直接、わたしは彼のアパートに向かった。

 彼は約束通りアパートにいてくれていた。

「紅茶買ったんだ。煎れるよ。でも、紅茶煎れるなんて初めてだから、美味しくなかったらごめんね。一応、本とか読んだけど…どうだろうなぁ。そうそう、紅茶を美味しく煎れる方法って本があったんだ。誰が買うんだろうね。あっ、ボクは買わなかったよ。読んだだけ」

 彼は「こうだった…はず」とかいいながら、あぶなかしい手つきで紅茶を煎れてくれた。ティーパックではなく、ちゃんと葉っぱから煎れる紅茶だった。

「はい。どうぞ」

 テーブルに、少し色が濃い紅茶が入ったカップが置かれた。

 彼はわたしの向かい側に、この前と同じように座った。

「で? 相談ってなに」

「あ、あの…相談というか…」

 わたしは少し躊躇った。あのことをいう決心はついていたはずなのに、彼を目の前にすると恥ずかしくて決心が揺らいだ。

 でもあたしは…いわなければならないと思った。

「そ、その…お願いがあるんです」

「ん? ボクにできることならいいけどなぁ」

「あなたにしか、できないことなんです。お願いします」

「ふーん…まぁ、いってみてよ」

「あ、あの…」

 恥ずかしい。怖い…。

 でも…わたしは、この人を信じている。『声』になんて負けない。

「あのッ」

 いわなきゃ。いうのッ。このままじゃ、わたしはなにも変われない。

 涙が出そう。

 泣いてはダメ…この人を困らせてはダメ。

 だからッ。

「わたしに、あなたのウンチを食べさせてくださいッ」

 いっちゃった…。

 恥ずかしい。苦しい。死にそう。

 でも…泣けない。

 お願い。

 いいよっていってください。優しく頬笑んでください。

 変態だなんていわないでッ。

「…困ったなぁ…」

 えッ! そ、そんな…。

「うーん…それは、今じゃなきゃダメ?」

「そ…う…いえ…あ、あの…わたし…」

「ごめんね。急にいわれたからさ、その…薬とか使ったら少しはでると思うけど、今すぐってのは無理だと思うんだ…」

「あ、そ…れは…どういう…」

「今朝だしちゃったんだ…だから、明日なら…ね?」

「…明日なら、いいんですか…?」

「いいよ、別に。捨てちゃうものだし」

「そ、その…わたしのこと…侮蔑なされないのですか…?」

「なんで?」

「だって、そんな汚いこと…普通だったら…イヤなはず…」

「ボクは、キミがそういうことに興味がある子だって知ってるからね。知らなかったら驚いたと思うけど」

「わたしのこと…変態だって思いませんか…?」

「思わないよ。そんなことぐらいで」

 あぁ…よかった…。

 この人は『声』とは違う。わたしが信じた通りの人…。

「あ、ありがとうございますッ」

 嬉しい。

 信じてよかった。

 あぁ…本当に嬉しい…。

「あ、あの…そのありがとうは、どういう意味なの? それにキミ、ホントにボクの…その…あれが欲しいの? なんだか少し違うみたいな、ボクを『試した』みたいに感じるんだけど」

「あっ…その、ごめんなさいッ。ほ、本当は…違うんです。こ、『声』が…」

「うーん。まぁ、取りあえず説明してよ。キミはボクに相談があってきたんだろ?」

「は、はい」

 あたしは、二日前の『声』とのやり取りを彼に説明した。

「…うーん。ホント、声がそんなこといったの?」

「そんなことって…」

「だから、キミはボクのいったことを理解してないってさ」

「あっ…はい」

 彼は「うーん」とか、「無意識とかじゃないのか?」とか一人ごとをいいながら、少しの間考え込んでいた。

 なにを考えているのか話してくれなかったから、わたしには分からなかった。

 しばらくそうしていたが、不意に「まぁいいや。考えても分からないし」といって、考えるのを止めたようだった。

 結局、なんだったのだろう。

 そして、

「でもまぁ…それは、その通りかもしれないなぁ…」

 と呟いた。

「…なにが、でしょうか?」

「声がいったこと」

「えっ? じゃ、じゃあッ…わたしが間違っているんですか? なにも理解していないんですか?」

 そんな…『声』のほうが正しいのッ? わたしが間違っているのッ?

 イヤ…そんなのイヤッ。

「いや、そうともいいきれない」

「ど、どういうことですか? わたしには…わかりません…」

「キミは、ボクがいったから、その…自分は変態じゃないって思っているの?」

「そう…だと思います」

「だとしたら、声のいったことは正しいね。キミは理解していない」

「そ…んな…でもわたしッ」

「それが悪いといってるんじゃないよ。キミなら、いずれ理解できると思うし」

「教えてくださいッ。わたしは、なにも理解していなかったのですかッ? 『声』がいったことが正しいのですかッ? 教えてください…わたし…そんなの耐えられませんッ」

「うーん…できれば自分で理解してほしいけど、まぁいいか。えっとね、キミが自分のことを変態じゃないって思ったのは、間違っていないと思う。だって、キミが思ったんだから、そうに決まっている。でもね、ボクがいったのは、ボクがいったからじゃなく、ボクがいったことをヒントにして、キミ自身がそう認識しなければいけないってことだったんだよ。わかる?」

「…わかりません」

「どういえばいいかな? キミは声の質問に、ボクがいったからじゃなくて、自分がそう認識したからだって答えるべきだったんだ…と思う。これは結果が同じでも、それに至るまでの道筋がまったく違うからね。他人の考えに身を委ね、任せっきりにしているのと、自分で考え、自分で選んだのとは、結果が同じになってもまったく違うだろ? ボクがあの日にいったのは、そういうことなんだよ。ボクは、キミ自身に選んでほしかった。それらしいことは、いったつもりだったんだけど。ボクの言葉が足らなかったのかな? でも気にすることないよ。ボクがいったことなんて、ボクの考えでしかないんだから。だから声は、キミがボクのいったことを理解してないっていったんだろうね。声の質問の答えと、キミが出した答えは違っていたから。だからキミは、ボクのいったことと限定された質問だったから、理解していないといわれたんだよ。まぁ、ホントはどうでもいいんだけどね、そんなこと。キミはボクを信じてくれた。ボクのいったこととは違っていたけど、でも、ボクは嬉しいよ。キミは間違っていない。キミがボクを信じてくれたことは、ホントに…その、凄く嬉しいよ。全体的にみれば、答えは一つじゃないと思うし、それでいいんじゃないかな。わかった? ボクのいいたいこと」

「はい…その、たぶん…ですけど」

「じゃ、それでいいよ。要するに、キミは間違ってない。ボクも間違ってないと思いたいな」

「あなたは、間違っていません」

「そう? だったらボクたちは間違ってないね。じゃ、大丈夫だ」

「はい…大丈夫です…」

「うん。じゃあ、これでこの話は終わり。お茶煎れ直すよ」

「あっ、わたしがします」

「できるの?」

「できますよ。そのくらい」

「やっぱ女の子だね。ボクなんか、そういうことまったくダメでね。一人暮らしなのに、自炊なんてしたことないよ。自分で作るより、コンビニ弁当のほうがずっと美味しいからさ、もうずっとコンビニ弁当ばかり食べてるよ」

「そうですか。あの、よろしければ、今度なにか作りましょうか? わたし、料理には少し自信があるんです。自分のお弁当も、自分で作っているんですよ」

「えっ? いいの? そりゃ嬉しいけどさ、なんか悪い気がするなぁ。彼氏とかに怒られない?」

「か、彼氏なんていませんッ」

「そうなの? そんなにかわいいのに? 世の中の男は見る目ないね。ボクだったら、キミみたいなかわいくていい子、ほっとけないけどなぁ」

「えっ…あの…そんなこと…ほ、本当ですか…?」

「ホントさ。ボクがもう少し若ければ立候補するけど、キミからみれば、ボクなんてオジサンだろ? 二十歳過ぎてるし」

「そんなことないですッ」

「いいよ。気を使ってくれなくても」

「本当ですッ。わたし…その…だったら、わたしが立候補していいですか? わたし、あなたの彼女になりたいです…」

 思いもよらなかった言葉が、勝手に出てしまった。

 でも、これは本心だと思った。

「……」

 彼はなにもいわなかった。

 そ、そうかッ。

「あっ…もう、彼女がいらっしゃるのですか…? だったらわたし…」

「いないよ。いたら、悪いけどキミを部屋に上げたりしてないよ。女の子って、そういうこと敏感だしね」

 …あぁ、よかった。

 わたしは、本当に安心して、嬉しく思った。

 知り合ったばかりなのに、あんな出会いかたしたのに、わたしは彼を『好き』になっていた。

 『好き』なんだと、理解した。

「じゃ、じゃあ…お願いします。わたし以外の女の子を、この部屋に上げないって…我が儘なお願いだってわかってますッ。でも…わたしは…」

「わかった。約束する。キミ以外の子を、この部屋には入れない」

「えっ…じゃあッ」

「やっぱり、ボクのほうから立候補するよ。ボクを、キミの彼氏にしてほしい」

「あっ…はいッ。もちろんいいですッ…あっ…いえ、わたしのほうこそお願いします…」

「ありがとう、嬉しいよ。あっ、だったら一つお願いしてもいいかな」

「なんでもいってくださいッ」

「まだ、キミの名前しらないんだ。教えてくれないか? それに、キミが許してくれるなら、その…下の名前で呼びたいんだけど、いいかな?」

「エッ? あっ、はいッ。いいですッ、いっぱい呼んでください」

「…そ、そう? ありがと」

「あっ、えっと名前ですね。わ、わたしの名前は…」

 あたしは、自分の名前を告げた。

 そして、彼の名前を教えてもらった。

 本当は本屋の店長さんに教えてもらっていたけど、彼の口から教えてもらいたかったから。

 これからわたしが、わたしと彼がどうなるのかは分からない。

 もしかしたらわたしは、本気で彼のウンチやおしっこを食べたくなるかもしれない。でもわたしは、彼を信じている。彼を信じることができる。

 だからもう、本当に『声』なんかに負けない。負けそうになっても、彼に相談することができる。

 だってわたしは、もう『孤独』じゃないんだから。


End
 

 

     
EVERGREEN NEXT 『約束の羽』

 

「あたしが、恐くないの…?」

 恐くなんかないさ。オレは、キミみたいなかわいい子見たことないよ。

 

「ウソついたら…はりせんぼん? はりせんぼんって、なに?」

 魚さ。 とっても飲みにくいんだ。

 

「優しいね…タクヤくん」

 誰にだって優しいってわけないさ。その…マナだから。

 

『真理ガ解ケヌ<子供>ガっ! 愚カナリっ』

 るせーんだよッ! テメーに救ってもらおうなんて、誰も思わねーよッ!

 

「イヤアァーッ、止めてッ! タクヤくんを殺さないでぇッ!」

 心配すんなよ…そ、そんな簡単に…死ぬ…かってんだ…。

 

「…うん…帰ってくるから。あたし、帰ってくるから…」

 約束だぜ。

「はりせんぼん…だね…」

 あぁ、あれは飲みにくいぜ。だから…待ってるからな。

 

 天使。白い羽。真理。約束。ありがとう。またね。

 

「オレ…ずっと待ってるから…」



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