限りなく虹に近い場所 <水無月琴子> 0 『 虹の生まれる場所には、『手に入れるべきモノ』が埋まっている。 』 1 後方からの、トットッという規則的なリズムを目一杯に意識しながらも、私は振り向きもしないで真っ直ぐに歩いていた。 足音が近づく度に、確実に私の鼓動は大きくなる。 もう少し…。 あと…一歩。 「おはよッ。琴子」 待ちわびた声と共に、彼女の手の平が私の肩に触れる。 ドクンッと、心臓が大きく震えた。 躰中を熱いなにかが駆けめぐり、締めつけらる様な、苦しいけれどそれ以上に心地よい感覚が私を支配する。 でも、そんな気配を彼女に悟られるわけにはいかない。 いつもの『私』の仮面を被り、何気なさを装った。 『弱さ』を隠し、『強さ』を纏い、いつもの『私』を演じるために。 「おはよう。光」 光は私を信頼しきった様な顔で頬笑む。 友達として…親友として…。 でも私は…。 私は…。 カーテン越しに入り込む街灯の灯りだけが、うっすらと私の部屋を照らしていた。 私の部屋の中では場違いな程に可愛らしい置き時計が、カチカチと音を立てながら時を刻み、私は蒲団に潜り込んでその音に耳を傾けている とても心地よく、愛おしい音色。 光がくれた、私の一四歳のバースディプレゼント。 ピンク色のクマの時計。 お腹の部分が時計になっていて、「朝だクマッ! 起きなきゃクマッ!」と、どこか機械的な声で毎朝私を起こしてくれている。 なぜクマなのにピンク色なのか理解に苦しむけれど、そんなことはどうだっていい。 光かくれた物だから、私の宝物。 …光…。 いつからだろう? 光を『友達』としてみることができなくなったのは…。 もう、ずっと前の様な気がする。 どうして、こんなにも光が『好き』なんだろう? 『好き』。 『大好き』。 …『愛してる』…。 光…。 気が付くと、私はショーツの内に指を滑り込ませていた。 濡れてる…。 いつもそうだ。 こうして蒲団に入って光のことを考えていると、勝手に躰が慰めを求め始める。 行為が終わった後、自己嫌悪に陥るのは分かっているのに…。 私は蒲団の中でモゾモゾとパジャマと下着を脱ぎ裸になって(他の人はどうか知らないけれど、裸にならないと私は行為を行えない)、手の届くギリギリの場所に置かれたティシュペーパーの箱を引き寄せた。 そもそもティシュをこんな場所に置いていることが、無意識に(意識的なのかもしれない)、私が蒲団の中での自慰行為を想定していることを物語っている。 汚い、汚らわしい、醜い、最低な私。 それでも…それでも…。 私の指は勝手に動いてしまう。 温かい体液が付着した指で、最も敏感な部分を刺激する。 「…ひ…かり…ッ」 吐息がこぼれ落ちる。 私は瞼の裏に写った、生まれたままの光にキスした。 光は少し恥ずかしそうに、でも当然の様に受け入れてくれる。 舌を絡ませ、唾液の交換をする。 光の唾液はとても甘くて、私は夢中になってそれを貪った。 「んッ」 偽物の光の吐息が私の中に構築される。 でも既に私には、その声が本物なのか偽物なのか判別できなくなっていた。 これまで何度も繰り返された空想(いや、妄想か…)はリアリティを持ち、現実と同じくらいに感じる程、私を飲み込んでしまっているから。 私は光の形の良い胸に手を伸ばした。 弾力があって柔らかい感触が手の平に伝わる。 でも、この感触は光のものじゃない。 私は自分自身の胸に触れているのだ。ただ無駄に大きいだけの、邪魔な胸。 光の胸はこんなに醜くない。 胸だけじゃない。全て。光の躰と魂全て。 この世界で最高の、これまでの人類の歴史で最高の…綺麗で高潔な、光だけが、光だからこそ<神>によって与えられている美しく気高い躰と魂。 誰にも真似できないし、することも許されていない。 私は光の下腹部に腕を滑り込ませる。 しっとりと微かに湿った性器。 感じているんだ…。 光が私の指で感じている。 妄想は現実となって、今この時、確かに私は光と結ばれていた。 私は光の股に顔を埋め、濡れた性器にキスを繰り返した。 「アッ…ん…」 「声…出していいよ。光」 「だって…恥ずかしい…」 「聴かせて。光の恥ずかしい声」 光の割れた部分を指で左右に開いて、ピンク色に充血した突起を口に含んで少し強く吸った。 「んッ! ァアアンッ!」 「どう? 気持ち良い。光?」 「イィ…気持ち…んッ アァッ!」 光が答えるより先に、私は奥へと続く穴に指を突き刺した。 傷つけないように、でも激しく一気に。 「ヤッ! こッ琴子ぉ」 「嫌? 嘘ね。気持ち良いんでしょ?」 指を何度も往復させると、チュプチュプと音をさせながら、光の恥ずかしい液が奥から溢れてきた。 「二本…入れてあげる」 私は人差し指と中指を揃えて立て、それをヒクヒク痙攣し始めた濡れた穴に埋めた。 「アァァーッ そ、そんな…に…しないで…。キツイのぉ」 「そうかしら? まだ大丈夫みたいだけれど?」 私はズッポリと奥まで埋まった二本の指を左右に開いた。 「グッ! ウンンッ アッああッアッアッアッアアァアァアァアァァァッ!!」 光の声に、ゾクッとした感覚が私の全身を駆けめぐった。 もっと…。 もっと、虐めてあげたい。 もっと、もっと、もっと、モット、モット、モットッ! 2 ビクッ! 全身を駆け抜けた快感に、私は意識を浮上させられた。 暗くても見間違うことのない、見慣れた自分の部屋だった。 当たり前だ。 どんな妄想に浸ろうと、どこか違う場所に行く訳じゃない。 私は、私の部屋でオナニーしてただけなんだから。 光を<オカズ>に、快楽に耽っていただけなんだから…。 私は自分の指が二本、まだ奥に突き刺さったままなのに気づき、無造作に引き抜いた。 ドロリとした液が糸を引いて、手の平と指にまとわりついている。 汚い…。 急いでティシュを何枚も引き抜いて、その汚いモノを拭った。 それから、零れて蒲団に付着したのも拭った。 光を汚した証拠が、丸められたティシュの山となっていく。 最後のティシュを、ポトリと山に落とした瞬間、私は…なんだか笑いたくなった。 惨めな自分を、汚れている自分を、最低な自分を…。 でも、笑えなかった。 その代わりなのか、私は泣いた。 声を殺して、泣いた。 裸のまま。 ツンと鼻腔を刺激する行為の後の臭いが、たまらなく嫌だった。 泣きながら下着を着け、パジャマを着た。 もう寝なければ明日が辛い。 カチカチという時計の音に重なって、光の声が聞こえた。 「琴子」 信頼しきった様子で、私を呼ぶ声。 妄想の中の淫靡なあえぎ声なんて絶対に出しそうにない、『本物』の光の声。 「嫌…イヤッ 止めて光。私を呼ばないでッ」 でも、声は私を呼び続けた。 「琴子。琴こ。ことこ。ことコ。コトコ。コ…ト…コ……」 カチ。カチ。カチ。カチ。カチ…カチ……。 − 虹の生まれる場所には、『手に入れるべきモノ』が埋まっている。 − でも…『手に入れるべきモノ』って…なに? お金? 権力? 恋人? 友達? 『幸せ』になるための『なに』か? 『幸せだと感じる』ために必要な、私を満たしてくれる『なに』か? たぶん本物で、確実に偽物な『なに』か…。 虹の生まれる場所で、私は『なに』を見つけることができるのだろう? 満たされない私の『想い』を埋めてくれる『なに』かを、誰が私に与えてくれるのだろう? どれだけ歩こうともたどり着くことのない、<光>の結晶が痛いくらいに綺麗なその場所で…。 |