第十二章 「楓三琴(かえで みこと)・初等部五年生の場合?(中編)」

 

 二月二十日。午前十時三十分。

 日曜の桃の丘東駅前広場には、ほとんど人影はなかった。

 天使のモニュメントが建つ噴水。その傍らに置かれたベンチに、楓三琴(かえで みこと)の姿はあった。

(少し、早すぎたかしら?)

 待ち合わせ時間は午前十一時。まだ三十分もある。だが小麦色のカーディガンの襟元を整えたとき、三琴は広場の入り口に待ち人の姿を見つけた。

 見慣れたスーツ姿ではなく、ジーパンに革ジャンという三琴には新鮮な格好をした彼、夏目光一(なつめ こういち)が、真っ直ぐに三琴に向かって歩いてくる。

 三琴はベンチから腰を上げ、自分のもとへと近づく光一を待った。

「おはようございます。先生」

「…待たせたか?」

「い、いいえ。約束の時間まで、まだ三十分もあります。わたしが、早くきすぎたんです」

「楓が早くくるだろうことは、わかっていた。だから俺も、早めに家を出たんだがな。すまなかった。寒かっただろ?」

「そ、そんなっ。先生はなにも悪くありません。わたしが早くきすぎ…」

「楓」

「は、はい」

「制服以外の服、初めて見た。楓は、なにを着ていてもかわいいな」

 三琴は真っ赤になってうつむき、

「あ、ありがとう…ございます」

 消え入りそうな声で呟いた。

 

 二月十四日。バレンタインデー。

 三琴は、自分が通う桃の丘女学園初等部でクラスの社会科を担当する教師夏目光一に、手作りのクッキーとともに「想い」を届けた。

 光一は「結婚を前提とした交際」を条件に、その「想い」を受け入れ、二人は恋人、そして「婚約者」となった。

 今日は二人の初めてのデート。

 とはいえ二人は「教師」と「生徒」でもあり、二人を知る者の目がある可能性がある場所を、二人きりで堂々と闊歩するには問題がある。いくら三琴が、まだ十歳の小学四年生だとはいえ、彼女も「そのくらい」は理解していた。

 街中を歩けないなら、どこで逢えばいいのか。三琴が選んだのは、光一が一人暮らしをしているアパートだった。

「わたし、先生のお家にいってみたいです」

 三琴の願いを、光一は承諾した。

「日曜の午前十一時。桃の丘東駅、駅前広場で待ち合わせよう。それでいいか?」

「はい。わかりました」

 それが二日前の、金曜日に交わした約束だった。

 桃の丘東駅は、三琴が通い光一が職場とする、桃の丘女学園初等部の最寄り駅でもある。多少「危険」はあるのだが、光一のアパートが学園の近所なので、これは仕方のない選択だ。

 きた道を戻り、自分のアパートに向かう光一の隣に並び、三琴は「婚約者」の住処に足を進めた。

「ここの三階だ」

 歩くこと五分。駅から見て北西に当たる住宅街に建つ、七階建てのアパート。光一が学園の近所だといった通り、直線距離にして、学園と200mも離れていないだろう。

 ホールを潜り、二人はエレベーターに乗る。三琴は、ドキドキと高鳴る鼓動が光一に聞こえていないかと、そんな無用な心配をしていた。

 エレベーターを降りてすぐ。歩数にして五歩で、光一の部屋に到着した。

 光一が、ドアの横に取り付けられた機械にカードキーを通す。「ピッ」という小さな音を確認し、光一がドアを開る。

 ドアを開けた姿勢のまま、三琴を見下ろす光一。どうやら、「先に入れ」ということらしい。三琴は光一の無言の言葉を読みとり、それに従った。

「お、おじゃまいたします…」

 小さな玄関。隅に揃え置かれた光一の靴。室内に漂う初めての香りを、三琴は胸一杯に吸い込んだ。

(先生の匂いがする)

 光一の部屋は、玄関のすぐ左手にトイレがあり、トイレの隣にバスルームがあった。

 玄関の正面には廊下とよべるものはなく、すぐにキッチンが備わっている八畳の洋間。どうやら、ダイニングとリビングを兼用した部屋のようだ。

 中央に置かれた、縁と脚が黒い楕円形のガラステーブル。オーディオ類は黒で統一されている。置かれた物が少ないせいか、随分と広く感じられた。

 その部屋の奥には、部屋と繋がる四畳半ほどの細長い部屋があり、パソコンや本棚が置かれている。書斎だ。書斎の隣にも、ドアで繋がった部屋がある。その部屋は書斎とほぼ同じ広さで、光一は寝室として利用していた。

 新米教師が一人で暮らしているにしては、贅沢なアパートに思えるが、実はここは学園から紹介されたアパートで、光一は月額六万円という安さでここに暮らしている。

 八畳の洋間に上がり、室内を見回す三琴。

(ここが、先生のお家…)

 三琴が想像していた通り室内は清潔で、掃除は行き届いている。

「部屋がちらかっていたら、わたしが掃除してあげよう」

 とも少しは思っていたのだが、余計なお世話だったようだ。

「ずいぶん、キレイなのですね?」

「汚れていると思っていたのか?」

「そ、そんなことありませんっ!」

 三琴は首を振って否定する。実際、「先生のことだから、きちんと整理整頓されたお家なのだろう」と、思っていたのだから。

 だが光一は、

「楓がくるから、掃除したんだ」

 といって苦笑いをした。だが苦笑いといっても、三琴以外には、光一の表情の変化は見抜けなかっただろうが。

 光一の苦笑いに、微笑みを返す三琴。光一は三琴のカーディガンに手をかけ、無言で脱ぐように指示する。三琴はカーディガンの袖から腕を抜き、それに従った。

 光一は三琴のカーディガンをハンガーにかけ、洋服欠けに吊す。そんななにげないことが、三琴はとても嬉しく感じた。

「お茶を煎れよう。なにがいい」

「なにがって…?」

「楓がなにを好むかわからなかった。だから、いろいろと用意しておいた」

「わたしのために…ですか?」

「恋人が初めて家にくるんだ。そのくらいは準備しても、おかしくはないだろう」

 今度は照れた顔。光一が自分のことを、「恋人」として意識してくれている。

 「交際」を初めて約一週間。未だキスすら交わしていないが、自分たちが「恋人」だという事実を、三琴は改めて認識した。

「…先生」

 三琴が、光一の胸に身体を預ける。その身体を包み込むようにまわされる、光一の腕。光一の大きな心音を、三琴は聞いた。

(先生の…音)

 優しく、頼もしく、愛おしく感じられた。

(わたし「この人」と一緒に、ずっと、死ぬまで一緒に生きる。絶対、離れたりしない。わたしの「場所」は、「ここ」なんだわ…)

 その思いは、ごく当たり前のように、三琴の身体中に染み渡っていった。

 

     ☆

 

 光一が煎れてくれたお茶(なぜか、三琴が選んだのは玄米茶。紅茶類も、七種類はあったのにも関わらずに)を飲み終えた三琴は、

「お昼ご飯は、わたしがお作りします」

 と、はりきっていった。

 料理の腕には多少自信がある。きっと光一は、「美味しい」といってくれるだろう。三琴は、その言葉を聞きたかった。

 だが…。

「せ、先生…これだけ、です…か?」

 キッチン横に置かれた冷蔵庫は大きな物だったが、ほとんど空っぽだった。

「俺は、自炊なんかしないからな」

 冷蔵庫の中身は、ミネラルウォーターと牛乳。それに数種類の缶詰。光一の好物なのだろうか、プチトマトだけは、十二分に野菜ボックスに入っていた。

(これで、なにを作ればいいの?)

 というか、なにもできないだろう。これでできるのは、「缶詰とプチトマトの牛乳漬け」くらいだが、そんな物は作る前から不味いとわかる。

「あの…どうしましょう? お買い物…いきますか?」

 しかし、「仲良く一緒に」というわけにはいかない。どこに誰の目があるかわからない。ここにくるのも、細心の注意を払ってきたのだ。

「そうだな。必要な物をいってくれ、俺が買ってこよう」

「は、はい。そうですね」

 買ってくるといわれても、そもそも調理器具はあるのだろうか? まだ三琴は、冷蔵庫の中身を確認しただけだ。光一は「自炊はしない」といったのだから、ないと考えるのが普通だ。あっても大したものではないだろう。

 三琴がそのことに思い至って、調理器具を確認してみると…。

 包丁が一本。明らかに使用したことがないだろうまな板。鍋は一つ。食器類も、あることにはあるが、数が少ない。

 これでは、いくら三琴が料理に自信があるといっても、十分にその腕を発揮することはできないだろう。

「…先生?」

「なんだ」

「あの、いいにくいことなのですが…」

「構わない」

「これだけでは、その…お料理ができないです。お鍋とか、お皿とか、調味料とか、その他にもたくさん必要な物があるのですが…どこかに、その…ありません…よね?」

「あぁ、そこにあるだけだ」

 即答する光一。三琴は肩を落とした。

『楓は料理が巧いな。とても美味しい』

 どうやらそんなセリフは、今日は聞けそうもないようだった。

 

 取りあえず昼食は、光一が弁当を買いにいくことになった。

 一人残された三琴は、部屋をうろつくのも気が引けるので、クッションに座り(正座で)光一の帰りを待つことにした。

「…ふふっ」

 思わず漏れる笑み。

(なんだか、新婚さんみたい)

 買い物に出た「夫」を待つ「妻」の図。結婚したこともないくせに、三琴はそんなことを考えていた。

(先生が帰っていらしたら、なんといおうかしら?

 「おかえりさないませ」…な、なんだか恥ずかしいな。

 「お待ちしておりました」…へ、変…よね?

 「おかえりなさい。先生」…かな? 普通そうよね。でも…物足りないわ。

 う〜ん…「先生」じゃなくて、

 「おかえりさない。あなた」

 …って、そんなこといったら、先生きっと困っちゃうわっ! それにわたしも、恥ずかしくていえないもの。

 で、でも…ちょっとだけ…いつかはわたし、先生のお嫁さんになるんだから、練習してみよう…かな)

 三琴は閉じた扉を見つめ、それが開いて光一が帰ってきたところを思い浮かべる。

 買い物袋を下げた光一。三琴の姿を見て、表情を和らげる。

 そして、ここで三琴のセリフ。

「お、おかえりなさい。あ、あな…」

 と、そのとき。

 ガチャ

 玄関のドアが開いた。

 ビクンッ…と、飛び上がる三琴。

「…どうした? 楓」

「い、い、いえっ。な、なんでもないですうぅっ!」

 声が裏返っている。

「は、早かったですね。先生」

「アパートの隣。コンビニだからな」

「そ、そうなのですか…」

「…くるときに見なかったのか?」

 誰かに見られていないかと心配していたし、それに舞い上がってもいたので、そこまでの余裕はなかった。

 三琴は立ち上がると光一のもとに向かい、

「おかえりなさい。先生」

 少し上擦った声で告げると、光一が持つ荷物を受け取った。荷物を受け取る三琴に、靴を脱いだ光一が、

「ただいま。三琴」

 授業中にはけして聞けないような、穏やかな声。三琴はハッとなって、光一を見上げる。

「先生…いま、三琴って…」

「嫌か?」

「い、いいえっ! 嬉しいです。とっても、嬉しい…です」

 光一に、初めて名で呼ばれた。それだけで三琴の涙腺はゆるみ、涙が頬を伝った。

「お、おい。泣かないでくれ」

「ごめん…なさい。で、でも…嬉しくて。わたし…嬉しい…です」

「三琴」

「はい…先生」

「俺は、先生…か?」

「あっ…で、でも…」

「三琴は、俺をどう呼びたい?」

「ど、どうって…それは…」

「やはり、先生か?」

「ち、違います。わたし、そ、その…あ、あなた…って、呼びたい…です」

「構わない。そう呼んでくれ。俺も、嬉しい」

「は、はい…あ、なた…」

「でも、二人きりのときだけだ。学園では、ダメだぞ」

「はい。わかって…います」

 ボロボロと大粒の涙を零し、嬉しさを表す三琴。だが結局三琴は、二人きりのときでも光一を「先生」と呼ぶことになる。

 約二月後。五年生になったばかりの三琴は、学園で光一のことを「あなた」と呼んでしまい、幸運にもそれは誰にも聞かれなかったのだが、それからはいつでも「先生」と呼ぶようになるのだ。

「いつかまた、あなたって呼んでしまうかもしれません。だから結婚するまでは、先生って呼びます。ごめんなさい…先生」

 光一はそれを承諾し、「あなた」は結婚するまでお預けとなる。

 がそれは、もう少し先の話。

 三琴は光一を「あなた」と呼べること、そして自分を「三琴」と呼んでもらえたことが嬉しくて、弁当が冷めてしまうまで泣き続けた。

 

     ☆

 

 それは、春休みのある日のこと。

 三琴は光一に貰ったアパートのスペアカードキーを、もう慣れた手つきでドア隣の機械に通す。

(あの人…まだ寝ているかしら?)

 時間は午前八時四十七分。仕事が休みのとき、光一の目覚めは遅い。

「…あなた?」

 ドアを開け告げる。

 返事はない。まだ寝ているらしい。

 三琴は駅前のスーパーで買ってきた食材を広げ、昼食用の食材は冷蔵庫にしまい、光一が買ってくれた少女趣味のエプロン(薄桃色で、肩もとにはフリル。ある意味かわいいのかもしれないが、三琴にはあまり似合っていない)を身につけ、朝食の用意を始めた。

 三琴は春休み最初の日から、毎日光一のアパートを訪れている。いうなれば「通い妻」だ。

 三琴は光一が好む柔らかめの目玉焼きと、プチトマトたっぷりのサラダを作り、買ってきたクロワッサンを皿に並べる。

(そろそろ、あの人起こそうかしら?)

 と思ったとき、寝室のドアが開いた。

「…おはよう。三琴」

 寝癖のついた髪をそのままに、寝間着姿の光一が顔を見せる。

「おはようございます、あなた。朝食の用意は調っていますから、顔を洗って髪を整えてきてください」

 光一はいわれるままバスルームに向かい、洗面台で洗顔整髪を済ませている。その間に三琴はコーヒーを煎れ(光一のはブラック。自分のにはたっぷりのミルクと、少量のシュガーを加える)、朝食をガラステーブルに並べた。

 とはいえ三琴は自宅で朝食を終えてきているので、テーブルには光一の食事しかない。三琴はコーヒーだけだ。

 バスルームから戻り、寝間着のまま朝食を採る光一。それを嬉しそうに眺める三琴。まさに、「新婚夫婦」のような光景だ。

「ごちそうさま。美味しかった」

 食事を終えた光一がいう。ぶっきらぼうとも思えるいい方だったが、三琴には光一が本当にそう思っているということがわかったし、嬉しく感じこそすれ、光一の口調に不満などなかった。

「はい。おそまつさまでした」

 微笑みながら答える三琴は、なんともいえない幸福を感じていた。

 

 二人きりの時間と空間。あまり会話が交わされることはない。

 二月の終わりに購入した三人がけのソファ。光一の左肩にもたれかかるようにして、小さな身体を寄せる三琴。二人は黙ったままじっとして、たまに気がついたように、唇が触れ合うだけのキスを交わす。

 二人は大抵、こうして二人きりの時間を送っていた。

 三琴はこれで、十分に幸せだ。隣に光一がいて、目を閉じて顔を差し出すと、優しいキスが送られてくる。

(わたしはこの人が好き。でも…この人はわたしのこと、どう思っているのかしら…?)

 告白したのは三琴だ。光一はそれを受け入れてはくれたが、自分の「想い」と光一の「想い」は、はたして同じなのだろうか?

 同じだと思いたい。

 触れ合う唇から染み込んでくる優しさ。他の誰にも向けない、自分だけに送られる、自分だけが見分けられる光一の微笑み。

 三琴はそれを、「信じたい」と思っている。

 だが三琴は、光一から「好きだ」といわれたことがない。それが不安だった。

 だからといって、

「好きだ…と、いってください」

 そんなことはいえない。もし拒否されたら、三琴は「壊れて」しまうだろう。

 三琴の全ては光一でいっぱいだ。光一以外の「ナニモノ」も入り込む余地はない。

(わたしはこの人が好き。それで幸せ。だから…この人を信じていればいいの)

 思いこもうとしても、やはり「言葉」を求めている自分がいる。

「好きだ」

 その一言でいい。聞きたい。

(わたし、わがままなのかな…)

 光一は自分を受け入れてくれた。結婚を約束してくれた。アパートの鍵をくれた。「三琴」と…名前で呼んでくれている。

(これ以上わたしは、この人に「なに」を求めているの? この人はわたしに、「幸せ」をくれたのに…)

 これ以上は、わがままでしかない。三琴は、光一に甘えるだけの「女」にはなりたくなかった。

 光一を支え、お互いに支え合い、ともに生きる存在。それが、三琴が目指す自分だ。

 今はまだムリだ。三琴は自分が、「子供」であることを理解している。

 そして光一は「大人」で、自分の支えを必要とはしていないし、自分が光一を支えることができるとも思えない。

(早く…「大人」になりたい。「大人」になって、この人の「隣」に立ちたい)

 未来の自分。未来の二人。

 目指す場所は遠く、未だその輪郭すら定かではない。

(わたしは、「なに」ができるのだろう…)

 ふと、光一に視線を向けた。光一も三琴に視線を向ける。

「…どうした?」

 心に染み渡る幸福と安堵。どれほど光一のことが好きなのか、思い知らされる。

「わ、わたし…あなたが好きです。本当に、大好き…です」

 告げた三琴の唇に、光一が自分のそれを重ねる。三琴は光一の首筋に抱きつき、これまでで一番激しいキスを送り、求めた。

 舌を差し入れたのは、三琴の方だった。考えての行動ではなく、なにかに突き動かされての行動だった。

 光一の舌が、三琴のそれに絡む。湿った音が室内に響いた。

 息苦しい。だが、光一と離れるのはイヤだ。自分の口腔内に入り込む、光一の一部。あまりにも愛おしく、離したくない。

 これほどまで、誰かに執着したのは初めて。

(どうしてわたしは、こんなにもこの人が好きなんだろう? この人を、愛しているのだろう?)

 光一の全てを独占したい。自分の全てを光一に捧げたい。貰って欲しい。

 注ぎ込まれる光一の唾液。頭の中がどうにかなってしまいそうなほど、美味しい。光一も自分の唾液を、美味しいと思ってくれているのだろうか? 三琴はそれが、とても知りたいと思った。

 

 いつしか三琴は、ソファに仰向けになっていた。覆い被さるように光一の身体がある。

「は、はぁ…あ、なた…」

 初めてのディープキス。身体が痺れて、思うように動かない。と光一の手が、三琴の上下する薄い胸に触れた。

 ビクンッ!

 意識してのことではなかったが、三琴は自分でも驚くほど跳ねた。驚いたように、すぐさま光一が腕を引く。

「す、すまない…」

 光一の顔。苦しそうだ。と、三琴は読みとった。

「…い、いいんです。あなたなら、わたしになにをしてもいいんです」

 三琴は自らの両腕を伸ばし、引かれた光一の腕を取る。そしてそれを、触れられた場所に導いた。

「み…こと…?」

「はい…あなた」

「わかって…いるのか? 俺がなにをしようとしたのか」

「…はい。したことはありませんが、たぶん…わかっていると、思います」

 三琴の知識。授業で習ったもの。テレビで観たもの。本から漠然と読みとったもの。自慰すらしたことがない、「子供」の知識。

 それでも三琴は「セックス」という単語はしっていたし、その行為の結果も知っていた。そしてもう一つ、三琴が知っていること。

「大丈夫です。わたし、まだですから。しても、赤ちゃんできませんから…だから、平気…です」

「……」

「あなた…してください。わたしを、抱いて…ください」

 恐怖はなかった。三琴は本心から、光一に抱かれることを望んでいた。自分はまだ「子供」だとか、そういう「意味のない事実」は、どうだっていいことだった。

 ただ自分を見つめるだけの光一。

 三琴は上半身を持ち上げ、光一が身体を引くのを確認すると、着ていた卵色の春物セーターを自ら脱ぎ取った。セーターの下に着ていたシルクのキャミソールが、一端胸の下辺りまで捲り上がり、浮き出たあばらを露わにした。

 三琴はセーターを床に落とし、乱れた長い髪を整えるように軽く首を振ると、今度はスカートのベルトに手をかける。

 当然のようにベルトを外し、ソファを降りて床に立つ三琴。重力に逆らえないスカートが落ち、淡い水色のショーツだけが隠す下半身が、光に照らしだされた。

 初めて目にする三琴の身体。その弱々しさ、儚さ、そして美しさ。光一は目を反らすことができなかった。

 本当に微かにキャミソールを持ち上げる、小さな双丘。細いとは思っていたが、これほどまでとは想像もしていなかった腰。細いからだろうか、脚がとても長く感じられる。

「抱いて…いただけますか…?」

 三琴の声は、少し震えていた。だがそれは羞恥からではなく、拒否されるのか恐かったからだ。

 自分の身体は、光一に抱いてもらえる価値のある身体なのだろうか。

 小さな胸。細すぎる腰、四肢。右太股に走る、三センチほどの火傷の痕。こんな自分でも、光一は抱いてくれるのだろうか。

 恐い。

 拒否されることが。

 自分が一番気にしている、火傷の痕。光一はどう思っているのだろう。醜いと思われていないだろうか。

 だが三琴は、その火傷の痕を隠すことなく、光一に晒した。全てを見て欲しかった。自分の全てを見て欲しい。知って欲しい。

 受け入れて、欲しい。

 キャミソールの肩ひもから腕を抜く。

 パサッ

 なにも身につけない、素肌の上半身。物心ついてから、父親以外の異性に見せたのは初めて。

 やっと脹らみ始めた胸。クラスで一番小さいのは知っている。色素の薄い先端は、素肌とそう変色はない。

 浮き出たあばら。貧相な感じかして、三琴は嫌いだ。

 下半身を覆う一枚。これを脱いでしまえば、後は靴下だけ。三琴はその一枚に手を伸ばす。

 躊躇いはない。知って貰いたいから。光一に、自分の全てを。見て欲しいから。自分の全てを。

 三琴は光一に見せつけるようにショーツを脱ぐと、手の中で丸くなったそれを、床に落とした。

 茂みのないつややかな肌に刻まれる、一本の線。隠す必要はない。恥ずかしいことではない。

「見て…ください。これが、わたしです」

 その場で、光一に向けて両腕を広げる。

(抱いてください)

 そう、「想い」を込めて。

 ソファから腰を上げる光一。

(わたしを、優しく抱きしめてください)

 正面に到達した光一が、はっきりと読みとれる呆然とした顔で、三琴を見下ろす。

 三琴は光一を見上げ、

「…抱いて、ください。お願い…します」

 光一はきっと、自分を抱きしめてくれる。受け取ってくれる。

(わたしは、あなたを信じています)

 心の中で告げ、三琴はそっと瞳を閉じた。



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