第三章 「上村沙亜奈(かみむら さあな)・初等部六年生の場合?」

 

 上村沙亜奈は、親しい人間からは「さあな」ではなく「さーな」と呼ばれていて、自分でも「さーな」の方が気に入っている。その方が「かわいい」感じがするからだ。

 沙亜奈は平均より成長が早く、小学六年生だというのに、先日高校生と間違われたことがあった。

 ショックだった。

「あたしって…老けてる?」

 小学六年生にとって、高校生は「オバサン」だ。その「事件」は、沙亜奈にはぴこぴこはんまーで五万六千回叩かれるより痛かった。

 無口、無表情、無感動と、三拍子揃っているように他人から見られがちだが、沙亜奈は少なくとも「無感動」ではない。

 けっこう傷つきやすく、落ち込みやすい。しかし無表情な顔を持って産まれてきてしまった彼女は、物事に動じず、落ち着いていて、クールだと思わせる印象を他人に与えてしまう女の子だ。

 だが実際にそんなことはなく、自室はぬいぐるみでいっぱいだ。その上、一体いったいには名前までついている。

 例をあげると、黒猫のぬいぐるみに沙亜奈がつけた名前は、「ユノアール・フォン・リプトン七世」略称「ユールくん」という、「フォン」とか「七世」ってなんだよ。と、つっこみたくなるようなものだ。

 その他にも、似たような珍奇(沙亜奈は「すごく素敵」だと思っているが)な名前を与えられたぬいぐるみが、沙亜奈の部屋を埋め尽くしている。

 そんな沙亜奈は今、学校から帰宅し、制服のままベッドにうつ伏せになって、枕に顔を押しつけて泣いていた。

「うっ…ううぅっ…」

 実は今日、身体測定があり、学年一(というか学部一)胸が大きいことが発覚してしまったのだ。

 そして、

「上村さんは、もうブラをつけたほうがいいわよ」

 と、保健医に指示されてしまったのだ。

 その場は「…はい」と小さく答えておいたが、沙亜奈は逃げ出したいくらい恥ずかしかった。

 これまでにも、母親からは保健医と同じことをいわれていたが、彼女は「まだいい」と突っぱねていた。

 沙亜奈のクラスで、ブラをつけている生徒は八人(さーなリサーチ)。沙亜奈のクラスは二十人なので、40%だ。

 ならブラをつけることによって、恥ずかしい思いをすることもないと思われるのだが、彼女にとっては違った。

 沙亜奈の頭の中には、「ブラつける=大人」という変な公式が存在していて、

「ブラをつけるようになったら、自分がみんなより成長のはやい恥ずかしい身体だということを、認めなければならなくなってしまう」

 と思っていた。

 どこをどうしたらそういう結論に辿り着くのか不明だが、彼女がそう思っているのだから仕方がない。

 平均より成長が早いということは、沙亜奈にとって「とても恥ずかしいこと」だ。だから、「クラスの半分以上の子がブラをつけるまで、自分もつけない」と、彼女は誓っていた。

 なぜ過半数をこえたらなのかも理解に苦しむが、彼女がそう誓ってしまったのだから、これも仕方がない。なにか、彼女なりの理由があるのだろう。

 しかし今日、保健医から「ブラの着用」を指示されてしまった。

 母親のいうことは突っぱねることができるが、保健医のいうことはできない。なぜなら保健医だからだ(意味不明だが、沙亜奈はそう思っている)。

 他人からすれば「どうだっていい」ことだが、沙亜奈の悩みは深い。

 少なくとも、枕に顔を押しつけて泣くほどには…。

     ☆

 真壁伸也(まかべ しんや)二十七歳(独身)は、五年生と六年生のクラスを受け持つ体育教師だ。

(それにしても、小学生ってのは無防備だな)

 伸也は鉄棒をさせている六年生の生徒たちを眺めながら、そんなことを思っていた。

 伸也から見れば、すでに数人の生徒は「女性」を感じさせる体型をつくりつつある。だが、彼女たちは平然と体操服からお腹をみせ、ブラもつけずに服を持ち上げる双丘の先端を透けさせている生徒までいる始末だ。

(うっ…目のやり場にこまるよなぁ)

 彼女たちはまだ子供だ。それに彼の生徒でもある。性の対象とみるのは不謹慎だし、そんな目で彼女たちをみてはいけない。

 と、わかってはいるのだが、やはり目の前で白い腹部を露出され、体操服から透けた乳首をみせられると、思わず目が「そっち」にいってしまう。

 そして、このクラスには彼女がいた。

 小学生とは思えないほど成熟した身体を持ち、無表情というか、いつも「ぽ〜っ」とした表情をしている、しかし間違いなく美少女の彼女。

 上村沙亜奈だ。

 伸也にとって、沙亜奈は要注意の生徒だった。

 なぜなら彼女は、「それは一サイズ小さいだろ」といいたくなるような体操着とブルマ(桃の丘女学園は、「今時」ブルマを採用している。それも薄いピンクというか、桜色というか、センスがいいのか悪いのかわからないタイプのものだ)を着用し、自己主張の激しいバストで体操着をぎゅっと持ち上げ、ブルマからはお尻の肉を半分はみ出させている。

 それに沙亜奈は、ブラをつけていない。

 乳首はすけすけで、形はもちろん色までわかる。

 伸也はロリコンではないが、沙亜奈は十一歳とはいえ、体型はすでに大人のそれだ。油断していると視線が向いてしまうし、向いてしまえば伸也の「男性」が黙ってはいない。

「次、上村」

「はい」と、前廻りをするために沙亜奈が鉄棒を掴む。

 くるんっ

 キレイな前廻りだった。

 沙亜奈は、運動神経は悪くない。

「よし」

 沙亜奈が鉄棒から降りると、体操服が鉄棒に巻き込まれ、くびれたウエストが丸見えになっていて伸也はぎょっとした

 しかし沙亜奈はなんでもないかのように体操服を直し、平然としている。

(うっわ。やばいって…これ)

 伸也は冷静になろうと勤めたが、もとの位置に戻ろうとする沙亜奈の、くいこんだブルマがつくる股間の一本線をまともにみてしまった。

(やばっ)

 股間のモノが場所もわきまえずに血液を吸い込み、硬度を増しはじめる。

 伸也が今はいているのは、やわらかい生地のジャージだ。このままだと、その盛り上がりは生徒たちに明白となってしまう。

 といっても、自分の意志でどうにかなるものなら苦労はしない。

 伸也は意味もなく座りこみ、靴の紐を直すまねをした。

(はやく、はやくおさまれっ)

 いうことを聞かない息子は、当然のように反抗し自己主張を増す。

 不自然に、何度も靴紐を縛っては解く伸也。

「くすっ」

 誰かが笑った。

 その笑いが、自分が勃起していることを見抜いたものだと伸也は思った。

 伸也の考えが事実かどうかはわからないが、それによって伸也のモノは急速にしぼんだ。

 

「さっきの、絶対そうよね」

「うん。そうそう」

 更衣室でクラスメイトの意味不明な会話を聴きながら、沙亜奈は制服に着替えていた。

(なんのことだろ?)

 不思議に思っても、沙亜奈は「なに? なんのこと?」などと訊いたりはしない。本当は知りたいのだが、引っ込み思案の彼女には訊けなかった。

「上村さんも、そう思うでしょ?」

 不意に話題を振られた沙亜奈は、わかってもいないくせに「う、うん」と答えた。

「真壁先生。絶対勃起してわよね」

(…ぼっき? なにそれ?)

 クラスメイトが発した「勃起」の意味も、沙亜奈にはわからない。沙亜奈は、性関係にはまったく無知だ。

「別に知りたくない」

 と、沙亜奈が思っているからだが、彼女の性知識は六年生にしては幼な過ぎた。なにせ沙亜奈は、どうすれば赤ちゃんができるのかも理解していない。

 保健の授業で習ったはずだが、沙亜奈には「高レベル」過ぎて理解できなかった。

 「雄しべ」だの「雌しべ」だのいわれても、漠然としていてわからなかった。が、みんなわかっているようだったので、自分もわかったふりはしておいた。

 「くすくす」と笑っているクラスメイトをそのままに、着替え終わった沙亜奈は教室へと戻ることにした。

 教室に戻った沙亜奈は、机から辞書を取り出し「ぼっき」とひいてみた。

 そして勝手に顔を赤らめ、誰も注目していないのに、急いで辞書を閉じ机の中に戻す。

(そ、そうだったんだ…)

 沙亜奈は一つ賢くなった。

 性知識が「001」上がった。

 真壁伸也への好感度が「004」下がった。

 そして沙亜奈は、なぜか下腹部がきゅっとなり熱を帯びるのを感じた。

     ☆

 悩むこと三日。

 ついに沙亜奈は、「あのこと」を母親に告げる決心を固めた。

「お、お母…さん」

「なに?」

「あ、あのね…」

「……」

「保健の先生にいわれたの」

「なにを?」

「…ぶ、ぶ、ぶ、ぶら、ぶらじゃ、じゃ…」

「なに? ブラしなさいっていわれたの?」

 沙亜奈は、顔と耳を真っ赤にしてコクンと肯いた。

「だからお母さんいったじゃない」

 沙亜奈が下唇を噛む。

 そして、別段変化のない無表情のまま、ボロボロと大粒の涙を零し始めた。

「な、なに泣いてるのッ?」

「うぅ…な、泣いてない…」

 あからさまに泣いている。見事な泣きっぷりだ。

「わ、わかったから。お母さんとブラ買いに行こ? ねっ?」

 コクン

「だから泣かないの。わかった?」

「泣いて…ない…」

 グスグスと鼻を鳴らしながらいうセリフではなかったが、こうして沙亜奈は初めてのブラを買いに行くこととなった。

 

「なんか…苦しい…」

 ランジェリーショップの店員に、「この商品は、お客様のような高校生の方に人気の商品となっています」などと言葉の拷問は受けたが、取りあえず無事にブラを手に入れた沙亜奈は、帰宅してすぐ着けてみることにした。

 で、その感想が「これ」だった。

 胸を締め付けられるような(って、実際締め付けているのだが)息苦しさ。持ち上げられ、形を整えられた胸が、これまで以上に大きくみえる。

「…おお…きい…」

 クラスのみんなと比べてだが、沙亜奈は自分でも大きいと思った。このまま大きくなり続けたら、胸の重みで歩くのも困難になるのではないかと、バカ気たことを沙亜奈は半分本気で考え、ちょっと泣きたくなった。

 まぁ、そんな沙亜奈の珍奇っぷりはどうでもいいとして、これで沙亜奈も「大人」の仲間入りだ。

 沙亜奈の考えている、「ブラつける=大人」という公式が、一般にも通用するとして…だが。

 しかし、当然そんな公式は通用していないので、やはり沙亜奈はまだ「子供」だろう。

 体格は別としても、彼女の思考、行動は、「大人」のそれではない。

 一応、沙亜奈には「子供が産める機能」は備わっている。だが、もちろん処女だし、性知識が貧困な彼女は、自慰もしたことがない。

 それで「大人」をかたろうとは、片腹を通り越して両腹痛い。

 沙亜奈が「本当の大人」となるには、まだまだ時間が必要なようだ。

 

 そして、沙亜奈が「似非大人」になった夜。

 真壁伸也、二十七歳(独身・恋人なし)は、いつもの「処理」に初めて生徒を「おかず」にした。

 おかずに選ばれた生徒は、もちろん沙亜奈である。

 妄想の中で沙亜奈と交わった伸也は、自分でも驚くほどの量を排出し、それとともに大きな自己嫌悪に陥っていた。

「かわいい生徒で、おれはなんてことを…」

 伸也にとって、生徒たちはとても大切な存在だった。守ってあげなければならないし、よりよい方向へ指導してあげなければならない存在だ。

 そんな生徒を、頭の中でとはいえ犯してしまうとは。

「おれは最低だ」

 確かにそれは否定できない。

 教師といえば聖職者である。少なくとも、そうあることが望まれている。

 だが伸也も健康な男で、「教師」よりも「男」が勝ってしまう瞬間もあるだろう。それがたまたま今夜だっただけだ。

 しかし伸也は、とてもではないが自分を許せなかった。

 元来、伸也は生真面目な男なのである。

 勤務態度も良好だし、生徒たちにも(それなりに)好かれている。

 汚してしまった。

 伸也は、沙亜奈を汚してしまったと思った。

 自分が澱んだ快楽を得るためだけに、大切な生徒を汚してしまったと。

「おれはどうやって、上村に対しての罪を償えばいいんだ…?」

 そこまで悩む必要はないだろう。

 その汚された(らしい)生徒は、草原でぬいぐるみたちと縄跳びとしているという珍奇な夢の中で、楽しく遊んでいる最中だ。自分が「汚された」などとは思ってないし、これからも思わないだろう。

「おれは上村をおかずにした」

 と告げたところで、その意味もわからずに、「はぁ…そうですか」と呟くのが精々だ。

 子供な沙亜奈。

 生真面目な伸也。

 夜は未だ深く、月光は白く街を照らしている。

     ☆

 ブラをつけたからといって、「これ」という変化は沙亜奈の<世界>にはなかった。

 授業はわかったりわからなかったりで、いつも通りだ。頭がよくなるとか、悪くなるとか、そういう変化はない。

 体育授業前の着替えのとき、クラスメイトにブラの使用がバレたが、別段過度に反応した者はいなかった。どうやら、当然だと思っているようだった。

 ただ体育教師の伸也が、露骨に自分から視線を逸らすのには気がついた。伸也がなぜそうするのかはわからなかったし、別にどうでもいいことなので、沙亜奈は気にしなかったが。

 沙亜奈は、なぜあんなにもブラをイヤがっていたのか、自分でも不思議に感じた。

 つけてみれば、どうということはない。胸をしめつける苦しさも、すぐに馴れてしまった。

 馴れてしまえば、なにもつけていないのと変わらない。なにも気にならない。

「大人になるって、こういうことかも…」

 と、沙亜奈がズレたことを考えている間に、一週間が経過した。

 そして事件(というのは大げさだが)は、七月最初の火曜日に起こった。

 

 今日の体育は、今年初めての水泳の授業だ。とうぜん生徒たちは学園指定の水着を着用して授業を受けるわけだが、水着に着替える途中で、沙亜奈は重大な問題に直面してしまった。

(ど、どうしようっ…水着、小さすぎて着れないよぉっ)

 この一年で身長が8cmも伸び、ついに160cmを越えた沙亜奈の身体は、去年新調したにも関わらず、その水着が着られなくなっていた。

 そのくらい、あらかじめ確かめておけばいいと思うが、「去年買ったばかりだから大丈夫」と根拠もなしに考えていた沙亜奈は、母の「新しい水着買ったほうがいいんじゃないの?」という忠告を無視し、「去年買ったばかりだから、いらない」といい放つと、タンスから引っ張り出した水着を、試着もせずに水泳袋に詰め込んだのだ。

 あまりに浅はかな沙亜奈の思考回路。とてもではないが、知能指数が120を越え、偏差値は70に届こうとしている少女とは思えないダメっぷりだ。

(ど、どうしよう)

 なんとか、ビチビチだが水着を着た沙亜奈。

 が、

 ぷりんっ…ぷるっぷるっ

 少し動いただけで、小学六年(誕生日前なので十一歳)にして86cmの自己主張の激しい両胸が、横から飛び出してしまった。

 慌てて右胸を水着に押し込む。次いで左…の途中で、押し込んだ右胸がぷるんっ…。

 沙亜奈の頭の中は真っ白になった。辺りを見てみると、更衣室に残っているのは沙亜奈だけになっていた。他の生徒はもう着替え終わって、みんな外に出ていったようだ。

 「女の子の日」だといって、授業は見学にしよう。

 と沙亜奈は思ったが、すぐに棄却した。なぜなら沙亜奈の計算からいくと、一週間もしない内に本当の「女の子の日」がきてしまうからだ。

 その時になって、また「女の子の日」だといって授業を見学するわけにはいかない。

 だったら今日は急に「女の子の日」になってしまったと説明し、その次は風邪でもひいたとでもいえばいいと思うのだが、慌てている沙亜奈にはそこまで思考が廻らない。

 と、その時、

「上村さん。まだ?」

 クラスメイトが遅れている沙亜奈を呼びにきた。

「あっ、う、うん。すぐいく」

 沙亜奈は無理やり水着に胸を押し込むと、飛び出さないように手のひらで押さえて更衣室を後にした。

 

 ピンチは初っぱなからやってきた。準備運動である。

 不自然に胸を押さえている沙亜奈も、準備運動の時はそのままでいられない。それに準備運動などという「激しい」動作に、沙亜奈の胸が大人しくしているはずがない。いうことを聞かずに、外に飛び出すのは目に見えている。

(ど、ど、ど、どうしようっ)

 空は晴天。急に雨が降り出して授業中断…ということはなさそうだ。

「じゃあ、準備運動を始める」

 トランクス形の水着にパーカーを羽織った伸也が、プールサイドに整列する生徒に告げる。

「まずは深呼吸から」

 伸也が見本をみせるように、両腕を大きく上にあげた。それに習って、沙亜奈以外の生徒が続く。

 沙亜奈は、なんとか胸が水着に収まっているのを確認し、

(だ、大丈夫よね。うん、きっと大丈夫っ)

 胸元から手を放して両腕を上げ…

 ぷるるるんっ。ぷる、ぷるるん

 期待はあっけく…というか、当然のごとく裏切られた。

 陽光にさらされ揺れる、十分に育った双丘。

「きゃあぁ〜っ!」

 慌てて隠したがもう遅い。沙亜奈の両隣にいた生徒(まぁ、これはいいが)にも、沙亜奈とは少し距離を置いてだが向かい合う伸也にも、大きな丘の先端に位置する鮮やかな桃色までハッキリと見られてしまっていた。

 顔を引きつらせて固まる伸也。ざわめくクラスメイトたち。

 沙亜奈は、その場にしゃがみ込んで泣き出してしまった。

 更衣室でクラスメイトに見られるのはいい。でも、野外で見られるのは恥ずかしい。それに、教師とはいえ異性である伸也にまでも見られてしまった。

 もう、絶望的な状況である。沙亜奈には、座り込んで泣く以外のことはできなかった。

 

 それからのことは、沙亜奈はよく憶えていない。

 憶えているのは、制服を着てプールサイドに置かれた見学用のベンチに座り、クラスメイトたちがプールの中ではしゃいでいるのをなんとなく眺めている…というところからである。

 どうやって自分が着替えたのかも、あれから伸也がどのような態度をとったのかも、まったく記憶にない。ただ、「大丈夫だから」とか、「泣かないで、上村さん」とか、そんなふうなことはクラスメイトからいわれた気はする。

 沙亜奈は授業中も、授業が終わってからも、伸也の顔を見ることはできなかったし、伸也も沙亜奈に声をかけることはなかった。

 クラスメイトも「あの話題」に、少なくと沙亜奈の前では触れることはなかった。

 沙亜奈は落ち込んだまま帰宅し、自室に閉じこもって泣いた。心配した母が、なにがあったのか沙亜奈に訊ねると、彼女は泣きながら水着袋を母に放り投げた。

 母はそれで察したのか、「だから、新しい水着買ってあげるっていったのに」と、仕方なさそうに呟き部屋を後にした。

(…もう、恥ずかしくて学校行けない)

 沙亜奈は、本気でそう思った。

 

 この夜沙亜奈は、胸が取れて大喜びする夢を見たが、やはり夢なので、起きてみると忌々しい胸にはなんの変化もなかった。

(…取れないかな?)

 胸を思い切り鷲掴みにして引っ張ってみたが、痛いだけだった。

 胸も取れないので仕方なく起きた沙亜奈は、仮病を使って学校を休もうとしたが、「バカいってないで、さっさと学校行きなさい」とあっさり母にいわれ、家から放り出されて渋々登校した。

「おはよう。上村さん」

 教室に入ると、いつも通りにクラスメイトが挨拶をしてきた。

「おはよう」

 沙亜奈は呟くように返し、取りあえず自分の席に着くと、朝のショートホームルームが始まるまで机に突っ伏して微動だにしなかった。

 この日もクラスメイトたちは、「あの話題」に触れることはなかった。いつも通り沙亜奈に接してくれた。

(もしかして、なんでもないことだったの? みんな、なにも気にしてない?)

 と、沙亜奈が思い始めた昼休み。

 沙亜奈は偶然、廊下で伸也と鉢合わせた。今日は体育の授業がないので、伸也の顔は見なくていい。と考えていた、不意をつかれる形となった。

 顔をうつむけてすれ違おうとする沙亜奈。

「か、上村」

 伸也に呼び止められてしまった。

「は…はい」

 うつむいたまま応える。とてもではないが、伸也を見ることはできない。

「あ、あのな…その…」

 ぎゅっと下唇を噛みしめる沙亜奈。伸也は続けた。

「その…はっきりいうぞ。お前、もう少し大きな水着にしなさい」

 瞬間。沙亜奈は、泣きながら廊下を疾走していた。

 

『 上村沙亜奈(かみむら さあな)

  十一歳

  身長164cm

  体重48.5kg

  スリーサイズ・86/54/80/

  好きなもの・ぬいぐるみ。みかんの缶詰

  嫌いなもの・虫。納豆

  将来の夢・ぬいぐるみ屋さん     』

 

 彼女が廊下の突き当たりに激突し、鼻血を垂らしたまま、逃げたはずの伸也によって保健室に担ぎ込まれるのは、それから間もなくのことであった。



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