幕間一 「香坂小鳥(こうさか ことり)・初等部二年生の場合?」

 

 <檻>のような部屋。窓もなく、病室のような白い壁で四方を囲まれている。

 小鳥がここの住人になってから、もうどのくらい時間が流れたのだろうか? 思考能力が低下した小鳥には想像もつかない。

 消えることのない白い蛍光灯が昼夜の概念を遮断し、日にち、曜日の感覚を小鳥から奪い去った。

 そして、生きているという実感さえも。

 小鳥をここに閉じこめた男。小鳥が「おにいちゃん」と呼ばされている、三十代前半だろうと思われる小太りで脂性な男に陵辱されている時以外、小鳥は流れているのか止まっているのか判断がつかない時間を経過させていた。

 ここに閉じこめられ、イヤなことをされ始めた数日の間。小鳥の思考の大半をしめていた「お家に帰りたい」という願いを、今の彼女は思い浮かべることもしない。

 優しい両親の顔も、仲良しの麻奈香の顔も思い出せない。思い出すことに意味があるとも思えない。

 ここでの小鳥は、ほとんどの時間なにも考えず、考えられず、男に犯されている時以外は、「おともだち」とされた手足を拘束する鎖と、首輪と壁のフックを繋ぐ鎖を、時にジャラッと鳴らすだけだ。

 お腹が空くと男の排泄物が混ぜられた残飯のような餌(これも、定期的に与えられるわけではない)を食べ、咽が乾くとプラスチックの皿に溜めておいたおしっこを飲む。

 とはいえ、それらの行動も意識してのものではなく、「そうしなければ死んでしまう」という本能からくるものだ。

 小鳥が床に置かれた皿に顔を近づけ、ぴちゃぴちゃとミルクを舐める子猫のような格好で自分のおしっこを舐めていると、<檻>の唯一の出入り口である扉の鍵を開ける音が響いた。

 小鳥はおしっこを舐めるのを止め、そっと顔を扉に向ける。お尻にまで届きそうな長い黒髪がパサッと乾いた音で揺れた。

 本来ならサラサラと心地よい音を奏でるのだろうが、精液や排泄物で汚れ、ここに閉じこめられてから一度も洗われていない小鳥の髪は、所々固まり異臭を放っている。もちろん、小鳥はそんなことを気にしてはいなかったが。

「…いらっ…しゃい。おにい…ちゃん…」

 扉を開け<檻>に入ってきた男に、小鳥が小さな声で告げる。そうするように、男から命令されているからだが、すでにこの挨拶は小鳥にとって条件反射になっていた。

 最初はそう告げなければ酷いことをされたからだったが、今は酷いことをされるのは当たり前になっているし、大抵のことは辛いと感じなくもなっている。

 身体中の穴に様々なモノを詰め込まれ、膣内、口腔内、直腸をかき混ぜられるのには馴れた。痛いとも気持ち悪いとも思わない。そうされるのが当たり前。

 ウンチは食べ物だし、おしっこや精液は飲み物。そしてコキブリやミミズはデザートだ。

 <檻>の中の小鳥にとって、それが当然になっていた。

 当然のことだからイヤではない。小鳥がイヤなのは、身体に針を刺されたり、ライターの火で炙られたりすることだ。これらは、いつになっても馴れない。辛い。熱い。苦しい。涙が出る。貴重な水分である、おしっこを漏らしてしまう。

 男が小鳥の手足と首輪の鎖を外す。

 小鳥は男のズボンとトランクスを下ろし、「しゃぶらせてください」と教えられた通りの言葉を告げてから、男のペニスを小さな口内に導いた。

 男のペニスはいわゆる仮性包茎で、たいして大きくもなかったが、それでも勃起すると小鳥の口には収まらない。

 小鳥はくんくんと苦しそうに鼻で息をしながら、咽に突き刺さるほど深くペニスをくわえ、涎を垂らしながら舌を動かす。

 ほんの二分ほどで、小鳥の顎が疲れる前に男が果てる。

 小鳥は条件反射的に男のペニスをちゅうぅと吸って、残りの精液を吸い出すと男のモノを外に出して、口の中のネバネバした半液体をこくんと飲み込んだ。

 ネバネバしたものは咽に引っかかって素直に胃の中に下りてくれないが、小鳥はなんども唾を飲み込んで、それを胃に収めた。

 男が、もう小鳥の見なれた、紐で繋がった玉を取り出す。

 小鳥は後ろを向きになり、四つん這いで男にお尻を突き出した。男はその玉の繋がりを、なんども小鳥の排泄器官に出し入れして遊ぶ。

 その間小鳥は、「あうぅんっ」とか、「お、おにいちゃん…もっとぉ」とか、男が好む声と言葉で演技をする。

 そうすれば、痛いことや熱いことをされないと知っているから。

 お尻の中にこれを出し入れされるのは、針を刺されたり、ライターで炙られたりするのとは比べものにならないほど辛くない。

 こんな地獄の中ででも、小鳥は楽に生きる術を身に着けつつある。

 できることならしたくはない順応だが、それが必要な小鳥にとっては重要なものだ。

 苦痛は少ないほうがいい。

 小鳥はマゾではないし、自分の身体が壊されることを望んでもいない。

 数多の性具で体内を掻き回され、汚物を注がれ、そんな生活の中でも小鳥は、どこかで希望を持ち続けている。

 いつか再び「戻れる」時がくる。パパ、ママ、おねえちゃんに逢える時がくる。

 きっと。

 ぜったい。

 だから…。

 数時間小鳥を玩び、男が部屋を出ていったあと。

 小鳥は、男の小便で濡れたぼろぼろの身体を這いずらせて、餌入れに盛られた男の大便に口をつけた。時間が経つと便が堅くなり、食べにくくなる。

 これも小鳥が得た、ここで生き抜くための知恵だ。

 だから、早く食べなければならない。どうせ食べるのだから、食べやすいほうがいいに決まっている。

 さっき食べたコキブリ三匹だけでは、小鳥の空腹は満たされていない。

 時間の感覚が薄れた小鳥にはよくわからないが、これは久しぶりにありつけた「まっとうな食料」だ。

 小鳥は桜色の唇をにちゃっとした汚物色に染め、くちゃくちゃと咀嚼して嚥下した。

 一口食べてしまうと空腹の身体が「食料」を求め続け、小鳥はガツガツと貪るように汚物を平らげ、餌入れにこびり付いたものまで舐め取った。

 餌入れが洗われたようにキレイになったのを確認して、小鳥はその場で横になって眠った。

 しばらくすると、小鳥は夢をみているのか「くすっ」と幸せそうな笑顔をつくり、「ただいま、ママ」と、微かな声で寝言をいった。

 夢の中でだけでも小鳥に楽しい時間が与えられるのは、「救い」なのだろうか?

 それとも…。



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