腐りゆく〈卵〉の中身
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『繋がる〈風景〉の矛盾は、血を吐きながら詠う紫色の小鳥のように悲しいと、彼女はその瞳を閉じた』
1
「急いで帰らなくちゃッ」
初夏というよりは、もう夏といってしまっていい七月初頭の午後の日差しを浴び、野坂春乃(のさか はるの)は細く長い脚を忙しく動かして、新しい自宅があるマンションへと続く坂道を駆け登っていた。
マニアの間で人気の高い、セント・シェラリール女学院初等部の白を基調とした変形セーラー服を着た彼女は、腰にまで届く真っ直ぐな黒髪を揺らし、少し短めになっているネズミ色のスカートの奥からチラチラと純白の「子供パンツ」を見え隠れさせながらも、そんなことは気にせずに家路を急ぐ。
ショーツが見えている。そんなことよりも、今この瞬間にも「おとうさま」になにをされているのか分からない、双子の姉、春奈(はるな)のことの方がずっと気になっていた。
「春奈ちゃんッ。すぐ帰るからね」
マンションのホールからエレベーターに乗り、五階のボタンを押す。目指すのは三ヶ月ほど前、母が再婚して「新しいお父さん」ができてから引っ越してきた501号室だ。
「ただいまッ」
ドアを開けるのももどかしく、春乃は帰宅を告げた。
瞬間。
ツンと鼻腔を刺激する異臭を感じる。おしっことウンチが混じり合ったような、「いつも」の臭いだ。
春乃は靴を脱ぎ、義父が「お楽しみ部屋」と呼んでいる忌まわしい部屋へ一直線に向かった。
お楽しみ部屋の扉は閉まっていて、春乃はそっと扉に耳をそえた。
(……よ、よかったぁ)
室内からは、うめき声や苦痛を宿した声は聞こえてこない。
(今日は、非道いことされていないのかも……)
コンコン。
扉をノックし、
「春乃です。ただいま帰りました。おとうさま」
あんなヤツを「おとうさま」などと呼びたくはないが、そう呼ばなければ非道いことをされてしまう。
十一歳。小学五年生(双子は四月七日産まれなので、もう十一歳になっている)の春乃には、腕力で「おとうさま」に敵うはずがない。それに、逆らうとなにをされるか分からない。
自分が蹴られたり叩かれたりするのなら、春乃はなんとか我慢することができる。だが双子の姉の春奈が傷つけられるのは我慢できない。
できる限り「おとうさま」には春奈に手をださせないようにしているが、それでも火曜日だけは「春奈の日」として、「おとうさま」は一日中春奈を学校にも行かせずお楽しみ部屋に監禁する。
そして春乃にするように、イヤらしくて汚いことをする。
春乃は、「おとうさま」が、春乃より春奈の方が気に入っていることを知っていた。
泣き虫で、おとなしい春奈。でも優しくて、春乃の心が溶けてしまいそうな頬笑みをくれる春奈。大好きな、そして誰よりも、なによりも大切な姉。
だがここに越してきて、二人が初めてお楽しみ部屋で「楽しまれて」から、春奈の頬笑みが春乃に与えられたことはない。
「このままじゃいけない。どうにかしなくちゃ」
そう春乃が思っても、今のところ彼女にはどうしようもない。母を頼ろうとも、義父の言葉でいうと「遠くへ仕事」に出ていて、母がここに居たのはたったの三日だけだ。それ以来、母の顔は視ていない。
ただ、二、三週間に一度は母から電話がかってきて、「ママは元気でやっているから、心配しないでね」と双子に告げる。なぜか疲れたような声の母にそう告げられると、二人は母に心配をかけたくないあまりなにもいえなくなってしまう。
「……うん。ママ」
と、だけ。それが二人の精一杯だった。
負けられない。「こんなこと」で負けるわけにはいかない。
「春乃か? よし、入れ」
室内から「おとうさま」の声。
春乃はそっとドアを開けた。
2
ドアを開けるなり、すぐ春乃の目に入ってきたのは……。
「ひっ」
思わず息をのむ春乃。
八畳の洋室。そのほぼ中心で後ろ手に手錠のような物で腕を固定された春奈が、白い肌をドロリとした褐色の排泄物で汚して跪き、フローリングの床を汚す汚物をぴちゃぴちゃと舐め取っていた。
「は、春奈ちゃんッ!」
春乃が、春奈に駆け寄る。見ると、春奈の性器にもお尻にも信じられないくらい太いバイブが突き刺さり、春奈の下半身を汚物とともに乾き始めた紅い液体が彩っていた。
「春奈ちゃんッ。だ、大丈夫ッ?」
だが春奈は春乃に気がついた様子もなく、ぶつぶつと「ごめんなさい、おとうさま。ごめんなさい」と呟きながら汚物を舐め続けている。
「春奈ちゃんッ。はるなちゃんッ!」
ぶつぶつと呟き床を舐め続ける春奈の肩を、春乃は自分も汚物で汚れてしまうのも忘れて両手でつかみ、揺さぶった。春奈の、汚物が染み込んで重くなったセミロングの髪が、パサパサと揺れる。
だが春奈は、なにも聞こえていないかのように、春乃に呼びかけに反応しなかった。ぴちゃぴちゃ音を立て、小さな舌で床にこびり付いた汚物を舐めるのを止めない。
それにしても、やはり一卵性双生児だ。春乃と春奈は、とてもよく似ていた。もし、同じ服を着て同じ髪型をしていれば、二人を見分けることは困難だろう。
だが実際は、春乃の髪型は腰にまで届くロングで、春奈は肩にかかるほどのセミロングだ。髪型で二人を見分けることは容易だった。
(ど、どうしよう。春奈ちゃん「壊れ」ちゃったッ)
自分の声になんの反応も返してくれない春奈。春乃は焦り、同時に恐怖を感じた。正に春奈は、春乃が感じたように「壊れて」しまっていた。
身体も、心も……。
極太バイブレーターによって引き裂かれた、性器とアナル。自分の、そして「おとうさま」の排泄物を身体のあらゆる穴から中に注ぎ込まれ、白い肌に塗り付けられ、嫌悪感と脳みそが溶かされるような異臭によって、春奈は「壊されて」しまった。
「どうした? 春乃」
汚らしい体毛で被われた身体を露わにし、「おとうさま」が嗤いながらいう。春乃は下唇を切れるほど強く噛み、「おとうさま」を睨み付けた。
「ん? なんだその眼はッ」
殺してやる。春乃は思った。
その瞬間。
バチンッ!
左頬に強い衝撃が走る。「おとうさま」のビンタを受け、春乃は床に転がった。血の味が広がる。口内が切れていた。
殺してやる。もう思わなかった。
敵わない。そう思った。
「おぉ、そうだ。いいモノを見せてやる」
「おとうさま」はいい、床を舐め続ける春奈の後ろに移動した。「おとうさま」の手が、春奈のアナルに埋まったバイブを引き抜く。
「くはあぁっ!」
背をエビ剃りに反らせ、春奈が鳴いた。その開いた肛門から、ドロリとした血と排泄物が混合した液体……というか、半液体が零れ出す。
次いで「おとうさま」は性器のバイブにも手をかけ、ジュルッというイヤな音を響かせ一気に引き抜いた。
(えっ? う、うそ……し、信じられないッ)
春乃は自分の目を疑った。バイブを抜かれた春奈の膣内から、どう見ても排泄物にしか見えないモノが、少量だが零れ出したからだ。
確かに双子は、これまでにも「おとうさま」には非道く汚らわしいことをされてきたが、性器に排泄物を詰め込まれるなどということはなかった。
「ひ、ひどい……」
春乃の呟きに、「おとうさま」が下卑た表情に顔を歪める。
「どうだ。春乃もして欲しいか? マンコに糞を詰め込んで欲しいか。えぇッ? どうなんだ」
春乃の膝がガクガクと震え、顔面は蒼白になった。
「お姉ちゃんは悦んでいたぞ。マンコから俺の糞をひねり出しながら、小便漏らして悦んでたぞ。変態だな、お前のお姉ちゃんはッ。マンコから糞だぞ? マン糞だ、マングソ」
本当に愉しそうに、「おとうさま」はククッと嗤った。
(……に、逃げなきゃッ! で、でも、どこへッ?)
逃げられない。例え逃げ出そうとしても、その途端「おとうさま」に捕まり、その通りにされてしまうだろう。それに春乃には、春奈をこのままにして一人で逃げるなどという「裏切り」はできなかった。
「まぁいい。春乃。お姉ちゃんのマンコ、このまま糞まみれだと腐っちまうぞ。いいのか?」
突きつけられた言葉。
混乱している春乃は、「そ、そうかも。このままだと春奈ちゃんのアソコ、腐ってしまうかもしれない。そうしたら春奈ちゃん死んじゃう。あたし、一人になっちゃうッ」と、思い込んでしまった。
「……お、おとう……さま」
「なんだ?」
「お、お願い……です。春奈ちゃん。春奈ちゃんキレイにして、いい……ですか?」
震える声で懇願した。
こわかった。一人になってしまうことが。春乃はそのことが、なによりもこわいと感じた。
「あぁいいぞ」
「あ、ありがとうございますッ」
「だが、お前の舌でキレイにするんだぞ。お姉ちゃんの糞まみれのマンコを、お前が舐めて洗うんだ」
春乃は少し安心した。汚物を舐めるなんて、いつもやっていることだ。簡単なことだと思った。
「は、はい」
指示された通り春乃は、春奈を床に仰向けに寝かせ、
「すぐキレイにしてあげるから、少しがまんして、じっとしててね」
春奈に告げた。
それが聞こえているのかどうか、春奈は濁った瞳で天井を凝視し微動だにしない。
春乃は春奈の脚を広げ、その狭間に跪いた身体を割り込ませて、顔を汚物にまみれた姉の股間に埋めた。
ちゅく
初めて触れた……というか、舌を這わせた姉の股間は、驚くほどやわらかかった。
ちゅ、ちゅぱ
春乃の舌と口腔内に、もう味わい馴れた苦みが広がる。それに、血の味も……。
表面部分を舐め終わり、春乃は内部に作業を移した。
両手で春奈のワレメを開いて固定し、本来ならキレイな桜色なはずの肉を汚す、異臭を放つ汚物を舐め上げる。
(ごめん……ごめんね、春奈ちゃん……)
なにに対しての謝罪なのだろうか。春乃にもわからない。それでも春乃は、春奈に謝罪しないではいられなかった。
春乃が、小さくやわらかい突起部分に舌を絡める。
ピクンッ
春奈の下半身が小さく跳ねた。
「も、もう少しだから春奈ちゃん。もう少しだけ、がまんして」
未発達な小陰唇。針で空けられたような尿道口。その下にある膣口。春乃は丹念に舐めて洗った。
ぴくっ、ピクンッ
その度に春奈が無言で跳ねる。
(ごめんね。ごめんね、春奈ちゃん)
春乃の頬を、涙が伝った。
舌を膣内に差し入れる、排泄物の味に混じる血の味が増したように感じた。バイブレーターで先ほどまで広げられていた春奈のそこは、春乃の舌をすんなりと迎え入れた。
しかし春乃の舌は、姉の奥まで届くほど長くはない。カバーできるのは入り口だけで、一番キレイにしなくてはならないだろう最深部までは届かなかった。
(ど、どうしたらいいの? 届かないよぉ)
目一杯舌をねじ込む。肉壁が舌を締め付けるが、さほど強い力ではない。
「……ぅ、ぅう」
春奈が声を漏らした。
(苦しいの? 痛いの? ご、ごめんね……)
春乃は「おとうさま」に犯されて、気持ちいいと感じたことなど一度もない。それはただ苦しくて、痛いだけだ。なので春奈が自分の舌で「感じて」いるなどと、想像もしなかった。
自分は春奈に非道いことをしている。そう感じていた。
「う……くぅ。あ、あふっ」
耳を塞ぎたくなるような春奈の声。ピクピクと痙攣し、小刻みに跳ねる下半身。春乃はたまらなくなって、姉の股間から顔を上げた。
(もうだめだよぉ……春奈ちゃんに、これ以上ひどいことできないよぉ)
「どうした。ちゃんと、奥までキレイにしたのか?」
ニヤついた顔の「おとうさま」。
「も、もう……許してください……」
「許す? なにをだ」
「ごめんなさい、おとうさま。は、春奈ちゃんのアソコ……ちゃんと、キレイに洗わせてください。舐めるだけじゃ、奥まで届かないです……から」
敗北感が春乃を満たす。どうして「こんなこと」をお願いしなくてはならないのか。それも「こんな獣」に。
悔しい。
あまりにも非力な自分が、恨めしい。
もっと「チカラ」があれば、あたしにこの男を倒せるほどの「チカラ」があれば。春奈ちゃんとあたしを、この男から守れるだけの「チカラ」があれば……。
欲しい。「チカラ」が欲しい。
もっと、もっと、もっともっとモットッ!
だが願うだけでは、「チカラ」は得られない。「キセキ」は起こってくれない。
不条理?
それは違う。
非力な「二人」が悪い。〈ここ〉では、「そういう倫理」がまかり通っている。
〈現実〉だから、〈夢〉ではないから。
「チカラ」ある者が支配者であり、なき者は隷属するしかない。
しかし、その「チカラ」とはなんなのだろうか?
春乃にはわかっていない。
春乃だけではない。本当のところ、「非力ではない自己を得るためのチカラ」とはなんなのか、誰にもわからないのかもしれない
腕力なのか、知力なのか、財力なのか……。少なくとも今、春乃が必要としている「チカラ」は、「意志の力」でないのは確かなようだ。
死ねッ! 思う。だが、ヤツは死なない。
消えろッ! 願う。だが、ヤツは消えない。
助けてッ! 懇願する。だが、誰も助けてはくれない。
どうして?
簡単だ。それは「非力」だから。「思い、願うチカラ」では、この状況を打破できないからだ。
ならどうすればいい? どうすれば春乃は、春奈は頬笑める?
「人は、幸福となるために生きている」
誰の「コトバ」だったろうか?
それが本当なら、どうして誰も二人を助けない? 二人には「幸福」となる権利はない、とでもいうのか。
二人には、「生きる」権利はないとでも? 「チカラなき者」に、「生きる」権利はないとでも。
わからない。わからない。ワカラナイ……。
〈ここ〉は、「疑問」と「矛盾」で満ちすぎている。〈ここ〉は、どうしてこれほどまでに「カナシイ」のだろうか?
誰が〈ここ〉を、「カナシミ」で満たして「創った」のだろうか? 「それ」は、許されることなのだろうか……?
3
「もう許してください」
繰り返す春乃の頭を、「おとうさま」が蹴飛ばした。
「キャッ!」
ドタンッと床に転がる春乃。踞る春乃に、「おとうさま」が覆い被さる。
「いっ、イヤあぁッ!」
「るせぇッ」
「おとうさま」は、床に四つん這いになる春乃の頭を押さえつけ、スカートの奥に腕を入れて彼女の真っ白なショーツをずり下ろした。短めのスカートが捲り上がり、春乃の肉付きが薄い臀部が露わになる。
「イヤッ! や、止めてくださいッ」
春乃は毎日のように「おとうさま」から陵辱を受けているが、それに馴れることはないし、春奈の目の前で犯されるなんて、絶対にイヤだった。
春奈には、大好きな姉には、自分の「あんな姿」はけして見られたくない。見せたくない。
しかし春奈は、すぐ側で妹が犯されようとしているにも関わらず、床に仰向けで寝転んだまま、呆然と天井を虚ろな眼で眺めているだけで身動き一つしない。
「や、止めてえぇッ。ゆ、許して、ふ、ウグッ」
許しを懇願する春乃のショーツを引きちぎるように奪い獲ると、「おとうさま」はそれを春乃の口にねじ込んだ。
春乃はまだ自分の体温が残っているショーツで、小さな口を塞がれてしまった。
「ぐっ、ふぐぅ」
「お姉ちゃんみたいに静かにしてろ。これから、いいことしてやるんだからなッ」
(な、なにが「いいこと」よッ! また、ろくでもないこと考えついたのねッ。最低ッ。死んじゃえッ!)
春乃は心の中で強がった。が、「おとうさま」には届かない。届いたところで、ヤツは痛くも痒くもないだろうが。
そういった「おとうさま」は春乃を放し、床に散らばった山のような性具の中から、二つのペニスが繋がったような形の、いわゆる双頭バイブを拾い上げた。
それは、全体がピンク色をしていて、見るからに太く長い。
(な、なに……あれ?)
春乃は、双頭バイブを見るのは初めてだった。
「おとうさま」はそれを左手に持って、起きあがろうとする春乃を突き飛ばし今度は仰向けにして床に転がすと、春乃の細い首を右手で鷲掴みにして押さえつけた。
「どうだ? 太くて長いだろ」
双頭バイブを春乃の目の前に差し出し、問う。春乃は目を瞑った。
「ちゃんと見ろッ」
春乃は目を開け、いわれた通りにした。そうしないと、また乱暴されるだろうから。
「今からこれを、お前のマンコにねじ込んでやる。嬉しいか?」
「……」
春乃は答えない。というより、口は自分のショーツで塞がれている。が、「おとうさま」は、
「ククッ……そうか、嬉しいか。春乃はこれを、マンコにねじ込まれたいんだな?」
と、勝手に納得した。
(そんなわけないじゃないッ! バカじゃないのッ)
「そうか、そうか」
歪んだ嗤いを見せる「おとうさま」。
そして。
「イッ! グッ」
春乃の身体と頭の中を、弾けるような痛みが走った。「おとうさま」がなんの準備も整っていない春乃の性器に、双頭バイブを突き刺し、ねじり込んだのだ。
「はっ、ご立派なチンポじぇねーか」
春乃の性器に深々と突き刺さった双頭バイブ。「おとうさま」がいうよに、まるで春乃にペニスが生えたかのようにも見えた。
(な、なにっ? これで、なにをするつもりなのッ)
「じゃあ……お前のチンポで、お姉ちゃんを犯してやんな」
春乃がその言葉の意味を理解する前に、「おとうさま」が春乃の両股に腕を通し、幼子におしっこさせるような形で抱え上げ、床に転がる春奈の元へと運んだ。
「ほらよ」
春乃は投げ捨てられれ、春奈の上に覆い被さった。春乃は春奈にのし掛かってしまわないように、とっさに両腕を立てる。まるで春乃が、春奈を押し倒したような形になった。
見つめ合う春乃と春奈。と春奈が、汚物まみれの顔で春乃に向かって微かに頬笑んだ。
ゾクッ
春乃の背筋を悪寒が走った。
「気持ち悪い」
春乃は双子の姉を、「大好きな春奈ちゃん」を「気持ち悪い」と感じた。感じてしまった。だがそれは一瞬で、春乃が「そう」だと理解する前にどこかへ消え去った。
「おらッ。早くハメてやれよ」
ガシッと、「おとうさま」が両腕で春乃を腰を掴み、押した。春乃はなんとか腰を逸らそうとしたが、それは徒労に終わった。
だが腰を押されただけでは、二人は繋がらなかった。春乃の「チンポ」は、春奈の股間の上を滑りなぞっただけだ。
「コラッ! ちゃんとハメろッ」
春乃は後頭部に衝撃を受けた。「おとうさま」が叩いたのだ。
「おとうさま」が春乃と春奈が重なる横から腕を入れ、春乃の「チンポ」を春奈の膣口にそえた。
「これでいい。今度はちゃんとハメろよッ」
そして「おとうさま」は、再び春乃の腰を掴み、グイッと強く押した。
(い、いや……やめてっ)
春乃は精一杯の抵抗を見せた。四つん這いの腕と膝に力を込め、必至で抗った。
(お、お願い……止めてッ)
と、不意に「おとうさま」が、直角に立っている春乃の膝を蹴飛ばした。
(アッ)
ガクッ
唐突に体勢を崩されれ、春乃の下半身が沈む。
グニュという奇妙な感触とともに、春乃の「チンポ」は呆気なく春奈の性器と繋がった。
外見は髪型でしか見分けがつかない二人が、おぞましい器具を通して一つとなる。
(あ、あぁ……は、入ってる。あ、あたし……)
春乃は絶望を味わっていた。
否定しようにもしきれない、バイブを通して春奈と繋がっているという圧倒的な感触。言葉にならない絶望感が、渦を巻いて春乃の身体中を掻き混ぜる。
(い、いや……いやあぁ……イヤアアァアァァーッ! ゆ、許してッ! お願い、おねがいしますッ。も、もう許してッ! あぁ……春奈ちゃん、はるなちゃあぁんッ!)
ブチッ!
春乃の頭の中で、大きな音を立てて「なにか」が切れた。
どす黒く、ドロドロした「モノ」が春乃を包み込み、春乃はその「モノ」に埋もれていった。
4
「あはっ。お、おしっこぉ……もっと、もっとおしっこかけてえぇ」
連日連夜……といっても、春奈と繋がったあの日から二日後、「おとうさま」によってスカトロ奴隷クラブ「シュガー」に売られてしまい、「シュガー」を訪れる客たちの「人間便器」として使用され始めて三週間ほどになる春乃には、すでに日にちの感覚はない。
暗い地下牢のような部屋で鎖に繋がれて寝ているか、タイル張りの「便所」と呼ばれている部屋で、客たちの「便器」となっているかのほぼどちらかなので、日にちの感覚などいらなくなってしまったのだ。
「おいしいぃ。おしっこ、おしっこおいしいぃ」
大きく口を開け、降り注がれる汚水を飲み、被る。と、そんな「便器」としての毎日を、春乃は送っている。
美味しくて気持ちいい、オシッコやウンチ。客が与えてくれるミミズやゴキブリも、食べてみると美味しかった。
そんなモノを「美味しい」と感じてしまうほど、春乃は「壊れ」、「変わって」しまった。
春乃は学校のことも、母のことも、そして大好きだった春奈のことも忘れてしまい、汚物にまみれる快感と、与えられる「美味しいモノ」に囲まれて、とても「幸福」だと感じられる時間を送っていた。
「うんちぃ……うんちほしいなぁ」
生暖かい尿で裸の身体を濡らした春乃は、三十代半ばだと思われる、異様なほど太った客にそう強請った。
「ウンチはまた今度だ。代わりに、これをやろう」
男が、十匹ほどのゴキブリがガサガサと蠢いている虫かごを春乃に差し出した。「シュガー」では「人間便器」たちに与えるための虫なども販売していて、ゴキブリには一匹千円の値段がついている。
「あっ、ごきちゃんだぁ。くれるの? たべていいの?」
「あぁ」
「やったぁ。ありがとう、おにいちゃんっ」
春乃にとって、客たちは全て「おにいちゃん」だ。春乃はよく憶えていないが、誰かにそう教えられた。男の人は「おにいちゃん」と呼べと。彼女は、それを守っている。
春乃は虫かごを受け取り、嬉しそうに「ごっきちゃん。ごっきちゃん」と歌うように呟いて、虫かごに手を入れた。
「つっかまえたっ」
その内の一匹を捕まえて取り出した春乃は、触覚と足とバタつかせているゴキブリを、パクッと口に放り込む。
「よく噛んで食べろよ」
「ふん」
春乃は肯き、クチャクチャと音を立ててゴキブリを咀嚼し、口の中に広がる苦いような、でも甘いような味を堪能した。
ゴクン
「う〜ん。おいひぃ」
噛み潰したゴキブリを嚥下すると、春乃は即座に二匹目を捕まえて、当然のように口に入れた。
「美味いか?」
「おいしいよ。おにいちゃんも、ごきちゃんたべる?」
「いいや。お前が全部食べろ」
「うんっ。ぜんぶたべる。だって、ごきちゃんおいしいもんっ」
次々とゴキブリを貪る春乃。それを愉しそうに見下ろす客。
「あぁ〜あ……もう、ごきちゃんいないや」
全部食べ尽くした春乃が、残念そうに呟いた。
「なんだ? まだ欲しいのか」
呆れたような客の問いに、
「うんっ」
春乃は期待するような顔で答えた。しかし春乃の瞳は瞳孔が開きぎみで、まるで光を反射していないかのように虚ろだ。
春乃は完全に、歪んだ〈世界〉の住人となってしまったようだ。
歪んだ〈世界〉。
その〈世界〉は、腐敗した〈卵〉の中身のようにドロドロとして腐臭を放っている。だが、その腐臭が〈卵の殻〉の外にまで漏れることはない。
そう……〈卵の殻〉が割れない限りは。
「はるの。もっと、ごきちゃんほしいなぁ」
甘えたような春乃の声が、「便所」の中に「カナシク」木霊した。
End |