かすみ草
0
あんなことしたくない。
イヤなの……ホントは。
でもあたしは子供だから、ママには逆らえない。そして嫌いになりたいのに、ママを嫌いになれない。
今日も撮影があった。
「がんばったわね。柚亜」
ママが頭をなでてくれた。
わたしは泣きたくなったけど、ママの前では泣かないって決めてるから泣かなかった。
だから、一人になってから泣いた。
撮影でお金が入ったから、今日ママは帰ってこない。思い切り泣ける。
あたしは、あたしのビデオを観たことがない。
なぜって、観たくないから。
でも、あたしのビデオはとても売れているらしい。あたしみたいな子供がエッチなことをさせられているビデオが、どうしてそんなに売れるのか、あたしにはわからない。
あたしはホントに子供で、自分でも子供だってわかってて、なのに……どうして?
世の中には、あたしにはわからないことが多すぎると思う。でもそれは、あたしが子供だからなのかもしれない。大人になったら、わからないこと全部わかるのかもしれない。
どうしてあたしのビデオが売れるのか、どうしてママがあたしにあんなことさせるのか、どうしてママは……ママ……。
ママは、あたしよりお金のほうが好きなの?
あたしが恥ずかしいビデオに出て、お金をもらうことができるから、ママはあたしを褒めてくれるの?
イヤなのに……あたしはあんなことイヤなのに。
どうして? ママ。
あたしはママがわからない。
そしてあたしは、この世界がわからない。
だけどあたしは、本当はママを信じている。いつかきっと、ママは本当のあたしを……。
1
裏ビデオ界一のロリータアイドルは、文句なしに蒼乃らぴす(あおの らぴす)ちゃんだ。細く薄い、真っ白な肢体。その身体を守護するかのように伸ばされた、腰まである真っ直ぐな黒髪。黒目がちの大きな瞳、桜色の唇と、同色の小さな乳首。その乳首を中心として微かな膨らみをもつ胸部は、芸術品とも感じられるほどに完璧な、理想の未成熟を創っている。もちろん完全に閉じた股間の周りには、汚らしい陰毛など影も形もない。
彼女……蒼乃らぴすは、正に芸術品そのものだ。
ボクはらぴすちゃんの最新作、『蒼乃らぴす\・かすみ草』を観賞し終わり、その完成度に満足していた。
前回の『蒼乃らぴす[・秋桜』もよかったが、今回はそれを上回る良作だった。トータルで三十分弱の作品だが、その間余すところなく彼女の魅力が十分に引き出され、納められていた。
らぴすちゃんは他のロリータアイドルとは違い、他の子と絡んだりしないし、本番もしない。というか、らぴすちゃんの作品には、彼女以外の人間が出てこない。男と絡むなんてことは、絶対にない。
それがまた彼女を清純に、そして愛らしく感じさせている要因だろう。
彼女が出演しているのが裏ビデオである以上、モザイクなんて無粋なものはない。完全に、全部見えている。
一本線の小さな股間も、恥ずかしそうにそれを自ら広げ、中の複雑であると同時に単純なピンク色の中身を露わにするかわいい姿も、全部はっきりとビデオに映されている。
らぴすちゃんが出演している裏ビデオは画像も鮮明で、少し値段は張るが手に入れる価値は十分にあると思う。もちろんボクは、彼女の作品は全部揃えている。
一人暮らしの大学生であるボクには、彼女のビデオを買うのは少しキツイ。だけどボクは、食費を削ってでも彼女のビデオは手に入れることにしている。
蒼乃らぴすは、ボクにとっては天使に他ならない存在だ。
ボクはその天使の崇拝者である。天使の恵みを得ることで、新たな天使の恵みを請う力の一つとする。
ボクと同じように彼女のビデオを買う人間がいるから、新しい彼女の作品が生まれる。だからボクは、なにを置いてもらぴすちゃんのビデオを購入することにしている。
需要と供給のバランスは、資本主義の世の中にとって<神>にも等しい。
売れるから作る、作るから売れる。売れない物は、それ以上作られない。ゴミにしかならないから。
らぴすちゃんのビデオは、大体二ヶ月に一度の割合で新作が発売されている。これは裏ビデオ界では、驚異的なスピードだと思う。それだけ彼女の作品が売れているということだ。
それも当然だろう。彼女の魅力が理解できないなんてヤツは、どこか配線が切れている。一度でもらぴすちゃんを知ってしまえば、それはもう彼女の虜になるしかない。
もちろん、幼女趣味……いわゆるロリコンであるボクと同種の人間なら、らぴすちゃんの魅力が理解できないヤツなんていないはずだ。それにロリコンでなくとも、らぴすちゃんのビデオは観ているだけで心が安らぐと思う。
かわいくて、きれいで、清純で、でもどこか儚げな影があるらぴすちゃん。
そんならぴすちゃんのビデオを観て、彼女の虜にならない人間のほうが変だ。絶対おかしい。
ボクはビデオを巻き戻し、二回目の観賞をすることにした。
今日は徹夜で、何度も繰り返して観るつもりだ。一作目から続けて観るのもいい。そうだ、そうしよう。
彼女のビデオは、何度観ても飽きることがない。
取りあえず新作の二回目を観賞してから、ボクは一作目から続けて観ることにした。らぴすちゃんも、きっと喜んでくれるはずだ。
「お兄ちゃん。いつもらぴすをいっぱいかわいがってくれて、どうもありがとう。らぴす、とっても嬉しいです」
そんな声が聞こえてきそうだ。
ボクはそんなことを想像しながら、巻き戻ったビデオを再生させた。
2
蒼乃らぴすは、確かにかわいい。だけど、清純路線で売り過ぎている。俺はもっと、らぴすの汚れたのが観たい。
無理やり犯され、心地よい悲鳴を上げ、涙と鼻水で顔をグチャグチャにする。そんなのが観たい。
ザーメンにまみれ、糞尿を口にするらぴす。泣き、叫び、許しを請うらぴす。
何本ものペニスを突き刺され、休むことなく犯され続けるらぴす。
最高だ。
俺は、そんならぴすが観たい。
なのに、ヤツら(といっても顔もしらないが)はわかってない。
俺にらぴすを撮らせろ。そうすれば、最高のらぴすを表現してやる。こんな偽善的なものじゃなく、誰もが満足するものをだ。
「ゆ、ゆるしてください……」
マンコとケツの穴にペニスを喰らい、泣きながら許しを請うらぴす。もちろん許さない。気絶するまで、イキ過ぎて脱水症状を起こしてもペニスを喰らわせ続けてやる。
頭の配線が切れ、狂い、セックスのことしか考えられないようにしてやる。マンコもケツの穴も開ききって、二度と閉じないようにしてやる。
手足を切って、丸太にしてやるのもいい。バイブを見せるだけで、セックス狂いのらぴすは涎とマン汁を垂らしてそれを強請る。だが丸太のらぴすには、身動きがとれない。必死に転がりながら、バイブを手に……いや、マンコに入れようと足掻く……。
最高のシュチエーションだ。
それこそが、俺の求める蒼乃らぴすだ。
なのに……クソッ!
わかってない。なにもわかってないッ
バカだッ!。
バカのくせに……いやバカだからこそ、偽善的ならぴすしか撮れないヤツら。
死ねッ! お前らに生きる資格はないッ。
俺が。俺が本当のらぴすを見せてやるッ。
鎖に繋がれ、崩れたマンコから途切れることなくマン汁を垂れ流し、糞尿も垂れ流しになっている、本当のらぴすをだ。
それが、その姿こそが本当のらぴすなんだッ。
こんな恥ずかしそうにマンコを開いているのは違う。乳首を触りながら、ハァハァと小さい吐息を発しているのは偽物だ。
らぴすは、こんな女じゃない。
らぴすは、ヤツは産まれながらの奴隷なんだッ。だから、奴隷は奴隷らしい扱いかたをしてやればいい。
俺だけだ。本当のらぴすがわかっているのは、俺だけなんだッ。
そうさ。わかるわけないんだ。
俺以外、みんなバカばかりなんだから。この世界には俺と、バカと、俺の奴隷しかしない。バカはバカらしく、奴隷は奴隷らしくしていればいい。
俺が支配してやる。お前らは、俺に従ってしればいい。
それだけの存在意義しかないッ。
……そうさ。
そうさッ!
俺は<神>なんだ。お前を支配する<神>なんだッ。
今は様子を見ているだけ、『時』がくれば頼まれなくたって支配してやる。心配するな。
わかったか?
わかったかッ!
全部。お前ら全部だッ。
俺をゴミ扱いしたヤツら、パシリにしたヤツら、糞を見るような目で見るヤツら、そうだ……あいつ、俺に「汚ぁ〜い。あんた、死んじゃえばぁ」とかいったあの糞女ッ!
お前らは死刑だッ。
全部死刑だッ!
腹を裂いて、目を潰して、鼻をもいで、舌を切り取って、ケツの穴から灼いた鉄棒を突き刺してやるッ。
死ねッ!
許さない。絶対に許してなんかやらないッ!
後悔しても、もう遅い。
決めた。
俺がそう決めたッ。
死ね死ね死ねしねしねしねシネシネシネッ。
お前ら、全部死ねッ!
殺してやる。絶対殺してやる。俺が、<神>であり<支配者>である俺様が、絶対お前らを殺してやるからなッ!
見てろ。今に……『時』が来れば、お前らは俺様に跪いて許しを請うんだッ。
だが許さないからな。絶対許してやるものかッ。
らぴす、お前もだッ!
お前も、俺様が『本当』のお前にしてやる。『本当』の、『奴隷』のお前にしてやるッ。
見てろよ……。
いつか、いつかきっとその『時』が来たら、俺は、俺様は……。
3
蒼乃らぴすの新作を観ながら、僕はオナニーを繰り返した。チンポがすり切れ、血が滲んでも、止めることができない。
苦しい。もうなにも出ない。
それでも、画面の中でらぴすが強請る。かわいい顔をして、僕にオナニーをしてくれと強請ってくる。
頬を赤らめて乳首を触り、そっとうつむいておまんこを開き、恥ずかしそうに肛門を見せて、僕にオナニーしてくれと強請ってくる。次々と新作を発表するのも、僕にオナニーしてほしいからに違いない。
かわいいらぴす。僕の、僕だけのらぴす。
キミは、そんなに僕のオナニーが見たいのかい? いじわるならぴす。僕がキミの頼みを断ることなんてできないのを知っていて、こんなかわいい顔で強請るんだから。
画面の中のらぴすが、公園の真ん中でかわいい服を来たままお漏らしをする。耳まで真っ赤にして、僕のためにお漏らしをする。僕に喜んでもらうために、キミはひっしなんだね? そんなに、僕にオナニーして欲しいんだね?
……わかってるよ。僕、がんばるよ。キミのために。
何度だって、何度だってオナニーしてあげる。
キミが満足するまで、何度でもね。
画面の中で、らぴすが恥じらいながらオナニーしている。僕に見せるために。
「ぅ……ぅん」
大丈夫だよ。もっと声を出していいんだよ。
ここには、僕とらぴすしかいないんだからね。
「はうっん……ハアッ……くうぅん……」
そうだよ。もっと声を出して。
かわいい声を、もっと僕に聴かせて。
そうすれば僕も、もっとがんばれるから。キミが好きなオナニーを、いっぱいしてあげるからね。
「ウハアァッ!」
知ってるよ。キミが『ここ』でイクの。もう何回も観たからね。ほら見て? キミといっしょに僕もイッたよ。
ちょっとしか出なかったけど、いいよね。
時間はたっぷりあるんだ。
キミはどこにも行かない。僕もどこにも行かないよ。ずっとキミの側にいるからね。
だから心配しないで。
僕はキミを裏切るようなことなんて、絶対にしないからね。安心して。
さぁ……らぴす。
もっとがんばろうね。二人でいっしょにがんばろう?
ずっとずっと、二人で。
二人きりの、この世界で……。
4
またこの子の新しいビデオだ。蒼乃らぴす……? らぴすは読めるけど、「蒼乃」って読めない。なんて読むのかな?
まぁいいや。
わたしはビデオを入れ再生させた。
わたしと同い年くらいのらぴすちゃんの顔が、画面いっぱいに現れた。もう見なれた顔だ。
うーん……そんなにかわいいかなぁ?
わたしはそう思うけど、お兄ちゃんは違うらしい。らぴすちゃんは、お兄ちゃんのお気に入りの子だ。
わたしという恋人がありながら、お兄ちゃんはあたしと同じくらいの子のビデオを観ている。ちょっとイヤだけど、ビデオにジェラシーしても仕方ないもんね。わたしは心が広いから、お兄ちゃんがこんなビデオ観ても許してあげるんだ。
あっ……「お兄ちゃん」っていっても、わたしの本当の『お兄ちゃん』じゃないんだよ。お兄ちゃんは、わたしの恋人なの。
お兄ちゃんが「お兄ちゃん」って呼べっていうから、わたしはお兄ちゃんを「お兄ちゃん」って呼んでるんだ。
お兄ちゃんは『ろりこんさん』だから、小さな女の子が好きなの。わたしにも、いっぱいエッチなことするんだよ。
くすっ……わたしもしてほしいから、別にいいんだけどね。
お兄ちゃんは、まだ大学から帰ってきていない。だからわたしはお兄ちゃんの部屋で、お兄ちゃんを待っている間、お兄ちゃんのビデオ観てるんだ。
帰ってきたら、いっぱいエッチなことするの。楽しみだなぁ。今日は、どんなエッチなことしてくれるんだろうね?
昨日の、アソコに『ばいぶ(おちんちんの形したので、ブルブル震えるんだよ。知ってる?)』を入れながら、お尻の穴におちんちんを入れられたのは、とっても気持ちよかったなぁ。うん、今日もしてもらおう。
してくれたらお礼に、おちんちんを舐めてあげて、せーえきを飲んであげよう。お兄ちゃんおちんちんを舐められるの好きだから、きっと喜んでくれるよね。
お兄ちゃんが喜んでくれると、わたしも嬉しくなる。だってそうでしょ? 恋人なんだから。
恋人が嬉しいと、わたしも嬉しい。これは当たり前だよ。
あっ、らぴすちゃん。今回はちょっと大胆……。うわぁ……おしっこしてるぅ。恥ずかしくないのかな? わたしは恋人のお兄ちゃんの前だって、恥ずかしくておしっこなんてできないよ。
でも、ピンクハウスのひらひらした服を着たらぴすちゃんは、どこかの公園の真ん中で立ったままおしっこを漏らしている。
ピチャピチャって、足下に汚い水たまり。お兄ちゃん、こんなの好きなの? イヤだなぁわたし、こんなの観て喜んでほしくないな。
だって、こんなのヘンタイだよ。
気持ち悪いよ。
らぴすちゃんヘンタイだぁ。ここに写っているってことは、実際にらぴすちゃんがしたってことなんだ。あたしの知らないときに、知らない場所で、立ったままカメラの前でおしっこ漏らしたってことだよね。
そんなの、ヘンタイにしかできないことだよ。わたしには絶対できないな。お兄ちゃんのお願いでも、こんなのできないよ。
わたし、ヘンタイなんかになりたくないもん。
わたしはかわいいお嫁さんになりたいな。もちろんお兄ちゃんのだよ。ヘンタイはかわいいお嫁さんになれないと思うから、わたしはらぴすちゃんみたいにヘンタイなことできない。
今度はらぴすちゃん、ベッドの上で自分のアソコさわってる。おなにぃだ。エッチな声で「くんくん」鳴いている。
イヤらしぃ……恥ずかしくないのかな? そりゃわたしだって、おなにぃするよ? でも、人前でなんか絶対できない。あっ、お兄ちゃんは別だけど……。
お兄ちゃんの前でなら、わたしは何回もおなにぃしたことあるよ。でもそれは、お兄ちゃんは恋人だから、別に変なことじゃないでしょ?
わたしはらぴすちゃんみたいに、カメラの前で知らない人に見せるために、おなにぃなんかしないもん。わたしのおなにぃを見ていいのは、世界でお兄ちゃん一人だけ。
他の人には絶対見せたりしないし、見てほしくない。もし見られたら、恥ずかしくて死んじゃうかもしれない。
なのに、この子は違う。らぴすちゃんはヘンタイだから、知らない人におなにぃ見てほしいんだ。そうに決まってる。
最低。
気持ち悪い。
もういいや、こんなの。
わたしはビデオを止めて、テープを取り出した。ちゃんと元通りに直してっと……うん、これでおっけー。
お兄ちゃん、そろそろ帰って来てもいい時間なんだけどなぁ。どうしたんだろ? 心配だな。
浮気してるってことはないと思うけど……なにかあったのかな?
そうだ。迎えに行こう。
って思ったけど……やっぱ止めよ。すれ違いになったらヤだし。
あぁ、お兄ちゃん。早く帰ってこないかなぁ。早くお兄ちゃんと、いっぱい、い〜っぱい、エッチなことしたいなぁ。
5
あたしには二つの名前がある。本当の名前とウソの名前。
本当の名前は神無月柚亜(かんなづき ゆあ)。そしてウソの名前は、蒼乃らぴす。あたしは、ウソの名前のあたしが嫌い。
恥ずかしいことさせられて、ビデオに撮られるあたしが嫌い。
もし友達に「らぴす」を知られたら、あたしは死んでしまうかもしれない。恥ずかしくて、生きていけないと思うから。
でもママに命令されると、あたしは「らぴす」になって恥ずかしいことして、お金をもらう。
なぜ? どうして? イヤなのに。嫌いなのに。
ママの命令だから?
そう。ママの命令だから。
ママのいうことをきくと、ママが褒めてくれるから。
叩かないから。髪を引っ張って、「あんたなんか産まなきゃよかったッ!」っていわないから。
ママは、あたしが嫌いなのかもしれない。ううん、きっと嫌いなんだ。
けれどあたしは、ママが嫌いじゃない。どうしても嫌いになれない。だから怒らないでほしい、叩かないでほしい、蹴らないでほしい。
あたしを、嫌わないでほしい。褒めて……ほしい。
あたしは「らぴす」が嫌い。でもママは、「らぴす」が嫌いじゃない。お金をもらえるから。「らぴす」は、ママの好きなお金を稼ぐことができるから。
だけど……だったら、本当のあたしはどうなるの? 「柚亜」のあたしはどうなるの?
ママはお酒を飲んでいるとき、あたしを「らぴす」って呼ぶことがある。そう呼ばれるとあたしは、気持ち悪くなって、吐き気がして、頭が痛くなる。
でもママは、悪気があって「らぴす」って呼ぶわけじゃない。だからあたしは我慢する。我慢して、こっそりトイレに入って、泣きながら吐いたりする。
イヤっていえない。「らぴすって呼ばないで。ちゃんと柚亜って呼んで」って、本音はいわない。
ママを怒らせたくないから。叩かれたくないから。嫌われたくないから。
だからあたしは、「いい子」でいなければならない。「いい子」で「らぴす」を演じなければならない。
ママにお金をあげられる、「いい子」を続けなければならない。
でも……いつまで?
いつまで「らぴす」を演じればいいの? ずっと? このままずっと、「らぴす」を演じ続けるの?
それは……イヤ。
あたしはママに、「柚亜」のあたしを好きになってほしい。一緒にお出かけして、お買い物して、手を繋いで歩いて……。
「柚亜はいい子ね。ママは柚亜が大好きよ」
そう、いってほしい。
わがままなのかな? そんなこと、「柚亜」には無理なのかな……?
ううん。そんなことない。「柚亜」だって、「らぴす」と同じあたしなんだから。「柚亜」こそが、本当のあたしなんだから。
負けない。「柚亜」は「らぴす」になんか負けない。
いつかきっと、ママは「柚亜」を好きになってくれるはずだ。
そのときまで、あたしは「らぴす」を演じればいいんだ。ママが「柚亜」を、本当のあたしを好きになってくれるそのときまで。
あたしはママを信じている。ママは、きっとわかってくれる。
だってママは、あたしのママなんだから。
そのときまでの我慢だ。
我慢して「らぴす」を演じて、ママに「柚亜」を好きになってもらうんだ。
本当のあたしを。
信じてる。ママ。
ママ……だからママ。
一日でも、一時間でも早く、本当のあたしを好きになってください。
それがあたしの、たった一つのお願いです。
End
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