『慈愛』
鈴白愛美(すずしろ あいみ)は家路を急いでいた。彼女は今週、掃除当番の班にあたっていて、今日は掃除に予想以上時間がかかってしまったからだ。
(いそがなきゃ……また、なにをされるかわからないわ……)
愛美は「はぁ……はぁ……」と息切れしながら、絶望的な気持ちで自宅のドアを開けた。
「おせーぞッ! なにしてやがった、この腐れマンコがッ!」
ドアを開けるなり怒鳴られた。声の主は仁王立ちになり、あからさまに怒りを含んだ目で、愛美を見下ろす様に睨んでいる。愛美がもっとも畏れている人物……司(つかさ)だ。
「ごっ……ごめんなさいお兄さま……」
「お兄さまだぁ?」
愛美は「しまったッ!」と思ったが、もう遅い。
「い、いえ……ご主人さまっ」
「もうおせーんだよ。お仕置きだな」
司が唇を吊り上げる。
「そ、そんなッ……申し訳ございませんでした。ご主人さまッ」
愛美は、『お仕置き』の恐怖に血の気が引いた顔で許しを懇願した。だがそれでも許してもらえないことは、十分に理解していたが……。
「ダメだ。『奴隷』の分際で口答えは許さん」
「……」
もう、なにを言ってもダメだ。愛美は諦めた。
「なに突っ立ってんだ。はやく着替えろッ」
「……は、はい。ご主人さま……」
愛美は自室に入り、変形セーラータイプの制服から、『奴隷装束』に着替えた。とは言えそれは、犬の首輪と、SM用の束縛具として『専門店』で売られているリストバンドとアームバンドだけで、衣服と呼べるものではない。
微かに膨らんでいる様にも感じられる胸も、アンダーヘアの気配もない一本線の股間も、当然、表に晒されている。
身支度を終えた愛美は、司の待つ『調教室』の扉をノックした。
「入れ」
中からの声に愛美が扉をくぐる。
『調教室』は六畳の洋間で、『女王さまがいらっしゃる』SMのお店でしかお目にかかれない様なSM器具が、所狭しと置かれいた。これが住宅街の真ん中にあるマンションの一室とは、とても信じられない様相だ。
司と愛美は、このマンションに二人で暮らしている。両親は……いない。半年程前、事故で他界した。その遺産で、二人は生活していた。
「挨拶はどうした?」
司の言葉に愛美はハッとして、決められた『挨拶』を口にした。
「……ご主人さま……本日の『調教』よろしくお願いいたします。愛美の小さくイヤらしい躰に、ご主人さまの『教え』を刻み込んでください……」
呟くような声で愛美。
「フンッ……嫌そうだな?」
「い、いいえッ。そんなことございませんッ!」
愛美は慌てて否定した。
「まぁいい。まずはお仕置きからだ」
「……はい。あ、ありがとうございます……」
悔しさとやるせなさに、愛美は泣きそうになった。
どうして、こんなことになってしまったのだろう? あんなに優しかったお兄さまが……どうして……?
両親の事故死を境にして、司は変わってしまった。本性を現したのかもしれないが、本当のところどうなのか愛美には分からない。
ただ昔の司は、愛美にとても優しかった。
愛美も司が大好きだったし、今でも司の変容が信じ切れていない。これにはなにか訳があるのではないか? お兄さまが好きでこんなことするはずがない……と、そんな虚しい思いを捨てきることができない。信じていたから。今でも、どこかで信じているから……。
昔のお兄さまに戻って……。
愛美が大好きだった、あの頃のお兄さまに戻ってください……。
言葉にすることができない思い。捨てきれない『希望』。
その『希望』が『絶望』に換わるまで、多分……それ程の時間は必要ではないだろう。
その時、愛美はなにを『思う』のだろうか? なにも『思う』ことはできないのだろうか……。
「ひぃッ!」
お仕置きの道具として『それ』を目の前に置かれた愛美は、思わず短い悲鳴を漏らした。
その声を聴き、司が「ククッ」と楽しそう笑う。
愛美に差し出されたのは、八匹の生きたゴキブリが蠢く虫かごだった。
愛美はゴキブリが大嫌いだ。あんな気持ちの悪いものは、世界からいなくなって欲しい。そう思うくらい嫌いだし、今も悲鳴を漏らしてすぐ、横を向いて瞳を閉じてた。
司は、身体を固くして小刻みに震える愛美を床に座らせた。ひんやりとしたフローリング感触が、愛美の小さなお尻に伝る。そして愛美は、左右の手首の拘束具と左右の足首の拘束具とを鎖で繋がれ、自由を奪われた。
鎖の長さは十センチもない。愛美は立ち上がることを封じられ、そのまま床に転がされているしかない。
目の前には、大嫌いなゴキブリが詰まった虫かご。愛美は不安というよりも恐怖を感じた。
「……な、なにをするのお兄さま?。『それ』で、あたしになにをするのっ?」
バシッ!
司が愛美の頬を打つ。
「ご主人さまだ」
「ごめ……そ、その、申し訳ございませんでした。ご、ご主人さま……」
ひざまずき、おでこを床に擦りつけて謝る愛美。だが、ガサガサとゴキブリたちが蠢く音が気になって、それどころではない。
頭を下げる愛美をそのままに、ゴム手袋を着けた司は、虫かごから一匹のゴキブリを掴み出した。
「見ろ」
愛美は命令された通り顔を上げ、足を忙しく動かす『それ』を、脅え、震えながら見た。
司が、ゴキブリを掴んだまま愛美に近づく。愛美は震えることしかできない。
そして司は、震える『奴隷』の細い脚を開かせて、陰核包皮がうっすらと顔をのぞかせるワレメに、掴んだ『それ』を押しつけた。
「ヒイィ」
あまりのおぞましさに、愛美は吐き気を覚えた。
(あたしの大切な場所に、ゴキブリが押しつけられているっ!)
考えたくないが、考えずにはいられない。
司が無造作とも思える動作で、ゴキブリを愛美の秘穴に押し込んでいく。しかし、手足を固定されている愛美に為す術はない。ゴキブリは足を忙しく動かしながら、穴の中に埋もれいった。
「ヒイィッ! い……いやぁ……イヤアアアァ〜ッ!」
狂ったように泣き叫ぶ愛美。完全に中に埋もれたゴキブリを、司はバイブを使って奥へと詰め込む。
グチグチ。ブチブチュ。
体内で潰れるゴキブリの感触を、愛美は呆然となって味わった。気持ち悪いとは思わなかった。なにかを感じられるような状態ではなくなっていた。
全てのゴキブリが、虫かごから愛美の膣内に移動するまで、五分とかからなかった。
ゴキブリが詰め込まれた性器が開き『それ』が外に零れ出さないようにと、五つの安全ピンを使ってしっかりと『奴隷』のワレメを閉じると、司は今日の『調教』に入った。
愛美はいつにも増して『従順』で、タバスコを浣腸しても、いつものように悲鳴は上げなかった。
司は人形のような『奴隷』を三時間ほどかけて『調教』すると、『奴隷』の束縛を解いて『調教部屋』を後にした。
「ひっ、ひっ、ひっ、ひっ……」
『調教』が終わって一時間ほどが経過し、かすかに正気を取り戻した愛美は、潰れて奥に挟まったゴキブリの死骸を、泣きながら指でかき出していた。
安全ピンによって傷つけられた性器が痛む。こんな非道いことをされたのは初めてだったが、それよりもゴキブリを膣内に詰め込まれたショックの方が大きく、性器の状態にまで気が回らなかった。
いつまで続けても膣内の異物感がなくならない。
まだ残っている。ゴキブリがあたしの中にいるっ!
ガサガサッ……ガサガサッ……。
愛美はお腹の中をゴキブリが這いずり回る幻聴に苦しみながら、指をより一層奥へとねじ込む。外だけでなく、膣内からも出血が始まっていた。
しかしいつまで経っても、ゴキブリたちはいなくならない。
「あぁ……あぁあぁぁぁあぁぁっぁぁぁああああああッ!」
愛美の涙声の絶叫が、室内に木霊した。
そして愛美は、指を動かすのを止めた。
もう、どうでもよくなった。
愛美は感情が消え失せた瞳で、つい先ほどまで自分の体内に入っていた、潰れたゴキブリの死骸を見つめた。
原型は留めていないが、部分部分ではゴキブリだと分かる『それ』に、愛美は自分自身を観ていた。
これは、あたしだ……。
これが……あたしだ……。
これは、あたしが『産んだ』んだ。あたしの『子供』なんだ……。
あたしの『内』にはゴキブリが詰まっていて、それは絶えることなく増えているんだ。だから、ゴキブリはあたしの『かわいい子供たち』なんだ……。
あぁ……なんてかわいいの? どうしてあたしこんなにかわいい子たちのこと汚いなんて、大嫌いなんておもっていたの?
ごめんね……くるしかったでしょ? 『ママ』ったら、ほんとダメなんだから……。
『大丈夫だよ。ママ』
潰れたゴキブリたちが言った。
『ママの中に還れば、また元気になれるから』
「……そう……なの……?」
『うんッ!』
愛美は虚ろな瞳で頬笑んだ。
涙は、もう消えていた。
そして、『かわいい子供たち』を元気に戻すために『それ』を口に入れ、傷つけないよう慎重に飲み込んだ。
「これでいい? もう大丈夫?」
愛美は、お腹の中の『子供たち』に語りかける。
『ありがとうママ。すぐ元気になるからね』
辻褄の合わない思考。だが愛美は、なにも変だとは思わなかった。そんな思考力は、既になくなっていた。
お腹の中から『子供たち』の『声』が聞こえてくるだけで、それだけで十分満足していた。
なにも辛いことはない。なにも悩むことはない。
愛美は『幸せ』に浸って、虚ろな瞳で「くすくす」と笑った。
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