『日常』
「幸福な時間」
『死にたい』と思う。
この暗く閉鎖された空間で、あたしは凌辱され続けている。身体を拘束され、言葉を封じられ、苦痛とおぞましさを与えられて……。
いつからだろう、もうどのくらいの時間が経ったのだろう。そんなことは分からない、ただ、あたしは犯され続けている。
そうされることが、今のあたしの存在理由だとあいつらは言った。
あたしは、あいつらのおもちゃなのだと、そう言った。
何故あたしは生きているのだろう。
こんな屈辱の中で、排泄物と精液だけを食べて、あたしは生きている。
本当に、あたしは生きているのだろうか……。
実感が湧かない、生きているという証拠がない。
でも、あたしは願っている。
『死にたい』……と。
だから、あたしは生きているはずだ。
何のために……、生きているのだろう。
自分のため?
違うと思う。だって、あたしは『死にたい』のだから。
じゃあ、何のため?
あいつらのため?
それは絶対に違う。
じゃあ、何のためにあたしは生きているの?
『死ぬため』に生きているのかもしれない、『死』を得るためにあたしは生きている?
汚物に塗れ、その汚物を食べて?
そうだ、何故あたしはそんな物を食べているのだろう。
何故今も、冷たい床にこびり付いた精液を、無心で舐めとっているのだろうか……。
そうしなければ、生きていられないからだ。
何故そうしているの?
『死にたい』はずなのに……。
でも、あたしはその行為をやめることはできない。
そうしろ、と……、何かが言っている。
言っているような気がする。
あいつらが笑っている、自分達の排泄物を素食するあたしを嘲っている。何か言っている気もするけど、何を言っているかあたしには理解できない。
あたしは人間だから、あいつらのような下等な動物の言葉は理解できない。
頭が痛い、吐き気がする。
『殺せ』、『あいつらを殺せ』
誰かがあたしに指示をだす。
『殺したい』、『あいつらを殺したい』
あたしは思う。
血のような赤い思考。
赤く、黒く、白い思考。
灰色のあたし。
自慢の長い髪も、ブラウンの瞳も、ダイエットに気を配っていた身体も、全て灰色になってしまった。
誰か、あたしに、『死』を……。
解放をください。
もう、戻れなくてもいい。
もう、戻れないから。
あの、光に満ちた世界へ。自分は不幸だと、そう思えていた幸せな時間へ。
あたしは、戻れないのだから……。
「自分という悪」
『死ね』と、大きく書かれたノートを広げて、あたしは何も感じなかった。
切り裂かれた教科書を机に出しているけど、先生は何も言わない。あたしも、何も言ってほしくない。
あの娘達が笑っている。
娯しいのだろうか、だからこんなことをするのだろうか。
あたしには理解できない、理解したくもない。
窓から入り込む風が、微かに教室のカーテンをなびかせ、あたしの頬を撫でる。
涙?
あたしは泣いているの?
点々と、雫がノートに染みを創っている。
信じられない、あたしは泣いているの? 何故、泣いているの?
悔しいから? 悲しいから? 辛いから?
それとも、嬉しいから?
どれも違う、違うと思う。
では何故?
不意に歌が聞こえた。あたしの好きなあの歌だ、あたしと同じ十五歳の女の子が歌っている、悲しい恋の歌。
あたしの頭の中だけに、その歌は響く。
涙は止まらない。
− 臆病なあたしはいつまで 恋を見失うの? −
女の子の声が歌う。
− 臆病な自分を脱ぎ捨て 恋を抱きしめたい −
あたしは、女の子と共に歌う。
あたしは、あの人が好きだったから、あの娘から奪おうと思っただけ。
それがいけないことなの?
あの人は、あたしに振り向いてくれなかったわ。
ココロも、カラダも差し出したのに、あたしに与えられたのは、あたしには分からないこの涙と、『死ね』というメッセージだけ。
光に満ちたこの不快な世界は、あたしに何をくれるの?
あたしは、あの人がほしい……。
それ以外はいらないから、あの娘にあげるわ。
だから、この涙はあの娘の物なの。
そうだ、あたしは泣いてなんかない。
これは、あたしの物じゃないから……。
「懐かしい景色」
体内に残された弟の精液を不快に感じながら、わたしは眠りたいと思った。さっきまでわたしを束縛していたおもちゃの手錠が、蛍光燈の光を反射して鈍く光っている。
小さなテディベアが、わたしを見て微笑んでいる。
わたしだけの、わたしの部屋。
陽光を含んだベッドの香いが、とても苛立たしい。
髪に付いた白い物が、ベトついて気持ち悪い。青臭い不快な臭いで、わたしを包み込もうとしている。
頭が痛い、気持ち悪い。
手錠に繋がれていた手首が痛い、身体中がだるい。
シーツに着いたわたしの赤が、とても滑稽に感じられた。
もう、吐くものはない。絨毯を汚すわたしの吐しゃ物が、すえた臭いを部屋に充満させている。
ラジオから、いつも楽しみにしている番組が流れ、DJが何かを話している。
しかしその言葉は、わたしの耳には入ってこない。
テープに撮っておけばよかった……と、痛む頭でわたしは思った。
本当に滑稽だ。
血の繋がった弟に犯され、処女を失った直後だというのに、わたしは聞き逃したラジオのことを考えている。
わたしの血と交じり合った弟の精液が、太股を伝い絨毯に新しい染みを創る。
涙はでない。
でも、とても悲しいと思う。
思っているはずだ。
だって、そうでしょう? そのはずでしょう?
でも今はいい。ただ……眠りたい。
頭が痛いから、何も考えたくない。
明日になったら、いつもの生活が始まる。退屈で変化のない生活が、わたしを迎えてくれる。
おはよう……って友達に挨拶して、おはようって、みんな答えてくれる。
だから、早く明日になって。
いつもの時間に、わたしを存在させて。
みんなの中で、何も変わらないわたしの時間に、わたしを居させて。
白いセーラー服、胸元の大きなリボン、少し短いスカート。
あれを着ているわたしに、早く戻して。
みんなと同じわたしに、早く戻りたいの……、ねぇ、戻れるわよね。
わたし、戻れるわよね……?。
「ここに居る理由」
眩しい。俺は裸電球の灯りに目を細めた。
前世紀の末期にうち捨てられたこの廃工場は、ストリートチルドレンと呼ばれる俺達の家。埃と腐臭が充満している、廃退的な心地よい場所だ。
俺は、腕の中のモデルガンを確かめる。おもちゃだ、大した威力があるわけじゃない。アルミ缶を幾つか打ち抜ける、たったそれだけだ。
でも、これでも人は殺せる。
俺はこれで三人殺した。男が一人と、女が二人。気に入らなかったから、俺に不快を見せ付けたから殺した。
死体はまだそこのドラム缶の中だ、そろそろ腐敗を始めている。臭いから捨てようと思うが、何故か捨てられない。
勿体無い。
何をそう思うのか分からないが、俺はそう思っている。
俺の目の前で、五日前仲間が拉致してきた女が犯されている。興味ない、汚物まみれの汚い女になんか、俺は何も感じない。
その女が死体に生まれ変わった時、俺はそれの存在を認めるだろう。死体は俺に興味を投げかける、どんなつまらない奴でも、死体に成ると俺に語りかける。
存在感。『死』という壁を越えた物だけが得る、存在感。
憧れ。
俺は憧れる、『死』を抱擁したその物に。
イメージの展開。
赤い色に彩られた物、腹の中に汚物、内臓と呼ばれる器官を詰め込んでいる物。
見てみたい。
糞尿まみれのその女の、その内の汚物を……。
気づいた時、俺は銃口を女のこめかみに沿え、弾き鉄を引いていた。
仲間が何か文句を言っている。
床に赤が広がり、俺は満足した。
綺麗な赤だ。
そそり立つ物を、死体に転生した女に突き立て、俺は射精した。
ナイフで腹を切り裂き、死体の内の汚物にも突き立てた。
気持ちいい。
俺は笑った、楽しい、こんなに愉快なことはない。
ここは楽園だ。
俺は、楽園の住人。
天使だ。
祝福を、全ての汚れた人間に、天使の祝福を。
まだ温かい死体の内臓と、俺の性器が奏でる福音が、とても心地よかった。
俺は、そんな幸福な時間に生きている。
さぁ……次は、お前がやる番だ。
「赤い瞳のマリア」
神様は不公平だ。
何でこの娘は、こんなにも可愛いのだろう。あたしとは、まったく違う。あたしは醜い、この娘とは違う。
だから、平等にしなければならない。
神様がしないのなら、あたしがやるしかない。
でも、次はどうすればいいのだろう。
耳を削ぎ落とし、目には針を突き刺した。でもまだだ、まだ足りない。
そうだ、鼻を落とそう。滑稽な顔になるだろう。
あたしは自分のアイデアに満足して、それを実行した。
やっぱり……何て面白い顔なのかしら。
楽しい、楽しくてしかたがない。
笑いをこらえられず、嘲笑がもれた。虫のようにのた打ち回るその姿、あたしより醜いその姿……。
これで公平だ。
これでこの娘もあたしと同じだ。
よかった。
あたしは充実した想いで、その場を後にした。
白のセーラー服が、あの娘の血で汚れていた。あたしは仲間になったその娘の血を、吸い取るように舐めた。
それはとても甘く、美味しかった。
あたしはそれをもっと欲しくなって、あの娘が居る場所に戻った。
あの娘は血塗れで動かなくなっていた。
好都合だった。
あたしは動かないその娘の血を、舐めた。次から次に、あたしの欲しいものはあふれ出てくる。
美味しい、なんて美味しいのかしら。
全部欲しい。この娘の血を全て飲みたい。
あたしはその娘の腹を裂いて、その中の物も食べた。
こんなに美味しい物が、この世界に在ったなんて。あたしは夢中になって、その娘を食べた。
小さいけど柔らかい乳房と、とろっとした瞳が一番美味しかった。
足りない、もっと食べたい。
そうだ、この脚の肉を焼いたら、もっと美味しくなるかもしれない。あたしは、脚の肉を切り取って、鞄に詰めた。
早く家に帰って料理しよう。
あたしは期待に胸を膨らませて帰路についた。
制服が赤く染まっていたけど、そんなことは気にしていられなかった。
あれ、変だな?
あたしは家に向かっていたはずなのに、何時の間にか変なところにいた。警官が目の前にいる、あたしはいらいらした。
早く料理をしなければ、美味しくなくなってしまう。
何故、あたしはこんなところにいなければならないのだろう。
不条理だ。
そうか! こいつらは、あたしからあの娘を取り上げようとしているんだ。あんな美味しい物だもの、そんなことを考える奴がいても不思議じゃない。
怒り。
屑のくせに!
許せない。
あたしからあの娘を奪うなんて!
殺してやる。
そして、あたしの餌になれ!
「綺羅綺羅とした夢」
瑠璃色。ビンに詰まった紫煙のように、あたしは夢をみる。
赤い快楽。この小さな赤色の粒が煙草と交じり合い、あたしは燃える屑が創り出す煙を吸引する。
あたしの夢。腐乱した子猫が、あまえるように鳴いている。溶けた瞳は崩れ、頭蓋骨は露出して、とても綺麗。
あたしはその子猫を抱き寄せ、口付けをする。
恋。
恋愛感情。
あの人のように、あたしは感じたい。溶けるように、崩れてしまいたい。腐乱したあの人は、とても、そう、とても嬉しそうだった。
時間がない、とあの人は言っていた。硬い肉であたしを満たしながら、何かを求めていた。あたしの知らない、何かを……。
この赤い粒が、あの人の岬になった。導き、連れていった。
何所へ?
あの人が求めた場所へ、あたしが望む場所へだ。
この娘は知っているのだろうか? それが何所にあるのか。
あたしが殺した、崩れた子猫。汚れたセーラー服、変色したソックス、抜け落ちた髪、全てが祝福に満ちている。
羨ましい、羨望のココロであたしは見詰める。
魚、小さな赤い魚。
目の前を悠々と泳ぐその姿は、恐怖だ。
死んでしまえばいい、浮かんで、沈んでいまえばいい。
そして変わればいい。溶けて、あの人に変わればいい。
夢なのだから、全ては子猫の夢なのだから。
時間、空間、支配、変わり行く価値観、束縛されたあたし。望んで、あたしはここに居る。
誰が望んだの?
あたしじゃないわ。
あなたが望んだの?
こんな未完成なあたしを、だから創ったの? こんな幸せを、こんな不幸を。
時間は在るわ、だってあなたはここに居るもの。でも、あたしはここに居ないわ。
悔しいと思わない?
あたしは、あなたの玩具じゃないのよ。こんな、不安定で完成されたあたしを自由にしたいと思わないの?
自由なのよ、あたしの全てはあなたの物。
カラダも、ココロも、ジカンも、クウカンも、カイラクも、クルシミも、血も、涙も、あたしの全てはあなたの物。
赤い、赤い、赤い。
その涙も、あなたは自由にしていいのよ。
どうしたいの?
舐めたい? あたしに舐めさせたい? 燃やしたい? 凍らせて銀色の針を創る?
その毒で、魚を殺すの?
あたしを、束縛という自由で殺す?
いいわ、あなたにはその権利が在るんだから。
ここに来て、あたしを殺して。あたしはそこには行けないから、あなたが来て。
そして、あたしを幸せにして。苦しみを与えて、苦痛を与えて、存在をあたしに示して。
生きるという、快楽を終わらせて。
赤い血を、全て飲み干して。肉体を全て食べ尽くして。
そして、あたしはあなたのもの。
それが、あたしの願い。どうしようもなく、嫌悪に満ちた願い。
だって、あたしはあなたのことが、とても嫌いだから……。
赤い粒、煙草の煙、腐乱した子猫、閉じられた空間、未完成なあたし、あの人の死、あなたがあたしにくれた、あなたの快楽という生。
消えろ!
あたしはこんなもの欲しくなかった!
こんなもの見たくなかった!
こんなあたしは要らない、こんなあたしは……。
「新緑の香り」
僕は混乱している。大好きなあの娘が、僕の目の前にいる。
一糸も纏わないその姿は、綺麗な魚のようで、僕は視線をそらせた。二人きりの彼女の部屋。水槽の中のような緩やかな時間。
彼女が僕の纏を解き、髪を撫でる。
キス。
交じり合う唾液。
甘い、彼女の香り。
薄い胸に、僕は触れた。
吐息。
暖かな彼女の呼吸。白い思考、黒い瞳、アラバスターのように冷たい肌。僕は彼女を包み込みたいと思った、壊れそうな彼女の全てを壊したいと思った。
壊して。
彼女が言う。
できないよ、そんなことできるわけない。僕はキミを守りたい。
誰から? 何から守ってくれるの?
分からない、全てからキミを守りたい。
全て?
そう、全てから。
あなたに守られるほど、あたしは弱くないわ。
そうかもしれない。でも、僕はキミを守りたい。
じゃあ、守って。この世界から、あたしの嫌いなこの世界から、黒い時間が満たす祈りの夢から。
どうすればいいの?
殺して、あたしを殺して。そして、あなたを殺して。
いいよ、キミが望むなら。僕は全てを殺そう、鳥も花も全てを……。
ありがとう。
唇の歌をけして、そこに見える深緑を燃やして、時間を止めて、そして再生させよう。
流転を?
赤い奔流にキミを落とそう。僕を埋めよう、世界を煙に変換してしまおう。
水を汚すの?
土を腐敗させるだけだよ、空を赤く凌辱するんだ。
あたしのことが、そんなにも好きなの?
好きだよ、誰よりも。自分よりも大切だと思う。
祈りは否定できないわ。
できるさ、してみせる。
そして、時間は停止する。再び再会する時は、願いと祈りに支配され、もう来ない。
でも、ここから始まる。
雑音の中で、彼女の声が聞こえる。ゼロの座標に彼女の歌が響き、僕はその声に視線を落とす。
キミに逢わなければよかった。
後悔しているの?
していない。
あたしを守ってくれる?
約束したじゃないか。
壊れた魚は、赤い色をしていた。壊した魚は、黒い涙を流し、赤を嫌悪したいと思っている。
思い出して。
この世界は、そんなに悪意に満ちていた?
「蒼い喜び」
滑稽だわ、なんて醜いのかしら。
この女は何て愚かなのかしら、とても私と同じ人間だと思えない。
「先輩?」
私の呼びかけに、あからさまに身体を硬直させる。暗い、部室と呼ばれる部屋。私がこの女を飼っている空間。
白い肌が、私に映る。首輪と鎖だけがこの女の装束、とても似合っている。
脅えた瞳から、涙が流れる。面白い、この女の恐怖の顔は私の嘲笑をさそう。
何人もの男が、この女を犯す。私は僅かなお金で、それを黙認する。なんて素晴らしい関係なのかしら、私は頭がいい。こんな女にも利用価値を、存在理由を与えてやっているのだから。
私は笑う、面白いから、楽しいから。
この女の排泄物が、部屋の角の箱から臭気を放っている。
「先輩、自分で出した物は、自分で処理してくださいと言ったじゃないですか」
私はその箱を手に取り、女の前に置いた。どうしなければならないか、この女は分かっているはずだ。
「そうですよ、それでいいんです」
自分の汚物を、必至になって貪るその姿を眺めながら、私は満足した。やっぱり、躾は肝心だ、甘い顔はできない。
「先輩、今日は校長先生が来てくれますよ。粗相のないようにしてくださいね」
聞こえているのかしら? 何度も吐き出しながら、汚物を食べ続けるその女は、私の声が聞こえていないかのように、ただ、吐き出しては食べ、食べては吐き出し、その行為を続けている。
「先輩、聞こえているんですか?」
別にどうでもいいけど、私は言った。その女は何気ない私の言葉に咄嗟に反応した、私の目を見て何度も肯いている。
汚物と涙で見れた顔じゃない。一月前まで、校内一の美少女だと呼ばれていたとは、とてもじゃないけど思えない。
この女、何で生きてるのかしら?
ここまでして生きていたいのかしら、私なら自殺してるわ。それとも、本当に馬鹿なのかしら? どうでもいいけど。
私は女の腹を蹴って、臭い部屋を後にした。
今日の客は、確か12人だったっけ。三人ずつ相手させるとして、四時間くらいかかるわね、暇だし何してようかしら。
読みかけの本があったわね、それでも読んで暇を潰そう。
私は始めの客を呼びに、職員室に向かった。
この世界には、私以外は屑ばかりだ。
笑いが止まらない、楽しくて、虚しくて、私は笑った。
誰か、この世界を壊してくれないかしら。
まぁいいか、このままにしておいても、いずれ近いうちに……。
「まどろみに似た」
ラジオから、私の嫌いな歌が流れている。私と同じ15歳の女の子が歌う、失恋の歌。確かに歌は上手い、あれだけ可愛いんだもの、人気があるのも分かる。
でも、私はこの娘が嫌いだ。
何故と言われても困るけど、嫌いだった。
私はラジオを消し、ベッドに入った。まだ眠りたいわけじゃないけど、そろそろ寝なければ明日が辛い。
退屈な授業のために、私は眠る。
今日も、あの夢をみるのだろうか?
最近よくみる悪夢、おぞましい怪物に犯される、気持ち悪い夢。性経験のないはずの私なのに、そんな夢をみる。
欲求不満なのかもしれない、でも、あんなおぞましい行為を望んでいるわけじゃない。
私は、自分の胸に触れた。結構大きいと思う、形もいいし、他の娘に負けていない。その胸を、自分で慰める。
オナニー。知識として知っているし、別に初めてのことじゃない、週に一回はやっている。気持ちいいと思うし、やましいとは思わない。誰でもしていることだ。
ただの、生理現象。
頭の中で、私は嫌いなあの娘を凌辱する。歌っているあの娘とは違い、脅え、震えている姿を思い浮かべる。
いつもこうだ。私は男の人を思って、行為に至ることはない。
女の子、それも、可愛いと言われる女の子を、私は思う。
同性愛者?
違うと思う、実際には、女よりも、男の人の方が好きだ。抱かれたいと、そう思った人もいる。
でも、妄想の中の私は、泣いて許し(何に対してかは分からない)を乞うその娘に、酷いことをしている。
実際には、とてもできないようなことだ。
変態的な、許されない行為を、私は思うままに行使する。その娘は、なすがままに、それを泣きながら受け入れる。
興奮する、私は快感を得る。
性器が濡れ、私はそこに指を這わす。
頭の中では、その娘が舌を這わせている。可愛い顔を、私の体液で濡らしている。
どうしようもない背徳感。多分後で自己嫌悪する、いつものように。
しかし私は、指を止めることができない。
嫌いなあの娘が、今だけは私の奴隷。何でもできる、綺麗な声を出す口が、私のアヌスを舐めている。私の排泄物を、喜んで食べている。私のためなら何でもすると、そう言って涙を流している。
でも、やっぱり私はこの娘が嫌い。
可愛い顔、綺麗な声、細くスタイルのいい身体。全部壊してやりたい、誰にも見せたくない、閉じ込めて外に出したくない。
私の妄想の中だけで、ずっと存在してればいい。
泣いて、脅えて、私だけに従属を誓っていればいい。それ以外は必要ない、歌うことも、笑顔を振り撒くことも、偶像としてのあの娘も必要ない。
私の奴隷として、ここに居ればいい。
私の物じゃないあの娘は嫌い。
自己嫌悪が押し寄せる頭で、私はそう思った。
行為の後始末をして、私は部屋の電気を消した。
明日の学校のことを考え、私は眠りに就くしかなかった。
それが、私の生活だから……。
「交換される死」
ここにいる時間は、止まっている。
停止した思考、動かない、動けない?
羽。
白い羽。
右の翼の羽。
赤い瞳のマリア。赤い声のアリア。祝福された女神の、祝福の歌。
ビンの中の生。
閉じた空間での、強制された生。
生きているの?
死んでいるわ、だって殺されたから。
誰に?
あなたに。
そう創られたの、あなたに。
時間は無い、時間を殺したの。
生きていたくないから、死にたくないから。あなたが、そう言ったから……。
言葉はあなたのココロを知る、唯一の方法。
見て。
この身体を、ここに在る身体。
綺麗? 醜い? 守りたい? 壊したい?
四番目の黒い瞳の少女。綺麗な声の、綺麗な瞳の、醜いココロの、死を望んだ少女。
あなたが愛した、たった一つの物。
あなたが殺した。
血の流れを止め、そして飲んだ。
彼女は、そんなこと望んではいなかったのに、あなたは気づかなかった。
だから、ここには居ない。
ほら、あなたは後悔している。
彼女を殺したことを、悔やんでいる。
そうよ、彼女は生きていたかったのよ。
あなたと。
あなたと生きていたかった。
わたしは、あなたと、時間の中で生きていたかった。
それが、あたしの唯一の望みだった……。
手紙じゃない、言葉を聞きたかった。
声を。
欲しかった。
たとえ、たとえそれが……。
「悲しさを消してしまうもの」
私が煙草をおぼえたのは、十歳の時だった。
白く紫の煙が、私の壊れたココロを埋めてくれるようで、私はそれに依存した。
幼少期のトラウマは、人格を崩壊させることがある。と、この前読んだ本に書いてあった。そうかもしれない、と私は思う。
私がそうだったから。
私が父親に初めてレイプされたのは、小学校にあがる前だったと思う。十四歳になったいまでも、私と父親の関係は続いている。子供を、実の父親との間にできた命を殺したこともある。
産んであげたかった。祝福されない命だとしても、生をあげたかった。
壊れている。
私は壊れている。
父親は嫌いだ、あんな奴死んでしまえばいい。母親も嫌いだ、私達の関係を知っていながら黙認している。何故かは解らない、私には理解できない。
友人は居ない、いらないから。
孤独の空は、自由の色になる?
そんなことは信じられない、信じたくない。だって、私は自分の子供を殺しているのよ。それなのに、私を責める者は私しか居ないのは何故?
知らないというのは、理由には成らないわ。
倫理。
人としての生き方。私は軌道を外れてしまった、もう戻れない。
泣き声が聞こえるの。
おかあさん、どうしてうんでくれなかったの? どうしてころしたの? って。
煙草でさえ、この声は消せない。
あの子の祈りは消せない。
時間でさえも……。
ゼロの座標から、歌が聞こえる。天使の歌声、四番目の黒い瞳の天使。微笑んで、私に許しを与えようとする。そんなもの私は欲しくないのに……。
私が欲しいのは、あの子の幸せだけ。
天使、あの子に祝福をあげて。私に贖罪の権利をちょうだい。
その声で、あの子は幸せだと言って、ウソでもいいから。
私はあなたの声なら信じられる。天使、贖いを受け取って……。
私は、銀のナイフで私を殺した。
手首から流れる汚れた血の鏡に、天使が舞い下りたような気がした。
どんな言葉も、遠ざかって行く。
最後の天使のキスは、とても冷たかった……。
「あざやかな仮初めの光」
寒いと、僕は思った。
だけど目の前の扉を開け、そして潜った。その先に行きたかったから、僕は扉を開けたんだ。
後悔はしていない。残してきたものはない、僕はなにも持っていなかったから。だから、扉を開けた。
なにかが欲しかった、欲しいと思っている。
ここには、それが在るのだろうか?
そんなことは分からない。でも、進むしかない、進むしか残されていない。
扉は閉じた。もう戻れない。
僕は顔を上げ、前に進んだ。雨が僕の視界を塞ぐ、でも行かなくてはならない。自分で決めたんだから。
どこからか歌が聞こえる、知らない歌だ。僕は歌声に向かって進んだ、綺麗な声だ。いつか物語で読んだ、四番目の天使のような、慈愛と祝福に満ちた声だった。
ん? 何かを踏んだようだ。でもいい、気にしない。
雨は雪に変わっていた。
紅い雪だ。
血のように紅い、命の雪だと思った。
紅い雪は僕に降る、命をくれる。
進むべき道を消し、ここに繋ぎ止める。
歌声は薄れ、僕はここで生まれる。
誰かが、微笑んでいるように思った。
優しい微笑みだ、僕を受け入れ許してくれる。そんな微笑みだった。
おかあさん?
僕は何となくそう思った。
違う、おかあさんじゃない。僕は進むべきだと分かった。
声を捕まえたいと、天使を見たいと感じた。
だから、僕は進む。
ここは僕の居場所じゃない、仮初めの場所だ。
天使よ。
声を、祝福をあの微笑みにあげてください。僕はそこに行けないから。
標はない。
でも、僕は進む。紅い雪を踏みしめながら。
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