死神見習い

 

     1

 

「こ、こんなモノ食えるかーッ!」

 食事だといって目の前におかれたそれに、彼は怒りをあらわにして叫んだ。

 しかし、彼に食事を用意した十四歳ほどの長い黒髪の少女は、

「いいですか? 師匠。ここ、ここ見てください」

 自慢げにともおもえる顔つきで手にした缶詰の表面を指さし、「ねッ?」と微笑む。少女の指がしめす部分には、『アナタの愛猫もキャット満足』と書かれていた。

「きっと」と「キャット」をかけているのだろうが、そんなくだらない駄洒落が、ますます彼の怒りを大きくする。

 とはいえ、彼の怒りのもとを手にして笑顔満開の少女には、理解できていないのだろうが……。

「……バカに、しているのか?」

「そ、そんなぁ〜。これなら、師匠も喜んでくれるって思って……」

「本気でいっているのか?」

「はい! もちろんですっ」

「これはネコが食うモンだッ!」

「だ、だって師匠……ネコちゃんじゃないですか」

 屈んだ少女の膝元でチョロチョロしている仔ネコを見下ろし、彼女はなにやら複雑な顔をした。なぜ彼(仔ネコ)が怒っているのか、わからなかったからだ。

「誰のせいで俺がこんな姿になったのか、お前は理解していないのかッ!?」

 彼はずいぶんとご立腹のようすだが、いかんせん子猫である。少女以外の者には「ニヤァーニヤァー」としか聞こえない。しかしこのアパートの部屋には、彼と彼の『言葉』を理解することができる少女しかいないので、それで構わないのかもしれないが。

「さぁ……? 誰のせいなんですか?」

 本当にわからないようすで、小首をかしげる少女。

「お前だ! 忘れたとはいわせないぞッ」

「……えッ!? 師匠、自分でネコちゃんになったんじゃないんですか?」

 彼の言葉に、少女は大きな瞳をつぶらにして驚く。

「なぜ俺が、好き好んでネコにならなきゃならないんだ!」

「もちろん、かわいいからです!」

 はっきりと、自信満々で答える少女。彼は絶句する。怒りで声も出ない。どうやら少女は、本当に自覚がないらしい。この自分、〈爪牙のルオウ〉を愛らしい仔ネコちゃんにしてしまったという自覚が。

 彼……ルオウは、現在ただの仔ネコだが、本来はベテランの死神である。〈爪牙のルオウ〉と呼ばれ、死神業界ではそれなりに名が知られた存在だ。だからこそ、ルオウはこの呆けた少女を預かることになったのが、もちろん今では後悔をしている。

 〈第七世界神〉直々の指令でもなければ、ルオウが弟子を取るなんてことはない。そもそも、死神が弟子を取るなんてことを聞いたことはないし、みたこともない。

 天使だとか死神だとかいう存在は生まれながらに決定していて、後天的に変化するものではない。天人は白い翼なら天使、黒い翼なら死神、そう決まっている。

 そのような常識に疑問の入る余地はないし、入れる必要もない。少なくとも、彼ら天人にとってはそうなのだ。

 だがこの少女は、死神になりたいと望んでいる(らしい)。その背に、黒い翼を持っていないにも関わらず。

 普通ならそんなことは許されない。だが、この少女にはなにやら特別な事情があり(その事情をルオウは知らない)、それゆえ〈第七世界神〉などという大物が、直々に少女をルオウに預けたのだ。

 いくら有能とはいえ、天人ごときが神に逆らえるはずがない。理由は説明されないまま、少女はルオウの元で死神の修行を始めることとなった。それがいまから、ひと月ほど前のことだ。

 ルオウがこの少女の事で理解していることといえば、どうにも得体が知れないということと、名前が「フユミ」だということぐらいだった。

 

     2

 

「もう! 師匠はわがままなんですから」

 ルオウは黙ってネコ缶を食べるつもりはないので、新たな食料を調達するために街に出ることにした。だが、ルオウだけでは買い物もままならない。仕方がないので、フユミもつれて出ることになった。

 とはいえ、どちらかといえば、ルオウがフユミをつれているのではなく、その反対にみえるのだが。

「せっかく、師匠にっておもって買って来きたのに……」

 駅前商店街のスーパーマーケットへと脚をすすめながら、フユミがつぶやく。

「黙ってろ!」

 もしふたりの近くにいた人間がいたのなら、女の子についてトコトコと早足で歩く猫が「ニャッ!」といっただけに聞こえただろうが、フユミはこれ以上師匠に怒られないよう口を閉じる。

 夕刻から夜へと変化する時刻。晩秋の太陽はすでに沈み、空には白い月が昇っていた。

 人通りのない住宅街。近くの商店街までは、あと五分も歩けばつくだろう。

 と、ふたりの右手に小さな児童公園がみえてきた。園内の外灯にはすでに灯りが点り、人影はなかった。

 子供たちは、もうそれぞれの家に帰ったのだろう。秋も深まり外気が身にしみるこの時期は、暗くなってからも外で遊ぶのには適していない。もっとも、季節に関係なく、陽がかげっても子供が外で遊んでいるのは、あまりよいことだとはいえないが。

「……!」

 だがルオウは、その公園内にある気配を感じた。それは彼にとっては馴染んだ「気配」だった。

「フユミ」

 足を止め、重々しい口調でルオウが弟子の名を口にする。

「なんですか?」

 弟子も師と同じように足を止め、こちらは軽い口調で問う。

「仕事だ」

「ふぇ? 仕事って」

「……おまえ、死神の仕事がなんなのか忘れたのか」

「バカにしないでください。もちろん、おぼえてますよ? さ迷う人間の魂を、天人世界に送りとどけることです」

「そうだ」

 答えるまでもない。それが、自分たちの存在理由なのだから。

「で? 仕事なんですか?」

「感じないのか?」

「なにをです?」

 ルオウはできの悪い弟子に「もういい」とだけつげ、一人(一匹?)で園内へとむかう。

「し、師匠っ! どうしたんですかぁ〜」

 不意に走り出したルオウを追い、フユミも彼に続いた。

 

    3

 

「女の子ですね」

 七歳ほどの女の子が、心細げな顔をして、なにかを探しているような動きで公園内をウロウロとしていた。

 とはいえ、女の子といっても、彼女は生きている人間ではない。なんらかの理由で天人世界に行けない、かつて人であった魂だった。

 普通人間は、生命活動を停止すれば肉体から魂が離れ、それは天人世界へとむかう。そのように造られている。

 しかし、なんらかの内的、外的要因によって、まれに地上にとどまってしまう魂があるのだ。

 そうした、地上にとどまっている魂を天人世界に送り届けるのが、ルオウたち死神の仕事である。

「変……だな」

 ルオウが怪訝につぶやく。

「そうですか? かわいい子じゃないですか」

「そうじゃない」

 ルオウが変だといったのは、少女の容姿のことではない。少女の魂に、人間であったころの姿を保っていられるほどの力があるとは思えなかったのだ。

「まさか、〈鬼〉……か?」

「おに……? 師匠。その〈おに〉って、なんですか?」

「おまえ……しらないのか?」

「はい。しりませんけど?」

 バカっつらで首を横に傾けるバカ弟子。フユミは本当に、〈鬼〉については知らないようだ。

 ルオウは呆れた。〈鬼〉といえば、死神の天敵である。人間の魂に取りつき、その『想い』を餌として生きる〈影の者〉である。

 その力は天人にも匹敵し、これまでに多くの死神たちが〈鬼〉によって消滅させられている。ルオウも〈鬼〉と戦ったことは何度かあるが、やはりその全てが強敵だった。

 そしてルオウは、百年ほど前にパートナーとも呼べる同業者を『鬼』に消滅させられている。

 ルオウの目の前でだ。

 彼女は、とても優れた死神だった。それ以降ルオウは、誰かと組むことなくひとりでやってきた。フユミが、彼の元に預けられるまで。

 

「ねぇ、どうしたの? こんなとこにいちゃダメだよ」

 ルオウが痛みをともなう思い出に浸っている間に、フユミが女の子に近寄っていた。

「あのバカが!」

 ルオウが走り出すと同時に、フユミが女の子の肩に触れる。

 その瞬間。女の子の心がフユミに流れこんできた。いや、それは心に刻まれた記録といった方がよいだろうか。

「なに? これ」

 

 怖い、怖い、怖い、怖い、こわい、コワイ……

 

 恐怖だけが、少女の心を満たしていた。

「ぅ……」

 少女の心と同調してしまったフユミの膝の力を、恐怖が奪う。

 と、フユミの視界が転回する。目の前の女の子は消え、四方が真っ黒な闇で包まれた。

 しかしその闇の奥では、もっと深い漆黒が渦巻いているように思える。

 闇の中で、自分の位置、体制を見失うフユミ。自分が立っているのか転がっているのか判断がつかない。

 フユミは、なにかつかまるものを探して手を伸ばす。だが、彼女の手に触れるものはなにもない。

「し、師匠?」

 助けをもとめてルオウを呼んでみたが、それが音になったかどうかもあやふやだ。

「師匠!」

 もう一度。しかし、音は闇に飲みこまれてしまう。

 どうすればいいのかわからない。

 ずっと、このままなのだろうか?

 それとも、

 もう、

 あたしは……

 死という単語が、フユミを支配する。

 しかし死とは、どういうことだろう。どういう状態を死と定義しているのだろう。

 フユミは人間ではない。命を『もって』いるわけではない。

 少なくともフユミは、自分を天人だと認識しているし、天人には命というモノはない。ないはずだ。

 いま一度、フユミはルオウを呼ぼうと口を開く。

 そのとき。

 闇の中に小さなきらめきがうまれ、それがフユミむかって進んできた。そしてきらめきは、彼女の身体を通り抜けていった。

 それが通り抜ける瞬間。フユミは見た……というよりは感じた。

 イヌ。大きな。白いイヌ。ミチル。

「なに? いまの……」

 疑問に思っている間に、小さなきらめきが次々と闇の海から浮かび出てきて、フユミの身体を通り抜けていく。

 その度に、フユミは意味不明なビジョンと感情を与えられる。しかしそれらはどれも抽象的で、フユミにはそれが壊れかけているように感じられた。

 抽象的で壊れかけている情報たち。やがてきらめきたちは数を減らしてゆき、『それ』がフユミの目の前に現れた。

 血肉を固めたような、紅黒い塊。

「なんだろう……?」

 触れていけないように思える。しかし、触れなければいけないようにも感じた。

 フユミはそっと手をのばし、それに触れた。

 突然、具体的なビジョンがフユミに流れこむ。

 そこは、薄暗く、閉じられた小さな部屋。冷たいコンクリートに囲まれていて、重そうな鉄の扉だけが出入り口のようだ。

 倉庫だとフユミは思った。それ以外には考えられなかった。

 

 イッ、イヤアァ〜ッ! ママッ、ママぁ〜たすけてぇーッ!

 

 突然の悲鳴に、フユミは声の方向に顔を動かす。

 そして見た。

 目が釘づけになり、見たくもないのにまばたきすらできない。

「な、なんなの……これッ!」

 そこでは、あの女の子が裸で床に転がされ、未だ若い男(二十代前半だろうか?)が女の子の身体にカッターナイフを走らせていた。暗くて表情までは確認できないが、男の目に異様な光が灯っているのは、なぜかはっきりとわかった。

 悲鳴をあげる女の子の身体は、いくすじもの黒い液体で染まっている。その黒い液体は、明るい光に照らされると、紅く色を反射させるであろうことは明白だ。

「やめなさい!」

 しかしフユミの声は、男にも少女にも届かない。これは記録なのだ。すでに起こってしまった、過去なのだ。

 男が手にしているナイフを振り上げる、その先には恐怖で引きつった女の子の顔。大きく見開かれた瞳が。

「やめてーッ!」

 男がその腕を振り下ろす瞬間、フユミは目をつむった。

 たぶん、少女もフユミと同じ行動をとっただろうが、視界を遮断したフユミには、それを確認することはできなかった。

 

     4

 

「フユミッ!」

 ルオウの声に、フユミは目を開けた。

 そこは先ほど少女に触れた場所で、フユミ自身の体制もなんら変わってはいなかった。少女は、まだフユミの目の前に立っている。

「し、師匠。あ、あたし……」

 現状を理解するのに、さほどの時間は必要でなかった。

「あれは、この子の記憶……?」

 目の前の少女。虚ろな表情でフユミを見つめている。

「おねえちゃん……ママは? ママは、どこ?」

 言葉が出てこない。フユミは震える膝を懸命に堪え、一度下唇をきつくかみ締めてから、

「……あ、あなたは、もう……死んでいるの」

 告げた。

 しかし、少女の表情は変わらない。なにをいわれたのか、まったく理解できていないようでもあり、フユミの声など聞こえていないかのようでもあった。

「だ、だから……」

 だから……。

 それ以降の言葉が出てこない。そもそも、『死んでいる』とはどういう事なのだろう? この女の子には肉体はない。しかし、肉体がないということが『死んでいる』と同義だとは、フユミには思えなかった。

「ママは……どこ?」

 再び少女が問う。フユミは瞳を閉じ、拳を固く握りしめた。

「何を迷っている! 早くしろッ!」

「でも、師匠……」

「でもじゃない! この子は既に死んでいる。死んだ者を在るべき場所へ導くのが、俺たち死神の仕事であり存在理由だ。お前は死神になりたいんじゃないのか? これがお前の選んだ仕事なんだ!」

 そうだ。これが、フユミ自身が選んだ(選んだと思いこんでいる?)道だ。ならば、フユミがしなければならないことは決まっている。

 たとえそれが、フユミ自身の心を傷つけることになったとしても。

「……来るべき大地よ。〈紅い瞳〉の担い手たる我に、定められた力を!」

 フユミは『導く言葉』を紡ぐ。言葉と共に、彼女の身体が黒い光に包まれる。いつの間にか、セーラー服だったフユミは、全身を緩やかに包む闇色のローブをまとっていた。

 そしてフユミの、優しくてどこか間の抜けたような光を宿していた黒い瞳は、世界の存在全てを凍てつかせるような冷たい輝きを、その内側から発しているような紅い瞳に変化している。

 身にまとうものだけでなく、顔つき、そして発する気配までもが変化したフユミ。ルオウはフユミの持つ力の強大さに恐怖さえおぼえた。

(やはり、こいつは天人なんて小さな者じゃない。こいつが本気を出せば、俺なんか一瞬で消滅させられるだろう)

 普段のフユミからは想像もできないが、彼女本来の力はルオウの比ではない。自分を仔ネコに変化させた「あの暴走」で、ルオウはフユミの能力値をある程度は把握したつもりだった。

 だが、これほどとは考えていなかった。

(間違いない。フユミは神か神に属する存在だ)

 天人は神の道具でしかないし、人間は神の食料でしかない。フユミが本来の力を発動した以上、今のルオウには彼女を止めることはできない。いや、ネコになる前だったとしてもムリだろう。

 ルオウにできることといえば、フユミがこの前のように暴走しないことを願うだけだ。ネコならまだしも、蟲などにされてはたまったものではない。

「ギッ……ぎギュ」

 とつぜん、フユミと対峙する女の子の口から、岩と岩を擦り合わせたような音がもれた。

 ビクンッ!

 不自然な動きで、一度、大きく身体を跳ねさせる少女。

 そして上半身を倒して前かがみの姿勢になった少女の背中が、まるで彼女の体内に隠れていたなにかが姿を現すかのように盛り上がっていく。

 間もなくそれは、大きなカマキリのような異形の姿になった。

 女の子の背中からはえる、大きなカマキリ。

 〈鬼〉。

 ルオウがいったように、女の子には〈鬼〉が取りついていたのだ。

 それは不思議な光景だった。

 少女の小さな身体から生えた〈鬼〉は、少なくとも宿主の三倍の大きさはあるだろう。〈鬼〉と女の子が肉体をもつ存在ならば、当然、彼女は立っていることはできない。だが、それは直立している。常識ではありえない光景だ。

「もう、手遅れだ」

 ルオウがみるかぎり、女の子は完全に〈鬼〉と同化しているようだった。

 こうなってしまったら、少女の魂を天人世界へと送ることはできない。〈鬼〉とともに滅ぼすしかない。

「あなたが、〈オニ〉……ですか?」

 フユミが〈鬼〉を睨む。凍てつくような視線。紅く、そして冷たい。

「……クロキ……モノ……か」

 鉱物を削るような声で、〈鬼〉が喋った。

「チガウ、オマエ……ハ……ナンダ」

「あたしはフユミです」

「……フユミ? シら……ヌ」

「でしょうね、初対面ですから。それよりも、その子から離れてください」

「ダメ……ダ。コのモノ……ノ『オモイ』、トテも……ビミ」

 〈鬼〉は人間の魂が持つ『想い』を食べる。その『想い』が強ければ強いほど、〈鬼〉はそれを好むのだ。

 少女の『想い』は『母親に逢いたい』というものだった。それはとても強く、そして純粋な『想い』。

 この〈鬼〉が少女に取えいついたのも、もっともだった。これほどの『想い』は、簡単に転がっているものではない。

 だが、それだからこそフユミは〈鬼〉を許せなかった。〈鬼〉とはどういう存在であるのか、〈鬼〉にとって少女の『想い』がどれほどの価値を持つのか、そんなことは関係ない。

 少女の『想い』が〈鬼〉よって汚され、冒涜され、蹂躪されていると、フユミは思った。

 それは、許される行為ではないし、許せる行為でもない。

「その子は解放します。あなたは消します。それが……あたしの意志です」

 フユミが〈鬼〉に告げる。

 右腕を虚空にのばすフユミ。その手の中に、大きな鎌が現れる。フユミの大鎌、『滅』だ。

「我が師よりたまわりしこの鎌にかけて、あなたを消滅させますッ!」

 しっかりと両手で鎌を握りなおし、フユミが動く。ルオウにはその動きを捉えることができなかった。

 なにがなされたのかルオウが認識したのは、〈鬼〉の首がフユミの大鎌によって跳ねられた後のことだった。

「消えなさい」

 フユミの言葉に従うかのように、〈鬼〉が溶けるようにして消える。

 数瞬後には〈鬼〉の姿はかけらもなく、たたずむ少女だけがその場に残されていた。

「バカな!」

 その光景を目にしながらも、ルオウには信じることができない。あの少女は完全に〈鬼〉と融合していたはずだ。それを切り離すなんてことが、天人は当然として、神にすら可能だとは思っていなかった。

 しかしフユミは、簡単にそれをやってのけたのだ。

 

「マ……マ、は? ママに、あいたいの……」

 鬼と融合することによってたもたれていた少女の姿は、早くも崩れ始めている。フユミは横たわる少女の側に跪き、少女の言葉を聞いていた。

「ごめんなさい……ママは、ここにはいないの」

「どこに……いる、の? ママのところに、つれて……いって……」

 静かに、フユミが首を横に振る。

「ママ。ママ……どこにいるの? ママ……」

 やがて少女の姿は砂のように崩れ、完全に消滅した。

 少女の魂は天人世界へとむかい、そこで天使によって結晶化され、神の食料となるのだろう。

 人間は、神の食料でしかないのだから。

 そのためだけに、神によって造られたのだから。

 フユミは立ち上がって空を見上げた。その動作の間に、服装が元の白いセーラー服に戻る。瞳の色も、黒く戻っていた。

「ねぇ、師匠。あたし、死神らしかったですか?」

 その声は震えている。涙が一滴だけフユミの頬を伝い、胸元に零れそこで染みとなった。

「あぁ、それなりにな」

「うれしい。師匠にほめてもたったの、初めてですね」

「別にほめた訳じゃない」

「もうっ! 師匠ってば、素直じゃないんですから」

 そういいながら、涙の跡を袖口でぬぐうフユミを見て、ルオウは思った。

 人間の為に涙を流す。天人のすることでも、ましてや神のすることでもない。人間はただの食料でしかない。家畜は食べられる為に存在しているんだ。それ以上の存在理由はない。

 だが、長い間死神としてこの世界で生活していると、人間をただの食料として見ることができなくなってくる……などという変わり者は、自分だけだと思っていた(だから彼は、〈爪牙のルオウ〉などと呼ばれている)。

 しかしフユミは、この世界にきてひと月ほどしか経っていない。なのに……なぜ?

 天人の常識にも、神の常識にもこいつは当てはまらない。

 だから〈第七世界神〉は、俺にこいつを押しつけたのか? 俺になにを期待している? こいつになにをさせる気なんだ……?

 しかし、考えてみたところで答えが出ないことを、ルオウはわかっていた。

「……飯を買って帰るぞ。仕事は終わった」

「そうですね……あたし、お腹すいちゃいました」

「それは俺のセリフだ」

「だって師匠、あたしが買ってきたご飯食べなかったじゃないですか」

「……まだいうか。俺はネコじゃないっていってるだろうが!」

「え〜っ!? どうみたって、ネコじゃないですかぁ〜」

「それはおまえが……」

 仔ネコといい争いをする奇妙な少女を、ただ、月だけが見下ろしていた。

 その、白い光をもって……。



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