「のぞみ」

 

「じゃっ! いってくるねっ」

 六月最後の日曜日。初夏の透明な陽光を浴び、のぞみは家を跳ねるように飛び出した。のぞみの翼が生えているかのような軽やかな動作にならい、ショートでまとめられた髪が陽光を反射してふわりと舞う。

 のぞみは、中学一年生にしては多少子供っぽい感じがしないでもないが、それはなんら彼女の魅力を損なうものではないので、気にする必要はないだろう。

 ショートパンツから伸びる脚は長く、躍動的な動作でのぞみを前へ前へと進ませる。

 今日は仲良しのみんなとピクニック。ちょっと離れた森林公園まで、大人の同伴なく子供たちだけでお出かけだ。

 のぞみは待ち合わせ場所の駅へと駆け足で向かう。別に歩いても間に合うのだが、それはのぞみの、

「たっのしみだなぁっ! 今日はみんなと、い〜っぱい遊ぶんだもんっ!」

 な気持ちが許してくれない。ウキウキが身体中からあふれ出し、歩いてなんかいられない。

 そのウキウキに混じり、のぞみはドキドキも感じていた。

「今日は、ヨースケくんもいっしょなんだもんっ!」

 ヨースケくんとは、のぞみが中学に入学してから知り合ったクラスメイトで、優しくて頭がよくて、「と〜っても…かっこいいのっ!(ポッ)」…な男の子だ。

 のぞみは行動的で積極的な性格だが、恋愛に対してはその限りではない。

 ヨースケくんのことは、もちろん大好きだ。でも、そのことを誰かに話したことはない。ヨースケくんへの想いは、自分の小さな胸の中だけに、そっと大切にしまってある。

 いつか告白したいとは思っているし、実はラブレターなる貰った者にしてみれば引いてしま…い、いや、とっても嬉しいお手紙を書いたこともある。

 しかしそれは、ヨースケくんの机に入れる直前で出すのを止めてしまった。

 恥ずかしかったし、なによりその手紙のせいで、せっかく「ヨースケくん」「のぞみちゃん」と呼び合えるようにまでなれた関係が、もし壊れてしまったら…と考えると、膝がが震えるほどこわかったからだ。

 のぞみはとてもではないが、

「あたしはとってもお美しいのっ! 男はみぃ〜ん…なっ! あたしのとりこなのっ」

 などと考えるような女の子ではない。そのような珍奇な思考回路は装備されていない。

 なので、大好きな男の子に告白するのはこわいし、そのことで嫌われるのも、お話しができなくなるのもこわい。

 のぞみは恋愛に関しては、内気な女の子といっていいかもしれない

 ヨースケくんとお話しするのは楽しい、ドキドキする。

「のぞみちゃん」

 名を呼ばれると、胸の中がカーッとなる。

「ヨースケくん」

 彼の名を口にすると、ポワッとした温もりにつつまれたように感じる。

 純粋で、かわいらしい恋心。しかしそれはのぞみにとって、とても大切な想い。

 なくしたくない。壊したくない。

 だから口にして告げなくても、心の中で告げる。届いてほしい。感じてほしい。

 そう…願いをこめて。

「ヨースケくん、大好きっ!」

 …と。

 

 のぞみが今日行動をともにするメンバーは、のぞみを含め五人。その全てがクラスメイトだ。

 まず、のぞみ。のぞみが密かに想いをよせているヨースケ(葉助)。のぞみの小学校からの友人、速珂(はやか)。中学になってからの友人、亞衣里(あいり)。そしてヨースケの親友、杉(すぎ)…である。

 電車を乗り継いで約一時間半。五人は目的地の森林公園に到着していた。

「まぁ…思っていたより、キレイな場所ですのねぇ」

 お嬢さま育ちの亞衣里が、どこか間延びした口調で感想を述べる。

 森林公園という場所に似つかわしくない、ドレスを思わせるワンピースに身をつつむ亞衣里。しかしこの森林公園は設備がよく整っていて、無茶をしなければ亞衣里の衣装で汚れたりする心配はないだろう。

「オレが見つけたんだぜっ!」

 威張ったようにいったのは、杉。中学一年生にしては身長が高く、体格もいい。全体的に粗雑な印象を受けるが、実は結構いい家のお坊ちゃまである。

「でも、なんか人いないね」

 辺りを見回しいったのは、速珂。メガネっ娘だが、勉強ができるとか、クラス委員長だとか、図書委員だとかいうことはない。どちらかといえば勉強より運動が得意な、気が強くてメガネっ娘らしからぬ(?)女の子だ。

 たしかに速珂のいう通り、五人の視界内に彼ら彼女ら以外の人影はない。

 遊歩道やサイクリング道はちゃんと整っている、緑も多く、小鳥の鳴き声が耳に心地いい。

 のぞみがヨースケに視線を向けると、ヨースケは木を見て小鳥の声に耳を傾けているかのような雰囲気で、気持ちよさそうな横顔をのぞみにくれた。

 のぞみは頬が赤くなるような思いで、でも、ヨースケの横顔を盗み見続ける。

「よっしっ! じゃ、弁当喰うかっ」

「…なにいっての? 杉。まだついたばかりじゃない」

 呆れたように杉の提案を否定する速珂。

 しかし時間は午前十一時三十分になろうとしている。杉の提案は的はずれなものではない。

「じゃあ多数決。弁当喰いたいヤツっ」

 手を挙げたのは三人。杉、亞衣里、ヨースケだった。本当はのぞみの少しお腹が空いていたので手を挙げそうになったのだが、ヨースケに意地汚いと思われたくなかったので思いとどまった。

 のぞみは、はっきりいってよく食べる。それは喰う。もう喰う。それでも喰う。

 しかし体質なのか、太らない。その代わりといってはなんだが、出すモノは出す。それは出す。もう出す。それでも出す。

 快食快便(…快便って言葉、なんかちょっと下品な感じがしない?)健康優良児。それがのぞみだ。

 のぞみはなんというか、まぁぶっちゃけた話、うんこが太い(…ぶっちゃけすぎだって)。一度に出す量も半端じゃない。のぞみのうんちでトイレがつまってしまうなんてことは、これまでに数え切れないほどあった。小学生のとき、学校のトイレを詰まらせて逆流させてしまったことがあり、その苦い経験からのぞみは、今では家のトイレ以外で排泄することは全くないといっていい。

 なのでのぞみの家のトイレは、週に一、二回の割合で詰まる。もちろん詰まらせるのはのぞみだ。のぞみのトイレを詰まらせたときの処理は手慣れたものなので、家族がトイレを使えなくて困るということはないが。

 まぁ、のぞみの排泄行為の話題は置いておくとして、多数決で決定した通り五人は、食事を採る場所を求めて移動することにした。

 

「ほら、茶だ」

 出入り自由の芝生園の上にビニールシートを敷き、各自お弁当を拡げる五人。杉がペットボトルのお茶を紙コップに注ぎ、各自に渡してまわる。

 のぞみも、

「ありがと、杉くん」

 それを受け取った。

 天気はよく、空は澄んだ蒼に染まっている。みんなと外でお弁当。なんだか遠足そのものだとのぞみは思った。

(う〜ん…これじゃ、ちょっと足りないなぁ)

 のぞみのお弁当箱は、まぁ普通の大きさだ。しかし大食ののぞみには、とてもではないが足りない。

 じゃ、もっと大きなのに詰めこんでこいよっ! とお思いの貴兄。オトメゴコロがわかっておりませんな。

 恋する乙女ののぞみが、ヨースケの前でバクバク喰うわけがないじゃありませんか。ちなみにのぞみは学校でも、どれほど給食の量が足りないと思っても、おかわりなんて恋する乙女らしからぬことはしない。

 ではどうするか? 隠れて喰うんですけどね、パンとか。もちろん校則違反ですよ? 給食が出る中学校だし。

 そんな感じでのぞみがゆっくりと食事を採る間も、五人の間に楽しげな会話が消えることはなく、彼、彼女らは、なんか青春だなぁ…な感じを醸し出し続けた。

 で、食事も終わり、

「うっしゃっ! 飯も済んだし自由時間だなっ」

「なんだよ、杉。自由時間…て」

「ヨースケ、わかってねぇなぁ…」

「な、なにが?」

「なっ? 亞衣里お嬢さまっ」

「はいぃ、わかっておりませんわねぇ。バカちんですわぁ〜」

「ということだ、ヨースケ。わかったな?」

「…だから、なんのことだよ?」

「じゃ、オレはいくぜっ!」

 疾走して消える杉。

「亞衣里も、少し、見てまわりたいところがありますのでぇ」

 しずしずと姿を消す亞衣里。

「どうしたのかな? あの二人」

 ヨースケの独り言のような呟きに、

「逢い引きでしょ」

 速珂がサラッと答える。

「あいびき…って?」

 と、のぞみ。

「あんた鈍いわね。あの二人できてんじゃない? っていってんの」

「まさかぁ…ね、ねぇ? ヨースケくん」

「そうだね。そんな感じしないけど。それにもしそうだとして、二人で会いたいならデートでもすればいいじゃない。みんなでここにくる必要はないよ」

「…フッ」

 速珂はバカにしたように鼻で笑った。

「な、なによ速珂…その、フッ…って」

「お子さまにはわからないかもね」

「なにいってんのっ。あたしのほうが、三ヶ月もお姉さんじゃないっ」

「私がいったのは、精神年齢のことよ。じゃあ…私も散歩してこようかな」

 速珂は立ち上がり、亞衣里が向かった方向へと歩き去っていった。

 これで残されたのはのぞみとヨースケだけ。

 思いがけず二人きりの状況だ。

 のぞみは急に緊張してしまった。

「の、のぞみちゃん?」

「えっ? な、なにいぃィ?」

 声が裏返っている。

「ちょっと暑くなってきたから。あの休息所にいかない? ほら、あそこベンチもあるし、日よけもあるから」

 五十メートルほど離れた場所にある休息所。白いベンチが置かれていて、すぐ後方にトイレがある。

「う、うんっ」

 のぞみはコクコクとうなずき、ヨースケの半歩後ろについて休息所へと歩いた。

 

「これでいいの?」

「完璧ですわぁ。さぁ、まいりましょうかぁ?」

「私はいい、興味ないから」

「まぁ…そうですかぁ。やはり年上の彼氏がおられる方は、大人ですわねぇ」

「なっ? あんた知ってたのっ?」

「はいぃ…もう、あ〜んなところから、腕を組んで出てこられるのですものぉ。もう…ドキドキでしたわぁ」

「あ、あんたっ! それ、誰にも喋ってないでしょうねっ?」

「はぁ…まだぁ」

「まだぁ…じゃないっ! これからも、誰にもいわないでよねっ」

「う〜ん…」

「う〜ん…でもないっ! いいっ? わかったっ? わ、私もういくから。いい? 誰にもいっちゃだめだからねっ」

「はうぅ〜」

 

 白いベンチに、並んで腰を下ろすのぞみとヨースケ。のぞみの心臓はドッキドキ状態だ。

「なんか初めてだね? こうして二人なの」

「そ、そうだね」

 ホント…夢みたい。とのぞみが思ったとき、

 ぎゅるぅ

(な、なに? なんか…お、お腹…)

 下腹部の内部でなにかが蠢いた。

(ま、まさかっ…げ、下痢ぴー?)

 さきほど食べたお弁当にでも中ったのだろうか? のぞみのお腹の内容物(もちろん、お腹といっても胃ではない)は汁気を増し、出口を求めてさまよい始めてしまったようだ。

 気のせいだ…と思いたい。が、事態は急速に悪化していく。鈍い痛みと、勝手に開きそうになるお尻の穴。一度開いてしまったら、内容物を全て放出し尽くすまで閉じることはないだろう。

 少しなら…いい(のか?)。しかしのぞみは今朝、家で排便してこなかった。彼女の腹部には、現在、トイレを詰まらせてしまうほどの排泄物が詰まりにつまっているといって過言ではない状態だ。

 ぐる…ぐるぎゅるぅ〜

 引きつるお腹。ヒクつく肛門。

「さぁ出せ。今出せっ。すぐに出せっ!」

 脳が激しく命令を出す。

 の、のぞみっち大ピンチだっ!

「ちょ、ちょっとお手洗いいってくるね」

 とヨースケにいい、お手洗いにいけば済むものだろうが、それは恋する乙女のすることではない…と、オトメゴコロが警告を発してくる。それにもし、こんな場所のトイレを詰まらせて、逆流させてしまうことにでもなったら。そしてもしそれを、ヨースケに知られてしまうようなことにでもなったら…。

 別に下痢ぴーなのだがら詰まることはないと思うが、のぞみはそこまで冷静に考えられる状態ではない。

 なんだか黙りこんでしまったのぞみに、

「どうしたの? のぞみちゃん」

 心配そうな顔で問うヨースケの。ヨースケに心配してもらえているのが嬉しい。が、それで状況が好転するわけでもなく、

「う、ううんっ。な、なんでもないよ?」

 がまんしなきゃ。がまんするの。が、がまん、がまんするのよっ!

 自分にいい聞かせ、のぞみは引きつった笑みをヨースケに向ける。

 だがその笑みを、ツーっと、一筋の脂汗が額から流れた。

 怪訝そうなヨースケ。引きつった笑みののぞみ。

 固まったように見つめ合う二人。こういう状況でさえなかったら、のぞみが夢にまで見たシュチエーションだ。

 二人きりベンチに腰掛け、じっと見つめ合う。やがて、どちらからともなく接近する顔と顔。のぞみはその瞳を閉じ、無防備な唇をそっとヨースケにさし向けて…。

 と、これがのぞみの夢でのシュチエーションなのだが、現実はそれほど甘くはないようだ。

 うねる下腹部。気を抜くと噴出しそうになる内容物。苦しい。辛い。だがそんな顔を、「大好きなヨースケくん」に見せるわけにはいかない。

 お腹の中で激流が渦巻いているなど、知られるわけにはいかない。

 なぜならのぞみは恋する乙女。

 恋する乙女とは、純粋でかわいらしい存在でなくてはならない。それがまさか、下痢ぴーなどという恥ずかしい状態に陥っているなんて、「私の王子さま」に悟られるわけにはいかないのだ。

 チッ…チッ…チッ…

 小鳥はさえずり、木々の葉に遮られた陽光が地面にモザイクを描くその様相は、眩しいほどにきれいだ。

 まるで、のぞみの状況を嘲笑うかのように。

 と、そのとき。

「おーいっ! ヨースケぇーっ」

 杉の声だった。

「なにぃー?」

 返答をするヨースケ。

「ちょい、こっちきてくれよぉっ」

 ヨースケはスッとベンチから腰を上げ、

「なにか呼んでるみたいだから、いってくるよ」

 いい残し、杉の声が聞こえたほうへ駆け足で姿を消した。

 

 ヨースケの背中も見えなくなり、のぞみは「ハアあぁ〜っ…」と息を吐く。

 満ちる安堵。なんとか危機は脱したようだ。

 ベンチのすぐ後ろには、トイレが見えている。あそこまでいけば、もうなにも心配ない。

「よ、よかっ…た」

 少し気を抜いてしまった瞬間。

 ぶビイぃっ!

 お尻を濡らす生温かい感触。

「…へっ?」

 間の抜けた声に続く、

 ビチュッ! びちゃジュチュぶぴブリりっ、ぶりゅっ…ブリブリぶりびちゃーっ! ぶぴゅ、ぴゅっ…ぷぴゅうぅ〜

 その響きにお尻までもか、太股まで、のぞみは生温かさに浸かっていた。

「…う、うそ…」

 ウソではない。白いベンチを染める排泄物色のお汁。ピチャピチャと地面に滴り、土に染みこんでいく。

 ショートパンツの裾からドロリと零れ出る、ほとんど液体のやわらかうんち。のぞみの嗅覚に自分の存在を教えこみながら、ベンチを滑り落ちる。

 むせ返るような臭いと、下半身を犯すビチュっ…とした感触がのぞみの思考力を奪い、彼女は呆然とベンチに座りこみ、お汁は滴るままに、やわらかうんちはショートパンツから零れ出るままにさせている。

 最後に、

 ブピイィいぃーっ!

 湿ったような放屁音が高く響くと、

「…い、いやあぁ…」

 大粒の涙がのぞみの頬を幾筋も伝い落ち、そればかりか、本来なら黄金色なのであろう液体も排泄物色と混じり合って、のぞみの下半身とベンチが接する場所に大きな水溜まりを作りながら、溢れたものは地面へと滴っていく。

 取りあえずなんとかしなくちゃ…とさえ思うことができず、のぞみは脱力した様子で座り続けた。

 と、そこへ、

「の、のぞみちゃん?」

 のぞみが表情のない顔を上にあげると、目の前にヨースケが立っていた。

 いつヨースケが戻ってきたのか、のぞみにはわからなかった。

 が、ヨースケの顔を見てのぞみの思考力は急速に回復し、

「あ…あぁ…」

 震える唇は言葉を形にすることがでない。だが確実にのぞみは、今、自分はとても恥ずかしい姿をヨースケに見られているのだと理解していた。

「あっ…ぅああぁ」

 大きく口を開こうとするのぞみ。この瞬間にも、悲鳴を上げそうな顔で。

 そんなのぞみの口を、

「しっ…声出しちゃだめだよっ」

 ヨースケが手の平で塞ぐ。

「みんなに聞こえちゃうよ? 誰かきちゃったら困るでしょ? だから、ね? 落ち着いて、のぞみちゃん」

 のぞみは涙を止めることなく、しかし小さくうなずいた。

「うん。心配しなくていいからね」

 ヨースケはのぞみの口を塞いでいた手の平を離し、

「大丈夫だよ、のぞみちゃん。ボクがなんとかしてあげる。のぞみちゃんは、なにも心配しなくていいんだよ?」

 といって、のぞみに向かって微笑んだ。

 それはこのような状況下でも、思わずのぞみが見とれてしまうような優しい微笑みだった。

 ヨースケに支えられ、のぞみは震える膝で立ち上がる。と、

 ビシャビチャびちゃっ

 大量のやわらかうんちが地面に落下した。それはのぞみの太股から足首までをも伝い、汚す。ソックスは汁を吸って変色し、靴の中も濡らす。

「も、もうやだあぁ…」

 ボロボロと泣くのぞみにヨースケは、

「泣かないで、のぞみちゃん」

 しかし泣き止まず、「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返すのぞみを支えながら、ヨースケは彼女をトイレへと引いていった。

 

 トイレに二つあった個室の一つに、のぞみとヨースケは一緒に入った。

「脱いじゃったほうがいいよ…って、ボ、ボクがいたら脱げないよねっ。ご、ごめん」

 自分でいい自分で慌てるヨースケの姿に、のぞみは少しだけ気が楽になる。

「ご、ごめんなさい…ヨースケくん」

「あっ、い、いいよっ。それよりも、もしかしてボクのせい? ボク、のぞみちゃんの調子が悪そうだって、なんとなくわかってたんだ。

 でものぞみちゃん、なんでもないっていったから、それ以上訊くわけにもいかなくて…そ、それに、せっかくのぞみちゃんと二人きりになれたんだから、で、できるだけ長く一緒にいたいな…って」

 ヨースケの言葉に目を丸くするのぞみ。

「そ、それって…どういう、こと?」

「…やっぱり、気がついてなかったんだね。ボク…ずっとのぞみちゃんのことが好きだったんだ」

 ドクンッ! のぞみの心臓が大きく跳ねた。

「のぞみちゃんは知らないと思うけど、小学校のとき、ボク陸上の地区大会でのぞみちゃんが走ってるの見たことがあって、そのときに…か、かわいいなって。

 そ、それで、ずっと名前おぼえてたんだ。名前だけじゃなくて、顔も…。

 入学式のとき、すぐにわかったよ。あの子だ…って、のぞみちゃんだ…って。すごくうれしかった。一緒の中学だなんて思ってなかったから…」

 照れた顔で続けるヨースケ。のぞみは黙ってその言葉を聞いた。

「それにクラスまで一緒で、ボク本当にうれしくって、つい、声かけちゃったんだ」

 たしかに、最初に声をかけてきたのはヨースケのほうだった。

「だけどのぞみちゃん、かわいいし人気あるし、好きだって…いえなかった。

 ほら、おぼえてる? ボクがのぞみちゃんのこと、のぞみちゃんって呼んでいい? ったとき、のぞみちゃん、あたしもヨースケくんって呼んでいい? っていってくれたよね。

 あのときボク、なんだか逃げるみたいに走っていっちゃったでしょ? うれしくて、恥ずかしくてたまらなかったんだ。

 あのうれしさを、なくしたくなかったんだ。ずっと、のぞみちゃんって呼んでいたかったんだ。

 のぞみちゃんに好きだっていって、あたしは嫌いですっていわれる夢。もう、なんかいも見たよ。夢だってわかって、ホッとするんだ。

 でも、現実でもどうだろう? って。夢と同じなんじゃないか…って。

 そう考えるとこわくて、ずっといえなかった。

 でも…いっちゃったね。

 のぞみちゃん。ボクは、のぞみちゃんのこと大好きだよ? ずっと大好きだったし、今も、大好きなんだ。

 だ、だから…もし、ボクのせいでのぞみちゃんが辛い思いをしてしまったんだったら、ボク…どうすればいいかな? どうすればボクは、のぞみちゃんのことのぞみちゃんって呼んでいられるかな? 嫌いですっていわれなくて、すむの…かな」

 告白を終えたヨースケは、気落ちした顔をのぞみに向ける。本当にのぞみのお漏らしを、自分の責任だと感じているのだろう。そして本当に、のぞみのことが好きだのだろう。

 好きだからこそ辛い。大好きな女の子に、恥ずかしくて辛い思いをさせてしまった。

 ヨースケが気落ちするのも当然だ。

 しかしのぞみは、未だに自分の下半身がうんこまみれという恥ずかしさよりも、ヨースケも自分のことが好きだった。それも、自分がヨースケを好きになる前からヨースケは自分のことを想ってくれていた…という告白に、心を支配されていた。

 なにかいわなくちゃっ! ヨースケくんはなにも悪くないのっ。恥ずかしがって、トイレにいきたいっていえなかったあたしが悪いのっ。

 焦れば焦るほど言葉を紡ぐことができない。

 のぞみが口を開く前に、

「…ゆるして、くれない…よね。当たり前だよ…ね」

 ヨースケが呟く。肩を落とし、うつむいて。

 自分がヨースケを責め、傷つけている。そんなことはないけれど、ヨースケはそう感じている。のぞみは、なんとか声を発することに成功した。

「ちがうよっ! ヨースケくん、なにも悪くないよっ。悪いのはあたしなの、全部あたしが悪いのっ。

 あたしが恥ずかしがってたからっ! だってっ、だって大好きなヨースケくんに、おトイレいきたいなんていえなかったんだもんっ。

 あ、あたしだって、ずっとヨースケくんのこと大好きだったんだからっ! 今だって大好きなんだからぁっ」

 ついにいってしまった。しかしなにもこわくなかった。あらかじめヨースケの想いを聞いていたからだろうか。それともそんなことは関係なく、正直な想いを告げなくてはいられなかったからだろうか。

 そのどちらでも、どちらもでもいいとして、のぞみは想いを告げた。告げることができた。

「ヨースケくん…あたし、ヨースケくんが好き。大好きっ!」

 驚いたような顔。そして、やわらかな微笑みへと変化するヨースケの表情。

「ボクも、のぞみちゃんが大好きだよ。ずっと、ずっと大好きだよ?」

「う、うん…うんっ!」

 のぞみは嬉しい涙を零し、手で顔を覆って泣き出した。

 

「杉が、着替えを持ってきたほうがいいっていったから。ボクも、そうかも…って思ったし」

 ヨースケは、汚れたり濡れたりしたときのため、杉の忠告で着替えを持ってきていた。

 のぞみはその着替えを受け取り、下半身はタオルできれいに拭って、ヨースケのトランクスとジーパンに着替える。もちろんヨースケは、個室の外に出ていた。

 トランクス。それもヨースケのをはくことはとても恥ずかしいことだったが、のぞみは同時に嬉しくもあった。

 自分の汚れたショーツとショートパンツ、ソックスは水で洗い流し、ゴミ袋に詰めて持ち帰ることにする。身体を拭ったタオルも同様だ。靴の中も汚れていたが、それは水で洗って濡れたままでも、がまんするしかなかった。

 ヨースケのパンツとズボンをはき個室を出たのぞみは、

「…こ、これって、み、みんなには内緒だよ…ね?」

 恥ずかしそうに、待っていたヨースケに問う。

「もちろんだよ。誰にもいわない。のぞみちゃんは、遊んでたら濡れちゃったから、ボクが着替えを貸してあげた…ってことにすればいいよ。あのことは、ボクとのぞみちゃんだけの秘密だよ?」

 自分とヨースケだけの秘密。なんと甘美な響きだろう。

「うん…うんっ!」

 降り注ぐ陽光が、手を繋いでトイレから出てきた二人を照らす。のぞみは一度眩しそうに目を細めると、

「ヨースケくん、大好きっ!」

 ちゃんと声にして告げ、陽光にもまけない眩しい笑顔で、ヨースケに向かってにっこりと微笑んだ。

 

 仲良く手を繋いで歩き去るのぞみとヨースケを、木陰から見送る二つの影。

「で、あの二人、うまくいったようだな」

 杉の言葉に、

「はいぃ、それはもちろんですわぁ。好意を寄せる異性の排便に、心を揺り動かされないお人など、おりませんものぉ。亞衣里が愛用している、超強力下剤のおかげですわぁ」

 亞衣里がおっとりとした口調で答えた。

 そう、実はのぞみが下痢ぴーになってしまったのは、食中りではなかった。おぼえているだろうか? 食事のとき、杉がいちいち全員にお茶を手渡してまわったのを。

 そのお茶の中には、のぞみのものだけに下剤が混入されていたのだ。

 なぜそんなことをしたのか。

 杉は、ヨースケからのぞみのことを好きだと聞かされて、「なんとかしてやりてぇなぁ」…と考えていた。

 そして亞衣里は、のぞみのヨースケへの想いも、ヨースケののぞみへの想いも、結構早い段階から見抜いていた。

 どうやら亞衣里は、そういうことに勘が働くらしい。そのうえ杉がヨースケのことで悩んでいることまでも見抜いた亞衣里は、自分が悩みを見抜いることを杉に告げ、

「杉さん…亞衣里にいい考えがございますわぁ」

 それは、ヨースケにのぞみの排便行為を見せつけるという、常軌を逸脱した作戦だった。

「お前…バカだろ?」

 杉の当然といえば当然のいいように、

「杉さんこそバカちんですわぁ…よく考えてくださいませぇ。好きな異性の排便ですわよぉ…それはもぉ、ドキドキ胸きゅんものですわぁ。

 なぜならぁ…亞衣里がそうですものぉ」

「それはお前だけだ」

 しかし杉を無視して、

「うんちをお漏らししてしまい、途方にくれるのぞみん(のぞみ)。それを見て、もう辛抱たまらん〜…な、よっちぃ(ヨースケ)。でぇ…すぐさま告白ですわぁ。

 もともとお二人は両想いなのですからぁ、これで問題解決ですわぁ〜」

 なんだか自信たっぷりな感じの亞衣里に、杉も「そうかもな。っていうか、なんか面白そう」と思い。今日のお出かけを企画したのだ。

 ちなみに亞衣里は、のぞみをずっと見張っていた。のぞみの我慢の限界がきていることを見抜き杉に知らせると、杉がヨースケを呼んだ。のぞみの側を離れさせるためだ。

 それは、

「のぞみんはまだ素人(なんの?)ですわぁ。最初からよっちぃの目の前で排便だなんてぇ、ちょっと耐えられませんわぁ。壊れちゃうかもしれないですわぁ」

 と、そんな亞衣里の友情(?)からの行為だった。

 なにか、最初から最後まで間違っている作戦だったようにも思えるが、ま、結果的にはうまくいったわけで、結果よければ全てよしな感じだ。

「よっちぃよかったですわねぇ…のぞみんの排便見れてぇ…杉さんだって、速珂さんが排便をなさるところを見たいですわよねぇ?

 杉さん、速珂さんことお好きですものねぇ…みえみえですわぁ」

 杉の表情がギクッ…と固まる。

「でもざんねんですわぁ…速珂さん、おつき合いなさっている方がおられますものぉ。杉さん…おかわいそうですわぁ」

「マ、マジかそれっ?」

「はいぃ…年上の方ですわぁ。もう…やっちゃってますわねぇ。えぇ、きっとやりまくりですわぁ」

 なぜか、うっとりとした顔で頬を赤らめる亞衣里。

「お、おいっ! その話もっと詳しく教えろっ」

 杉が慌てた様子で亞衣里の両肩を掴んで揺するが、

「はあぁ…やりまくりですわぁ。どのようにして、やりまくっておられるのでしょうかぁ」

 どうやら亞衣里は、妄想に支配されてしまっているようだ。

「おいコラっ! お前なにあっちの世界いってんだよっ」

「きゃっ…そ、そんなことまでなんてぇ…亞、亞衣里、た、たまりませんわぁ〜」

 亞衣里の妄想説明に、杉の神経はボロボロと崩れていく。しかし杉が廃人と化してもなお、亞衣里の妄想説明は止まることを知らない。

「ああぁ、は、速珂さん〜。そ、そんなぁ…い、犬のうんちまでなんてぇ。そ、そんなの、亞衣里だってまだしてませんのにいぃ〜」

 できたてらぶらぶカップルと、年上の彼氏ととんでもないことをしていると妄想されている少女(亞衣里の妄想よりすごいことをしているうえに、そのお相手は実の兄)が、廃人と化した少年と妄想五回転六捻り少女の姿が見えなことに気がつき捜索を始めるのは、初夏の日も陰ろうとする時間のことであった。

 


戻る   

動画 アダルト動画 ライブチャット