Believe

 

 

     『Be・lieve』

 

「姉さん?」

 少年の呼びかけに少女ははっとしたような仕草をみせ、「なに?」と聞き返した。

「いや……なんか、ぼーってしてたから」

「そう? ごめんね」

「謝られることじゃないよ」

「……うん」

 いつもとは違う『姉さん』の様子を、少年は怪訝に感じた。

 彼女のことは幼いころから知っている。こんな沈んだ、そう……どこかに消えてしまいそうな『姉さん』を、少年は見たことがなかった。

 彼女はいつも明るくて、少年を包み込んでくれるような優しさと笑顔をくれる存在だ。そんな『姉さん』に、少年はいつのころからか恋をしていた。

 だが、その想いを告げたことはない。

 『姉さん』は、自分のことをどう思っているのだろうか? やはり、『弟』としてしかみていないのだろうか?

 少年は悩む。少女の心を知りたいと願う。

 少年は、勤めて明るく少女に声をかける。

 本当はどうでもいいと感じている、取るに足らない話題。

 少女は少年の話題に耳を傾け、時に頬笑み、時に首を傾げ自分の考えを告げる。

 いつもの二人の関係。

 しかし少年は、少女がいつもとは違うという感じを拭えなかった。

「……ホントに、どうかしたの? 姉さん。今日は変だよ」

「うん……」

「俺にできることだったらなんでもするよ。そりゃ俺は頼りないだろうけど、いつまでも姉さんに甘えているだけの子供じゃないんだ。歳だって、身体だって、もう……」

「分かってる」

 少女の長い髪が風に揺れる。

 サラサラ……サラサラ……音を奏でて。

 少年はその姿に見取れた。綺麗だと思った。そしてなぜか不安を感じ、心にズキズキとした痛みを覚えた。

 二人が会ういつもの『場所』には、少年と少女だけの姿しかない。

 他人が入り込める『場所』ではない。

 なぜなら『ここ』は、『二人だけの場所』だから。

 どこまでも続く緑の平原。その『中心』に置かれた白いベンチに腰掛ける二人。

 静かに風が凪がれる。

 彼方から此方へ。

 此方から彼方へ。

 どこまでも拡がる『閉じられた世界』を。

 長い沈黙のあと、少女は口を開き言葉を紡いだ。

 サァー

 一際強い風が、足下の短い草を空に乱舞させた。

 少年は、少女の言葉に目を見開いた。

 言葉の意味を理解するまでの時間。そして理解し、どうにか言葉を返すまでの時間。少年はその姿のまま固まっていた。

「……じょ、冗談……だろ?」

 少女は首を小さく横に振った。

「ウソだッ!」

「……ウソじゃないの。あたしには分かるの。だから……」

 少女の言葉はそこで途切れた。

 少年はなにも言えなかった。

 沈黙。

 止まる時間。

 凪がれ続ける風。

 そして……。

 

 

     『+0』

 

 この世界は『気に入らないこと』で満ちみちている。

 

 

     『1』

 

 狭山亜紀子は、一言でいえば潔癖な少女だ。

 真面目と言い置き換えることもできるだろう。それも、融通のきかない真面目さだった。

 亜紀子は、常識外れ(彼女にとっての)な行動はけしてしない。

 たとえ車の往来がなく、誰も見ていなくても信号無視はしない。赤は止まれ。青は進め。幼稚園児でも知っている常識だ。

 ゴミのポイ捨て。順番の割り込み。公共の場での大声での会話。病院や電車内での携帯電話の使用。

 それらは彼女にとって、あまりに常識を逸脱した行為である。

 満員電車に揺られながら学校に向かっている亜紀子の隣で、中年のサラリーマンが当然のように携帯電話を使用している。

 亜紀子は、自分の父親と同じ歳くらいのサラリーマンに対して怒りを覚えていた。

(どうしてこんなに平然と、やってはいけないことができるのかしら)

 声にはならない怒りを含んだ言葉が、亜紀子の脳裏を刺激する。

『やってはいけないこと』

 常識から外れた行為、行動。

 だが亜紀子は、サラリーマンに「電車の中で携帯電話を使わないでください」とはいわない。それほどの度胸はないし、いえば自分の方が変だと思われると感じているからだ。

 自分の意見の方が正当なのに、それが一般では認められない。

 歯がゆい。そして悔しい。

「私にもっと『力』があれば」

 そう思う。

 その『力』がなんなのか、明確に思い浮かべることもなく願う。

「『力』が欲しい」

 ……と。

 ゴトゴト……ゴトゴト……。

 感じ馴れた電車の振動に身を委ねながら、亜紀子は隣からの不愉快な声をどうにか遮断しようと努力したが、結局その努力は無駄に終わった。

 亜紀子が彼女と同じ高校の制服を着ている何人かと共に、吐き出されるように電車から出、その電車の扉が閉まるまで、サラリーマンの声は彼女の聴覚を刺激し続けた。

 

 

     『1.5』

 

 『強く』なりたい。あの人みたいに。

 

 

     『2』

 

 「誰かの為になにかをしてやる」という考えは、無知な『子供』の傲慢でしかない。

 そもそも人は、「自分の為」以外のことはなにもしないし、できない。

 「誰かの為になにかをしてやった」と、我が儘な自己満足に浸ることはできても、それは「誰かの為」ではない。「自分の為」だ。

 そのことを理解していないと、いつか大きな『後悔』をすることになる。

 

 

     『2.2』

 

 どうしてあたしは、『恋愛感情』を『特別』なものだって勘違いしていたのだろう。

 『恋』なんて、どこにでも転がっている『取るに足らないもの』なのに。

 そして、唐突に終わり、すり抜け、消え去ってゆくものなのに……。

 

 

     『2.8』

 

 問題

・ケースT

 Sさんは快楽殺人者です。Nさんがあまりにかわいいので殺してみたくなり殺しました。それはとても気持ちがよく、Sさんは満足しました。

・ケースU

 Sさんは恋人のNさんに別れ話を持ちかけられ、どうしても別れたくないので、Nさんを殺して『自分だけの存在』にしました。別れるくらいなら殺してしまった方が良いと思い込んでしまうほど、Nさんを『愛して』いたのです。

 

 さて、ここで問題です。

 ケースTのSさんと、ケースUのSさん。どちらのSさんの方が、より『悪くない』でしょう?

 

 答え

 どちらも同じです。

 

 

     『3』

 

 寒い。

 カラダが割れるように、寒い……。

 

 

     『3.6』

 

 授業なんてものは、オレのような普通の中学三年生には退屈なものだ。

 まぁ確かに、勉強ができないよりできた方がいいに決まっている。オレたちはこれから高校受験を経験しなければならない。法律で決まってるわけじゃないけど、それが当たり前のことだ。

 良い高校に進学し、良い大学に入り、良い会社に就職する。そのためには、勉強をし続ける必要がある。

 そうしなければ『負けて』しまう。そう決まっているらしい。

 オレは、そんなこと誰が決めたのかなんて幼稚なことでは悩まないけど、かといって『勝つ』ことがそんなに重要なこととも思えない。

 だから適当に授業を聴き、適当に試験を受け、それなりの成績を示す。

 面白くもなんともないが、そんな同じことの繰り返しのような日々に、オレは満足している。

 変わったことなんかなくていい。だらだらと流れる時間が幸福だと感じている。

 いつまでも、こんな生ぬるい毎日が続けばいい。

 くだらないことで友達と笑いあい、頼まれもしないのに女の子の評価をして、あーでもないこーでもないと意味のない会話で盛り上がる。

 そんな幸福な時間がいつまでも続くのなら、それなりの努力はする。

 義務を果たさず権利を主張するほど、オレは子供じゃない。

 だがこうしている間も、時間は流れている。

 オレたちを『大人』へと押し進めていく。

 『大人』になりたくない。なんてことはいわない。そもそも『大人』の定義なんて分からないし。

 もしかしたら、オレはもう『大人』かもしれないし、ホントは『大人』なんてものは存在しないのかもしれない。

 だから、考えるだけ無駄ってことさ。

 考えたいヤツが考えればいい。もし答えがでたら、よかったらオレにも教えてくれ。ダメなら別にいいから。

 要するにだ。

 オレは今の生ぬるい毎日にも、そしてオレ自身にも満足しているってこと。

 

 

     『3.7』

 

 忘れられないイメージがあるの。

 たぶん初夏。

 緑の草原に風が凪がれ、どこまでも続く青空が広がっているの。

 慈愛に満ち、心休まるイメージ。

 あれは現実だったのかしら? それとも、夢の中の風景だったのかしら……?

 思い出せない。

 でもいいの。

 そのイメージも一緒に、私は私の全てを捨ててしまうのだから。

 風が吹いているのね。

 ねぇ……このまま私を連れていってくれる?

 このまま、どこかへ……。

 

 

     『4』

 

 いつか、必ず幸せになれると思っていた。

 いつも愛する人が側にいて、ずっとその人と頬笑み合いながら暮らしていけると。

 そういう毎日がほしかったの。

 それって、贅沢なことだったのかな。あたしには、初めから無理だったのかな。

 わからない……あたしには、もうなにもわからないの……。

 闇色の夜。

 暗く、重く、どこまでも引きずり込まれるかのよう。

 戻れない。

 幸せを求めたいた、幸せだと感じられなかった毎日。退屈でなにもなく、ただ同じ事を繰り返していた、本当は幸せだったころには……。

 受け入れてしまったの。

 今のあたしを。

 取り返しのつかないほど汚れてしまった、自分自身を。

 だからあたしは、もう……本当には笑えない……。

 

 

     『4.4』

 

 落ち葉で彩られた遊歩道を歩きながら、堀越こずえは冬の到来を感じていた。

 気の早いクリスマスソングがどこからか流れ、「もう今年も終わりなんだよ」と頼んでもいないのに教えてくれる。

 容赦なく流れる時間は、こずえにも他人との差別なくその恩恵を与える。高校受験を経験したばかりだと感じるのに、来年の今頃は大学受験で全てを支配されているだろう。

 時間だけが過ぎ去る。恐怖と強迫観念を、こずえに植え付けながら。

 あたしは、なにもかわらない。幼い頃思い描いていた高校生の自分は、現実とは違い大人で余裕があった気がする。

 だが実際高校生になっても、こずえは自分が大人だとは思えなかった。地味で退屈で、なんの取り柄もない。

 いてもいなくても、どうでもいい存在。

 自分のことを、こずえはそう思っている。

 友達がいないわけではない。でも、親友はいない。なんでも話せて、悩みをうち明け合い、共に励まし合う関係の、こずえが頭に描く親友という存在。

 これまでの人生で、誰一人こずえの“親友になってくれた友達”はいなかった。

 それはなぜか?

 それは、自分がどうでもいい存在だからだ。

 なにもできない子供だからだ。

 ただ時間に流されるままに、なにも成長せずに年齢だけを重ねている、そんな取るに足らない人間だからだ。

 溜息がでる。

 どうしてあたしは、こんな臆病で、なにもできなくて、なんの力もなくて、ちっぽけな人間なんだろう……。

 だからこの歳になっても、親友も恋人もできない。

 たった一人の、孤独な毎日。

 強くなりたい。明るく、社交的で、魅力的な女の子になりたい。

 友人に囲まれ、恋人に愛され、充実した毎日を送りたい。

 だがこずえは、そう願い渇望することはできなても、具体的にどうすれば自分が望む自分になれるのかわからなかった。

 だから、なにもせず、なにもできずに、かわらない毎日を繰り返すだけだ。

 これは本当の自分ではない。今の自分は、偽物の自分だ……と、そんな現実逃避に逃げ込めるほど、こずえは自分に対して無知ではない。

 今の自分が、悩みを抱え、自分にないものを渇望し、でもそれを解決することができない自分こそが、自分本来の姿なのだとこずえは理解していた。

 マニュアルもなく、道標もない。どうすればいいのか教えてくれる人もいない。

「あたしの人生を、よりよく、理想的に、素晴らしく、幸せで、充実したものにするには、いったいどうすれば、なにをすればいいのですか?」

 誰に訊けば教えてくれるの? その答えを知っている人がいるの?

 あたしにその答えを示してくれるほど、あたしのことを知っている人が、いったいどこにいるっていうの?

 そんな人はいない。

 先生? ダメ……どうせ「そんなことは、大学に入ってから考えればいい」っていうに決まってる。

 両親? それもダメ。お父さんにそんなこと訊けない。だって、恐いもの。お母さんは、弟の隆哉(たかや)のことしかかわいくないから、「なにバカなこといっているのッ。ホントお姉ちゃんはダメなんだから」って、凄く突き放した目でみるに決まってるわ。

 友達にも訊けない。変なふうに思われる。そんな重い話題すると、変わった子だって噂されて、もしかすると孤立してしまうかもしれない。

 こずえは、出口のない迷宮に迷い込んだように、与えられない光を求め彷徨っていた。

 

 

     『4.9』

 

 あの頃のボクは、なんの変化もなく繰り返される毎日に退屈していた。起きて学校にいき、つまらない授業を聴き友達とダベって、そして家に帰ってくる。

 そんな、同じことの繰り返しの毎日に。

 でも気づいたんだ。変化なく繰り返される毎日が、必ずしも退屈なわけじゃないって。例え同じように思えても、その一日、その瞬間は、たった一度しかないかけがえのない『時』なんだって。

 ボクは気づいたんだ。

 だからボクは、ありふれた日常を大切に、精一杯に生きることにした。

 でもこれは、当たり前のことなんだろう。それまでのボクが、なにも知らない『子供』だっただけなんだろう。

 生きているという『奇蹟』に、気が付いていなかっただけなんだろう。

 ボクは今『幸せ』だ。

 『幸せ』な『ありふれた日常』を大切に、そして目一杯に楽しんでいる。

 

      『5』

 

 なくしたと思いこんでいる〈なにか〉をみつけたら、きっと雨は上がるはず。

 

 

     『5.1』

 

 この扉の先には、紅い雪が降っている。紅い雨が降っている。

 迷い子のような少年が、うつむくことなく進んでいる。躓くことなく歩んでいる。

 さしのばさられる腕はなく、孤独の歌が響いていても、キミの世界はキミのもの。

 

 

     『5.2』

 

 封じ込まれた呪文を再度

 産まれた言葉に迷いを残し

 ただ

 うつむくだけの日々

 

 

      『5.3』

 

 闇の迷い子を敬え

 彼女は例え崩れても

 飢えたネズミのように藻掻き

 コタエを示してくれるだろう

 

 

      『5.4』

 

 深緑の瞳と長い白髪

 指先は細く真っ直ぐで、碧い影など欠片もない

 紅い唇艶と濡れ、紡ぐ言葉は真白に染まる

 

 例えば藻掻く子鹿のように

 

 

     『5.5』

 

 微笑みさえ凌駕して 彼らは……。

 

 

     『5.6』

 

 完全なヤツなんていない。

 誰もが誰かの敵なのさ。

 したり顔で糞のような自我を吐き出すヤツも、間抜けズラで一方的な祝福とやらを撒き散らすヤツも。

 結局、みんな同じなのさ。

 自分だけが特別だと勘違いして、大事なことを見落としている。

 だけど、それのなにが悪いんだ?

 〈お前〉は結局〈何様〉だ?

 

 

     『5.7』

 

 認められないのは辛いから、死角から出る杭を叩いてみる。

 自分がなにをしてるのか、自分が一体〈何様〉か、そんなことは関係ない。

 一方的に他者を貶め、愉悦に浸るだけでいい。

 誰も〈お前〉を見つけない。誰も〈お前〉を責めはしない。

 ただ嗤っていればいい。

 だけど、それでいいのかい?

 〈お前〉は結局〈何様〉だ?

 

 

     『5.8』

 

 全てはウソの塗り重ね。

 誰もわかりはしないから。

 それでも自分はわかってる。

 全てはウソの塗り重ね。

 始まりなんてそんなもの。

 

 

     『5.9』

 

 他人のいうことなんか知ったことじゃない。

 自分でなんでも決められる。

 弱いヤツほど自分を貶め、まるで見てはいられない。

 思わず嗤ってしまうから。

 それでも〈オレ〉は微笑んで、弱いヤツらに手を伸ばす。

 心の中で嘲笑う。

 

 

     『−0』

 

 他人のいうことは為になる。

 自分を測る針になる。

 出来うる限り誠実に、真っ直ぐ立っていたいから。

 優しさだけを繋げていけば、〈彼女〉はいつか笑ってくれる。

 

 〈ボク〉は〈彼女〉が好きだから。

 

 

     『Believe』

 

 つながる〈きおく〉のそのさきに

 


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