『嗜好』
冴月音葉(さえつき おとは)は葛藤していた。 音葉の足下には、『美味しそう』な『それ』が転がっていたからだ。 (……ど、どうしよう?) 音葉は辺りを見回した。 誰もいない。少なくとも、音葉の眼には誰の姿も映らなかった。それも当然だ。音葉は小さな寂れた公園のトイレの中にいるのだから。 初めて訪れた友人の家からの帰り、突然の尿意に襲われた音葉は、目についた公園の公衆便所に飛び込んだ。 個室(このトイレには男女の区別がない)のドアを開けた瞬間、『それ』が音葉の目に飛び込んできた。 『それ』は、和式便器の側面(足を踏ん張る場所の辺り)に鎮座している、見事(?)な『一本糞』だった。 (す、すごい……あぁ、あ、美味しそうっ!) 口の中に涎が溢れる。この前音葉が他人の『人糞』を口にしたのは、何ヶ月前のことだったろう? 音葉は尿意も忘れ、『それ』に見取れていた。 (い、いいよね? 誰も視てないよね?) 素早くしゃがみ込んで、音葉は『それ』を手にした。 まだ乾燥しきってない『人糞』は、しっとりした質感で触り心地も最高だ。音葉は手にしたものを鼻に近づけて『香り』を堪能すると、小さな唇を大きく開き、パクっ……とむしゃぶりついた。 チャッ……ニチャッ…… (お、美味しいぃ〜) 音葉は口に入れた『それ』を夢中になって咀嚼し、口腔内で唾液に溶けてニュッチャリとなった『それ』を、ゴクン……嚥下する。 (あっ、ハァーっ……) 咽を下り、胃に収められる『それ』。いいようのない充実感。 だが嬉しいことに、音葉の手の中には、まだ大量に『それ』が残っている。彼女は、次々と『それ』を咀嚼しては嚥下した。 音葉が『それ』を全て胃の中に納めるまで、五分とかからなかった。 そして彼女は、口の周りと桜色の唇に付着した『残り』を舐め取り、 「あぁ……美味しかったぁ〜」 満足げな顔で呟いた。
音葉のあだ名は『ろりぃ』である。カタカナではなくひらがなだ(特に意味はないのだろうが)。 あだ名の由来は、音葉が実年齢よりも幼く見え幼児体型をしているのと、声がアニメのキャラ(髪の毛がピンク色で、主人公を「お兄ちゃん」と呼ぶ『妹』キャラ)っぽいのと、腰まで伸ばした髪をサイドで二つ結び(リボン使用)にしている髪型が、正に『ろりぃ』だからである。 そんな、友人たちの中では『妹』的な位置いる音葉の性癖(とはいっても、音葉は処女なのだが)は、いわゆる『スカトロ』に属するものだった。 音葉がスカトロに走ってしまったのには、当然だが理由がある。それは、彼女が幼い(今も見た目は幼いが)頃に住んでいたアパートの、その隣の部屋に住んでいた青年の影響だ。 彼は『ロリコン』だった。そして『スカトロマニア』だった。彼は十歳以下の少女(幼女といってもいいだろう)にしか興味がなく、隣に住む幼い日の音葉は彼にとって絶好の『獲物』だったのだ。 「お兄ちゃんの言うこときいてくれたら、お小遣いあげるよ。でも……誰にも内緒だよ? パパにも、ママにも……ね?」 その言葉(特にお小遣い)に、音葉は簡単に頷いた。『隣のお兄ちゃん』は優しいし、いつも遊んでくれるから、音葉は『隣のお兄ちゃん』が大好きだった。 そして、小瓶に入っていた『白くてネバネバしたモノ』を食べて、百円貰った。幼い音葉にとっては大金だった。嬉しかった。 その日以降、お小遣いが欲しくなると、音葉は『お兄ちゃんの言うこと』をきいた。 オチンチンを舐めて、少し臭いネバネバした液を飲んだ。百円貰った。 お兄ちゃんの前でおしっこをした。お兄ちゃんはそれを飲んだ。百円貰った。 お兄ちゃんの前でウンチをした。お兄ちゃんはそれを食べた。百円貰った。 お兄ちゃんのおしっこを飲んだ。二百円貰った。 お兄ちゃんのウンチを食べた。三百円貰った。 でも、約束だから、誰にも内緒だった。約束を破ったら、もうお小遣いを貰えないと思ったから。 だから、引っ越しが決まったとき音葉は嫌がった。両親は友達と会えなくなるのが嫌なのだろうと思ったが、実は音葉は、お兄ちゃんからお小遣いが貰えなくなるのが嫌だった。 でも…約束だから誰にも内緒だった。
それから何年かが経過し、音葉はかつて自分がなにをして(されて)いたのか理解できる様になった。 嫌悪感で胸が一杯になったが、なぜか『隣のお兄ちゃん』を恨むことはなかった。もう顔も憶えていない『隣のお兄ちゃん』。それよりも音葉は、自分の愚かさの方を嫌悪した。 しかし、自分がどれ程『汚いこと』をしていたのかを思い出す度に、音葉は『奇妙な感じ』も味わっていた。 身体の芯が熱くなり、なんとも言えない思いが駆けめぐった。 それは『怒っている』のではく、もっと違う……どちらかといえば、『気持ちいい』感覚だった。 そして……きっかけは夢だった。 夢の中で、音葉は汚物にまみれていた。それは、人間のあらゆる排泄物が混じり合ったモノだと音葉は『理解』していた。 だが『それ』は全く嫌ではなく、音葉は『それ』を躰中に刷り込んだ。自分が『汚れて』いくのが分かって、とても『気持ちよかった』。 目を醒ますと、音葉のショーツは濡れていた。 最初は、自分のおしっこを飲んだ。なぜそんなことをしたのか、音葉は自分でも分からなかった。 美味しくはなかったけど、『気持ちよかった』。 次はウンチを食べた……ちょっと『美味しかった』。でも、口が臭くなるのには困った。色々試して、牛乳を飲めば臭いが薄らぐのを知った。 排便する度に、自分のモノを飲んで、食べた。 やがて、それだけでは物足りなくなっていった。 (誰かの……あたしのじゃないのを食べたいっ!) そう思う様になった。 もう……戻れなくなっていた。 しかし、他人の排泄物など簡単に手に入るモノではない。結構悩んだけれど、良い考えは浮かばなかった。 動物のモノなら道に落ちているが、動物のモノはイヤだった。 『人間のモノ』でなければならない。音葉の中で、なぜかそう『決まって』いた。
音葉は、友達の一人とお喋りしながら下校していた。 話題は、クラスの中で一番格好いい男の子のことだった。友達が、その男の子のことが好きだといった。 その娘の態度を視ていれば一目瞭然だったが、音葉は「えーッ! そ、そうだったの!?」 と驚いて見せた。 友達の間では、音葉は恋愛のことなんてなにも分からない『子供』なのだ。自分がそう位置づけられていることを、音葉は理解している。 求められている役を演じるのが、女の子同士の『友達付き合い』なのだ。役を外れてしまうと、『輪の中』から弾き出されてしまう。 だから音葉は、 「あたしはなにも知らないんだよ。だって子供だもん」 という仮面を被り、 「あたしは、男の精液もおしっこも飲んだし、ウンチだって食べたんだよ。知ってる? ウンチって、とお〜ってもっ! 美味しいんだよ?」 とは、けして言わないし顔にも出さない。 そんな『友達』は必要とされていないから。そんな『変態』は必要とされていないから。 自分が『変態』だという認識は、音葉にはある。そして、それを隠し通す自信も同時に持っていた。 退屈な会話を適当に続けながら、音葉は、 「ウンチ食べたいなぁ〜」 と思っていた。 不意に、頭の中にあの美味しそうな固まりがリアルに浮かび、音葉は溢れる唾を飲み込む。 「どうしたの『ろりぃ』? お腹空いた?」 「えへッ……うん、ちょっと……ね」 「じゃ、なんか食べてこっか?」 「うんっ!」 「あーあ、喜んじゃって。『ろりぃ』は、ホント『お子ちゃま』ねぇ」 本当は空腹ではなかったが、音葉はファーストフードに寄り、アップルパイを買って食べた。 その間も友達は男の子の話を続けて、音葉はアップルパイを小さな口でつまみながら相づちを返していた。 「ここで、ウンチも売ってたらいいのになぁ〜」 と、思いながら。 |