『腐蝕』

 

「お兄ちゃん。えっちしよっ?」

 日曜日の昼下がり。健人(たけひと)が自室で大学のレポートを作成していると、義妹の茜(あかね)が部屋に飛び込んできた。

「お兄ちゃんは忙しいの。後でしような」

「いやっ! いまからするのっ」

 健人はレポート用紙に走らせていたペンを止め、

「我がままいう子は、お兄ちゃん嫌いだな」

 と、茜に視線を向ける。

「わがままじゃないもんっ」

 先週九歳の誕生日を迎えた茜は、「我がまま」といわれたのが不満たったのか、そのやわらかそうな頬をかわいく膨らませた。

「まだお昼だよ。夜になったらしてあげるから、がまんしなさい」

 再びレポートに取りかかる健人。

 が……

「いっやッ! いやっていったらいやなのぉっ」

 茜が駄々をこねた。こうなってしまったら、健人がなにをいっても茜は引き下がらない。三年も一緒に暮らしていると、義妹の「甘えたがりのくせに頑固」という性格……というか性質というかを、健人は思い知らされている。

「……わかった。でも、一回だけだよ」

「ホントっ!? やったあぁ」

 茜は健人のベッドに上がり、服を脱ぎ散らかして裸になった。116cmの茜の身体は、完全な子供のそれだ。胸に膨らみはなく、その二つの先端は淡い桃色の小さな円を描いている。とうぜん股間に茂みはなく、健人に処女を捧げて一年以上経つにも関わらず、茜の秘部は肌に刻まれた短い一本の線でしかない。

「お兄ちゃん。はやく、はやくぅ」

 待ちきれない様子の茜。健人は苦笑してベッドに向かった。

「お兄ちゃんも服にぬでよぉ。ちんぽ出してっ」

 仕方なさそうに服を脱ぐ健人。

「あぁ〜っ。ちんこおっきくなってないぃ」

「すぐにはならないよ……」

「うそっ! お兄ちゃんママとえっちするときは、パンツぬぐまえからおっきくなってるもんっ」

 健人は痛いところをつかれて言葉を失った。たしかに義母の聖美(きよみ)との行為では、茜のいう通りだった。

 義母とはいえ、事情があって十四歳で茜を産んだ聖美は健人と同い年で、健人にとって聖美は義母である前に、二十一歳の魅力的な女性だ。

 三年前父が聖美と再婚したときも、再婚から一年足らずで父が事故死してからも、父の死から二ヶ月で聖美と関係を持ってしまってからも、それはずっと変わっていなかった。

 茜は聖美の娘である。これは間違いない。聖美がはっきりとそういっている。

「わたしは十三歳のときにレイプされ、茜を身ごもりました。両親の宗教上の都合で中絶は許されませんでした。わたしも、茜を殺したくはありませんでした。名前も、どこの誰ともわからない、知らない人との子ですが、わたしは茜を愛していますし、とても大切に想っています」

 初めての行為の後、聖美は健人に「茜の秘密」を打ち明けた。それまで健人は、茜の出生に関しては「事情がある」としか聞かされていなかった。

「茜には、本当の父親は死んだと教えてあります。どうかこのことは、茜には秘密にしておいてください」

 健人は肯いた。

 数ヶ月後。その夜健人は、聖美との行為をトイレに起きたらしい茜に目撃されてしまった。

 茜は母と義兄がなにをしているのか理解していなかったが、

「ママだけおにいちゃんにあそんでもらってずるい。あかねも、おにいちゃんとあそびたいよぉ」

 といって、二人の間に入り込んできた。

 困惑している健人に聖美はいった。

「茜にもしてあげてください」

 と。

 健人はその言葉の意味がわからず、どういう意味かと聖美に訊いた。

「言葉通りです。茜にも、わたしにしてくださるのと同じことをしてあげてください」

 躊躇った。できるとは思えなかったし、していいとも思わなかった。

「あそんで?」

 せがむ茜。

「遊んであげてください」

 頬笑みながらいう聖美。

 なにがなんだかわからなかった。聖美が「そんなこと」をいうとは、夢にも思っていなかった。

「できないよ」

 健人はいった。

「でしたら、わたしとの関係もこれまでです。茜とわたしを同じように愛していただけないのなら、もうここにはいられません」

 聖美は穏やかな口調だったが、それは脅迫以外のなにものでもなかった。

 沈黙する健人。

 聖美は、

「もうお遊びの時間は終わったのよ。お兄ちゃんには、また明日遊んでもらいましょうね?」

 と茜を、茜と聖美の寝室に帰した。茜は眠いこともあり、母の言葉に従った。

 茜が健人の部屋から出ていくと、彼は聖美に訊ねた。

「……親父とも、茜ちゃんはしていたのですか?」

「いいえ、あの人はわたしともしていません」

 知らなかった。

「あの人にとって、わたしは「娘」だったのでしょう」

「じゃ……どうして結婚なんか……」

「それは、わたしが、わたしと茜が哀れだったからだと思います」

 聖美は父との馴れ初めを説明した。聖美の母と健人の父は幼なじみで、健人の父にとって聖美の母は初恋の女性だったこと。

 聖美の両親はバカがつくほどのお人好しで、それが理由で友人の借金を背負い込んでしまったこと。

 その借金を聖美の父は、自殺して保険金を手に入れるという方法で支払ったこと。

 父の自殺以降母がおかしくなってしまい、その半年後に母も自殺したこと。

 母は保険に加入しておらず、聖美には遺産と呼べるものはなにも入ってこなかったこと。

 そのとき聖美は、まだ十七歳だったこと。

 両親以外に身寄りもなく、三歳の娘を抱えて途方にくれていた聖美に、金銭に余裕があった健人の父が援助を申し出てくれたこと。

 しばらく時間が経過して聖美が十八歳になったとき、健人の父が聖美に結婚を申し込んだこと。

 聖美がその求婚を受け入れたこと。だが結婚しても、夫婦の関係は一度もなかったこと。

 全て、健人が知らないことばかりだった。

 次の夜。

 健人は聖美が見ている前で、茜と関係を持った。茜は痛がりはしたが、イヤがりはしなかった。できないと思っていたが、茜の部分は健人を受け入れた。その夜健人は、聖美と二回、茜ともう一回交わった。

 なぜ聖美は、健人と茜が交わることを望んだのか? これで、こんなことをして本当によかったのか? 二人との行為が終わった後でも、健人にそれらの答えを導き出すことはできなかった。

 あれから一年以上が経過した今でも、健人にはその答えが出ていない。

 

 結局健人は、茜の膣内に一度、口腔内に一度、計二度の射精を終えてから、レポート作成に戻った。

 だが茜はそれだけでは満足できなかったのか、健人のベッドで一時間ほどオナニーをしてから、

「また、夜にえっちしようね」

 といい残して、健人の部屋を出ていった。

 義妹のオナニーヴォイスをBGMとした健人のレポート作成は、あまりはかどらなかった。茜が部屋を出ていった後も、彼はレポートに集中することはできなかった。

「これで、このままでいいのか?」

 暇さえあれば行為を強請る「妹」。それを受け入れてしまう「兄」。「兄妹」の行為を、頬笑ましげに感じているらしき「母」。

 変だ。おかしい。ズレてる。

 どこか、「間違って」いる……。

 健人はレポートよりも、そんな「意味のない」思考により多くの集中力を使っていた。

 無駄な足掻き。考えるだけ時間の無駄なのに。「答え」など出るはずがないのに。

 それでも健人は、考えずにはいられなかった。考えている間だけ、自分はまだ「正常」だと感じられるから。もう「戻れない場所」まできてしまっているという事実から、眼を逸らすことができるから。

 自分が世間から逸脱してしまったと認められるほど、健人は「強く」なかった。だから「意味のない」思考に浸る。「逃げ場所」を求めて。

 しかし今夜もきっと、健人は「母」と「妹」を抱くだろうし、「母」と「妹」は健人に抱かれることを望むだろう。

 なぜなら、それが「当然」だからだ。「当然」となってしまっているからだ。そして「弱い」健人に、快楽を捨てることなどできないからだ。

 聖美と茜。「母」と「妹」。だがそれ以前に、健人にとって彼女たちは「女」だった。

 彼女たちが与えてくれる快楽。快感。

 気持ちいい。捨てられない。

 彼女たちと交わり、肉を重ねる心地よさ。

 満たされる。幸福だと感じる。

 なくしたくない。手放したくない。

 倫理。人としての「枠」。

 快楽に浸っているときは、そんなものはどうだってよくなる。

 ここには、健人を責める者などいない。誰も明確に「間違い」を指摘しない。だからいつまでも、彼は「ぬるま湯」に浸かっていた。

 それが一番楽だから。楽しいから。気持ちがいいから。

 どこか矛盾を感じる生活が、日常へと変化してきている。このまま、この生活が「普通」となってゆくのだろうか。

 まだ、部屋に漂っている茜の残り香。その甘く生々しい香りを嗅ぎ、健人はすぐにでも聖美を抱きたいと強く思った。



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