「進め! 光ちゃん」
放課後の教室。ボクは、鬼気迫る顔で黒板に茶色のチョークを走らせる光を見付けた。っていうか、見付けてしまった。 「ひ、光…なにしてるの?」 「あっ! ワカメ丸(主人公の名前)くん」 光が手を止めてボクを見た。 「今ね。<木霊さま>を呼び出してるんだよ」 「こ…こだまさま? なに、それ…?」 「えぇっ? ワカメ丸くん、<木霊さま>知らないのぉ?」 知るかっ! 「…う、うん」 「<木霊さま>はね。学校に住んでいる妖精なんだよ」 「よう…せい?」 「そうだよ。でね、<木霊さま>は子猫の生き血と引き替えに、恋のおまじないを叶えてくれるんだぁっ」 な、なんだよ…子猫の生き血って。それ、本当に妖精なのかっ? 「へ、へぇ…そ、そうなんだ? それで光は、こだまさまを呼び出してどうするの?」 「もうっ! だから、恋のおまじないを叶えてもらうんだよ」 「そ、そう…? 光がねぇ」 「むっ! なによそのいいかたぁ。それじゃあたしが、恋に悩むことなんてないっていいたいのぉ?」 そういってんだよっ! 「そ、そんなことないよ。光だって女の子だもんね」 「そうだよ。あたし、きゅーとなレディだもん」 殴って…いいのだろうか? いや、止めておこう。どうせ返り討ちにされるのが、目に見えている。光は「ポコペン狸さん流武術(いかにして効率よく人を壊せるかを、古くから追求してきた、いわゆる殺人術だ)」の使い手だからな。 「で、でも子猫は? 生き血が必要なんだろ?」 幸運にも、辺りに子猫の姿はない。 が… 「いるよ」 光は「バシュッ!」っとジャンプすると、教室のほぼ真ん中にある机(確か近藤の席だ)に飛び乗り、しゃがんで机の中に手を入れた。 そして、 「にゃ、にゃあ〜ぁ」 こ、子猫の鳴き声だ…。 「ねっ?」 光が子猫の首を鷲掴みにしてボクに見せる。 「にゃうぅ〜ん…」 なにかを請うようなつぶらな瞳で、子猫がボクを見つめた。見なかったことにはできないだろうか…。 「…ひ、光?」 「なに? ワカメ丸くん」 「その子猫…」 「生きがいいでしょ? 今朝拾ったの」 「そ、そうじゃなくて…かわいそうだろ?」 「なにが?」 「だから、生き血を捧げるとか…」 「仕方ないよ。それが決まりなんだから」 仕方ないとかいいながらも、光の瞳はランランと輝いている。ヤツは「殺る」つもりだ。 「その…なんだっけ? そう、こだまさまって…絶対に呼ばなくちゃダメなの?」 「…う〜ん。絶対ってわけじゃないけどぉ」 「だ、だったら止めよう? ボクにできることがあるなら、手伝うから…ねっ?」 光の手の中で子猫が藻掻いているが、とてもではないが逃げ出せそうにない。このまま子猫を見殺しにすれば、きっと夢見がよくない。 「そう…ね。ワカメ丸くんがそういうなら…」 光が残念そうな口調で呟く。 コイツ…ボクが思っていたよりアブナイのかもしれない。 「ホ、ホント?」 「うん。だって、ワカメ丸くんが手伝ってくれるなら、おまじない叶ったも同然だもん」 「…へっ?」 どういうことだ? 「あ、あたし…」 ま、まさか…。 「子供のころから、ずっと…」 に、逃げなきゃッ! もう子猫なんてどうだっていい。 ボクが振り向こうとした瞬間。 バシュッ! 目の前に光が降ってきた。 「あたしずっと…」 なぜか…というか、認めたくないだけだが、光は頬を染めてボクを見つめている。ボクは、アナコンダに睨まれた小動物のように動けなくなった。 「ずっと、ワカメ丸くんのことが…」 目の前が歪み、闇色に染まっていく。 「ふにゃぁ」 どこか遠くから、「なんだか安心したような」子猫の鳴き声が聞こえた。
|