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「お子ちゃまは、家でアニメでも観てたらどう?」
その一言に、わたしは「カチンッ!×10」だったけど、もちろん顔に出したりしなかったわ。
「残念ですけど、最近のアニメは大人の娯楽ですわ。子供はアニメなんて観ませんの。ご存知ありませんでしたの? 名探偵柴崎琴香ともあろうお方が、なんのご冗談かしら」
わたしは彼女、柴崎琴香(しばざき ことか)が、「名探偵」と呼ばれるのを嫌っていることを知っていて、ワザといってやった。
まぁ、ささやかな抵抗というものかしら。
わたしは今、柴崎琴香が所長を務める、「久貫(くぬき)探偵事務所」のオフィスにいる。来客用のソファに腰を下ろすわたしの正面には、ガラステーブルを挟んで柴崎琴香の姿。
初めて対面した彼女は、さすがに名探偵なんていわれているだけあって、なにか理解しがたい威圧感を備えていた。
見た目は二十二、三歳に見えるけど、実際には二十六歳のはずだ。わたしより十五歳も年増……い、いいえ、年上の彼女。
「お子ちゃま」
などと、わたしを軽んじる発言をしたのは、わたしの若さを羨んでいるからに違いないわ。
ま、それは仕方ありませんわ。若さを羨むのは、お歳を召した方の特権ですもの。
柴崎琴香はテーブルに置かれたアイスコーヒー(今は二月よ?)を、下品にもズルズルと音を立てて啜り、
「あんたのことは知ってるわ。美少女探偵とか胡散臭い……っていうか、それこそ冗談みたいな名称でマスコミさんのアイドル気取ってる、おつむのネジを五本ほど下水道に落っことしたクソガキだってね」
……その手には乗らないわ。わたしを怒らそうって魂胆ね。
わたしは営業スマイルで微笑んで、
「わたしのことをご存知なのでしたら、お話を続けさせていただいてよろしいでしょうか?」
「ダメ。というより、聞く気なし」
ッ!
……が、我慢よ。ここは我慢するの、月代巳夜。
あなたは月代家の長女なのよ。こんな成金のお嬢様(なにがお嬢様よ、笑っちゃうわ)なんかとは、格が違うの。
それに名探偵とかいわれてても、わたしの方が解決した事件の数は多いわ。
柴崎琴香は、確かに希有な人材かもしれない。だけどわたしの方が、ずっと、ずっとずっと希有で才能もあるのですわ。
落ち着くのよ、月代巳夜。
さぁ、心の中で深呼吸。
スーハー……スーハー……
「……で、話を元に」
わたしが口を開くと、
ズルズルズルズーッ
「さおりぃっ! コーヒーもう一杯ね」
柴崎琴香が事務員の女性に告げる。
怒鳴りたいのを懸命に堪えるわたしに、
「あんたさぁ……ジャマだから帰ってくれない?」
柴崎琴香は、当然のような顔でいいやがった。
わたしの名前は月代巳夜(つきしろ みや)。十一歳の小学六年生にして、最近ウワサの美少女探偵(もちろんご存知ですわよね?)。
数々の難事件を解決し、今やどんなアイドルよりも知名度は高いはず。ま、わたしならそのくらい、当然のことですけれど。
今、わたしが追っている事件は、昨年の夏から続いている「連続少女失踪事件」。
五歳から十歳までの女の子が、この半年の間に二十四人も失踪している。それも、ごく限られた地域だけで。
間違いなく犯罪だわ。事件だわッ!
だからわたしは、特に女の子の失踪が集中している桃の丘市を訪れ、桃の丘市にオフィスを構える、「名探偵」柴崎琴香に捜査の協力を求めたのだけれど……。
あの女ッ!
思い出しただけで腹が立つわッ。
なにが「名探偵」よッ! ただの我がまま女じゃないッ。あれが本当に、「月曜日の殺人鬼」を捕まえた柴崎琴香なのかしら。
……ま、いいわ。あんな女のことなんか忘れましょう。わたしが気に掛けるほどの女じゃないわ。
あっ! そうだ。
この近く、確か楓の辻町ってところに、あの人が住んでいるはずだわ。あの人なら、少しクセのある人だけど、わたしに協力してくれるに違いない。
久貫探偵事務所が入っているオフィスビルを後にしたわたしは、あの人……紅野笹雨(こうの ささめ)の家に向かうことにした。
……でも、
「おじさまはいませんです」
二年前のある事件。わたしが探偵を名乗るきっかけとなった事件で知り合った、紅野笹雨の自宅(もちろん自分で調べたのですわ)につくと、応対に出た髪の長い女の子が開口一番にそういった。
「どこにいるのか、教えてもらえませんかしら?」
「う〜ん……らいるにはわからないです」
らいる……という名前のようね。でも自分の名前を一人称につかうなんて、なんて子供っぽい子なのかしら。それとも、自意識過剰なのかしら。
「あなた、紅野さんの娘さん?」
「ちがうです。らいるは、おじさまの息子さんの婚約者です。抄さんっていうです。とってもステキで優しいです」
そんなこと訊いてないわ。
それに婚約者って……この子、わたしより年上には見えないけど。胸もないし。
「じゃあ、そのショウさんに会わせてくれないかしら?」
「抄さんはお仕事中です」
そんなの知らないわよ。いいから早く連絡つけてよ。
「それよりもです」
「えっ?」
「あなた誰ですか? らいる、あなた知らないです」
わたしを知らない? な、なんなのこの子っ!? 信じられないっ。
「どうしておじさまに会いたいですか? おじさまは、もう一年近く家にはいないです。そんなことも知らないですのに、どうしておじさまに会いたいですか?」
と、そこに、
「どうしたの? らいるちゃん」
「あっ、抄さん。変なひとがきてるです。おじさまに会いたいとかいってるです」
現れたのは、多分「ショウさん」だろう。確かに優しそうな顔した青年だわ。
「月代巳夜といいます。笹雨さんにお会いしたいのですが」
わたしがいうと、
「そうですか。でも、ここにはいません」
それは聞いた。
「では、どこにいらっしゃるのですか?」
「さぁ……どこでしょう?」
クッ! なんなの、この家の人間はッ。
どうやらこの事件、簡単には解決できないみたいね。
立ちはだかる難関に、わたしの探偵魂が激しく燃え始めた。
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