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あの子……どこまで近づいているのかしら?
私は「美少女探偵」のことを考えた。見たところ、たいした能力の持ち主には見えなかった。ただの浮かれたガキに過ぎない。
マスコミに持ち上げられて、調子に乗っているだけのバカガキだ。
だけど、だからこそ危ない。
あの子、次の被害者にはもってこいだ。
「さおり」
「はい?」
「ヒナっちに連絡つけてほしいの」
「雛子さんにですか? はい、わかりました」
私の指示通り、すぐさま電話に手を伸ばすさおり。さおりがいてくれて助かる。煩わしい事務仕事は、彼女が全てかたづけてくれる。
私は人材に恵まれている。水原さおり(みずはら さおり)、葵雪流(あおい ゆきる)、東城翠(とうじょう すい)、それに、緋渡冬夜(ひわたり とうや)。
それ以外にも多くの優秀な人材が、私に協力してくれている。「ヒナっち」もその一人。
師匠の抜けた穴を私がなんとか埋めていられるのは、彼らがいてくれるからだ。
「名探偵」
笑っちゃうわ。殺人鬼の一匹捕まえたくらいで、なにが「名探偵」よ。
本物の「名探偵」っていうのは、私の師匠、久貫鏡一郎(くぬき きょういちろう)みたいな人間をいう「冠」だ。
ハァ……。
師匠……あなた、いったいどこにいっちゃったのよ。弟子が苦労してるんだから、さっさと帰ってきてよね。
私が無責任な師匠に愚痴を垂れていると、
「所長。雛子さんです」
「ありがと」
さおりから受話器を受け取る。
「私よ」
『……』
相変わらず無愛想よね。
「なにかわかった?」
それで通じるはずだ。
『死んでるかも』
予想はしていたけど。
「証拠は?」
『まだ、ない……でも』
口ごもる、ヒナっちこと見崎雛子(みさき ひなこ)。
彼女は十七歳の高校三年生だけど、普通の女子高生じゃない。いわゆる天才ってヤツだ。特に情報の操作、収拾に関しては、彼女以上の逸材を私は知らない。
「教えて」
『マーダーディスク』
マーダーディスク。「エンターテイメント」として、殺人の現場を記録した最低の代物。
「写ってたの?」
『似てる子が……でも、確証はない。グチャグチャだったから』
ハァ……最悪。
「ごめんなさい。イヤなもの見せちゃったわね」
『いい。あの子たちの方が、かわいそうだから』
「……そうね」
『琴香』
「ん?」
『捕まえて』
「わかってるわ」
『許せない』
「当たり前よ」
『うん……当たり前。あたし、まだ探ってみる。アイツにも頼んだ』
「アイツ……って?」
『琴香も知ってるはず。この前琴香が、ロリコン……っていってた、アイツ』
あぁ……アイツか。確かにアイツなら、頼む必要なく出しゃばってくるわよね。なにせ、「少女崇拝者」だし。
崇拝対象がマーダーディスクの「女優」にされたりなんかしたら、アイツならブチギレ必至だわ。
「それよりヒナっち、一つお願いがあるの」
『うん……なんとなくわかる。こども探偵のことだと思う』
お見通しか。ホントこわいわね、この子も。
「そうなの。緋渡も東城も、こども探偵の護衛につかせるわけにはいかないの。仕事でもないのに、うちの主力は使えないわ」
『うん……そう思う』
「紅野さんがいれば、紅野さんに頼むんだけど」
『紅野笹雨?』
「そう、紅野笹雨」
『いる』
「えっ?」
『紅野笹雨、帰ってきてる……』
「ど、どこにいるの?」
『それは、わからない。でも、この近くにいる』
「家には帰ってないの?」
『帰ってない。それに……』
「それに?」
『なにしに帰ってきたのか、わからない。味方だと思わないほうがいい……かもしれない』
「あの人が、マーダーディスクに関わっているとでもいうの?」
それはない。紅野笹雨は、そんな人間じゃない。
『ちがう……もっと、ちがうこと』
「なによそれ」
『わからない……もっとこわい、なにか』
「……ヒナっちにもわからないの?」
『あたしは、〈ゲーム〉の参加者じゃない。だから、わからない』
〈ゲーム〉……また、〈ゲーム〉か。
だけど、
「女の子の失踪、マーダーディスク、それは〈ゲーム〉とは関係ない?」
『ない』
「いい切るじゃない」
『だって、あたしにも情報が入ってくるから』
「……わかったわ。ありがと。こども探偵のこと、任せていい?」
『うん。大丈夫……だと思う』
「そう。じゃあ任せるわ」
『……うん』
「じゃあ、お姉さんによろしくね」
私が電話を切ろうとすると、
『琴香……』
「ん?」
『お姉ちゃんは、あたしのものだから。琴香でも、お姉ちゃんになにかしたら殺すから』
そして電話は、用は済んだといわんばかりに、先方から切断された。
……別に、そんなつもりでいったんじゃないんだけど。
それにしても、「姉妹愛」ねぇ……私にはわからないわ。
私は受話器をさおりに手渡し、「こども探偵」のことは忘れて、今抱えている仕事、「連続少女失踪事件」に集中することにした。
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