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 う〜ん……「今回」は、出張るつもりなかったんだけどなぁ。

 どうも、そうはいってられなくなってきたみたい。

 〈イレギュラー〉も懲りないわね。またわたしに、手下をボコボコにされたいのかしら? それとも、自分自身を……だったりして。

 別に、知らない子が何人殺されても、殺人ディスクの主演女優を演じさせられてもわたしには関係ないけど、あんまり楽しいことじゃないわよね。

「雪村先輩。今の、彼氏かなんかですか……?」

 端末を白衣のポケットに戻したわたしに、この「益田(ますだ)実験室」の後輩、清花美樹(さやか みき)がいった。

「ストーカーよ」

「えっ!?」

 驚いた顔をして、両手で口元を隠す美樹。

 この子はホント、他人いうとこすぐに信じるわよね。

「冗談」

 わたしはいって、根本まで灰となったタバコを灰皿に押しつけた。

「精神を病んだ、かわいそうなヤツ。自分で自分のことを少女崇拝者だとかわけわからないことほざいてる、おつむの病気をもった変人」

「な、なんですか? そのひと……」

「さぁ? かわいそうだったから、以前、ちょっと優しくしてあげたことがあるの。そしたら調子にのっちゃったみたい。困ったものね」

 わたしは、新しいタバコに火をつける。

「先輩、この部屋禁煙なんですから、あまりタバコは……」

「実験結果に、影響はないわ」

「そうかも……しれませんけど。で、でも……」

 真面目。融通が利かない。嫌いじゃないけど、かといって好感を覚える理由もない。

 わたしは一度肺に送った紫煙を、白煙にして吐き出した。

 美樹は顔をしかめてみせて、わたしから離れて実験作業に戻っていった。

 煙を肺に送る。そして、吐き出す。それだけの、まったく単純な作業。でもそれだけで、わたしの思考力は10%ほど上昇する。

 フッ……〈イレギュラー〉、あまり調子にのらないで。わたしがいつまでも、あんたの「お遊び」を見逃してあげてるなんて思わないことね。

 少なくとも〈マスター〉は、〈ゲーム〉のルールを守っている。でも、あんたは……。

 消すか。〈イレギュラー〉を。

 でも、〈マスター〉はどうでてくるかしら? 〈イレギュラー〉の動向も、〈マスター〉は把握しているはず。

 〈ゲーム〉の障害とみなすか、いや……〈イレギュラー〉ごときでは、〈ゲーム〉の障害にはならない。

 〈イレギュラー〉に関しては、これまで〈マスター〉はなんの動きもとっていない。自由に「遊ばせて」やっている。

 〈マスター〉にとって、〈イレギュラー〉は敵じゃない。もちろん、わたしにとっても。

 〈イレギュラー〉を消すのは簡単だ。だけど、〈マスター〉がどう動くかがわからない。今の段階で、〈マスター〉とやりあうわけにはいかない。

 負ける……とは思わないけど、負けないことが勝つことじゃない。

 どうする? どう動けばいい。なにかアクションを起こす、もしくは、なにもしない。

 フッ……やっぱり、「考える」ということは楽しいわ。

 面白いわね、〈マスター〉。この〈ゲーム〉は。

 あんたも、わたしと同じ? 「考え」たいの? 思考するという娯楽を楽しみたいの? だから、こんな〈ゲーム〉を始めたの?

 〈マスター〉がなに者で、なにを考えているかなんて、わたしにも完全には把握できていない。

 でも〈マスター〉の行動パターンから、多少の情報を読みとることはできる。

 〈マスター〉は、女だ。そして、まだ子供。小学校の低学年……いえ、中学年かしら。そんなとこね。

 IQはわたしと同じくらい。莫大な資産を有している。住んでるのは日本。でも、日本人とは限らない。私生児だろうか。おそらくは、父親という存在をしらずに育った。母親も、もういない。死んでいる。自分で殺したのかもしれない。違う……殺された? わからない。情報が少ない。

 活性化する脳。

 単語。点と線。水……? 違う、氷だ。金色。砂糖。殺意。憧憬。朝日? 紫か!

『飽きないな、お前らも』

 誰がいった? 〈剣士〉だ。アヤメアラタ。

 〈虚〉……鍵だ。

 〈狩人〉は、なぜ〈イレギュラー〉に狙われた? 〈狩人〉の近くに、〈イレギュラー〉はいた。〈狩人〉、サクライケイジ。

 引っかかる。なんだ。マリア? マリュエルだ。

 そう……か。

 ドイツだ! 〈狩人〉はドイツにいく。まだいってない。どこかに身を隠している。

 しかし、なぜ〈イレギュラー〉は〈狩人〉をドイツに?

 違うな。そうじゃない。〈イレギュラー〉程度では無理だ。そんなことはできない。

 〈子猫〉……まだ〈ゲーム〉に気がついていない。自分の能力にも。〈子猫〉はきっと、この先〈ゲーム〉の〈メインキャラクター〉になってくる。あの子の能力は特異だ。下手をすれば、〈ゲーム〉自体を壊しかねない。〈イレギュラー〉は気がついていないだろう、〈子猫〉の能力に。いや、存在自体をまだ認識していない可能性もある。

 ん? 〈欠片〉が足りない。いや、多いのか。

 〈魔女〉だ。

 〈魔女〉は、〈マスター〉の正体を知っているのかもしれない!

 ということは、〈探偵〉も鍵だ。

 〈探偵〉、シバザキコトカ。日本で唯一、「名探偵」と呼ばれている存在。今回は名探偵も動く。間違いない。

 〈魔女〉の存在が、〈探偵〉に悟られるのはマズイ。以前に〈探偵〉は、〈剣士〉、〈魔王〉、〈聖者〉と接触している。〈剣士〉がわたしに接触してくるかもしれない。〈探偵〉のコマとして。

 〈剣士〉は、わたしを殺すことを躊躇しないだろう。わたしに、本気になった〈剣士〉から身を守る術はない。先手を打つ? でも……〈探偵〉は、わたしを敵と認識するかしら? そこまでバカじゃないと思いたい。

 まずは、情報を集めることね。

 考えるのはそれからだわ。

 よし! ちょっと〈イレギュラー〉と遊んでやるか。〈マスター〉がでてきたら、手を引けばいい。

 わたしは、根本まで灰になったタバコを灰皿代わりの空き缶に押しつけて、

「美樹、わたし帰るわ」

「え!? な、なにいってるんですかっ。雪村さんがいないと、実験データがまとまらないですよっ」

「先生にでもやらせれば? そんな単純作業、わたしには時間の無駄でしかないわ」

「それはそうでしょうけどっ」

 わたしは美樹を居残らせて、実験室を後にした。

 みせてやるわ、〈イレギュラー〉。

 〈愚者〉……雪村れもんの実力を。後で鼻水垂らして謝ったって、許してあげないんだから。



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