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「〈聖者〉が女の子だとは聞いていなかった」
〈探偵〉の使いだと名乗ったその男は、ボクの部屋に入ってくるなりいった。
「ボクは男だ。それになんだ、女の子って。ボクは24歳だぞ。失礼なヤツだな」
性同一性障害。ボクは男の心と、女の肉体をもって生まれてきてしまった。だけどそれは、ボクの責任じゃない。それに、取り立ててどうということもない。
ボクはボクだ。それ以外の「なにか」じゃない。
「で、ボクになんの用だ。名探偵様のお使いだそうだな」
マシンと配線で埋めつくされた部屋。ボクは馴れているけど、初めてここにくる男には寒いはずだ。室内は、13度Cに保られている。
「そういっただろ?」
でも男は室温を気にする素振りなく、そこを自分の位置と決めたのが、立ったまま壁にもたれかかる。
ボクは男につき合って立っているつもりはないから、お気に入りの椅子に座った。
「あんたは、ボクを〈聖者〉といった。あんたの正体について、考えられることが三つある。あんたがネットオタクか、〈ゲーム〉の関係者か、もしくはその両方だということだ」
ま、この男がボクを〈聖者〉と呼んだ時点で、最初のはないけど。
「真ん中のだ。キミが〈聖者〉と呼ばれているように、私は〈魔王〉と呼ばれている」
「そうか、あんたが〈魔王〉……コウノササメか」
「そういうことだ。〈聖者〉、ハヤツジジュンくん」
早辻潤(はやつじ じゅん)。それが、今のボクの名だ。「潤子」という元の名は、四年前に捨てた。
「自己紹介も終わったようだ。では、私の用件をすませてしまいたい」
「そうしてくれ。どうもあんたとは、波長が合わない。イライラする」
事実ボクは、目の前の男がうっとうしかった。コイツも〈ゲーム〉の参加者だけあって、油断できない雰囲気を撒き散らしている。
〈愚者〉……ユキムラレモン。
〈探偵〉……シバザキコトカ。
〈剣士〉……アヤメアラタ。
〈迷子〉……ホクトカノエ。
そして、〈魔王〉……コウノササメ。
どうして〈ゲーム〉の参加者とかいう輩は、揃いも揃って油断ならないヘンジンばかりなんだ。ま、ボクはまともだけど。
「〈聖者〉、キミはマーダーディスクをみたそうだな」
「……それ関係の話か。聞こう」
わかっていたことだけど、ボクはもったいぶっていってやった。
「四ヶ月ほど前、NYの裏市場でマーダーディスクが出回った。クラッシュベリーと呼ばれているディスクだ。キミがみたのは、それか?」
「違う」
なにをいいたいんだ、〈魔王〉は。
「見崎雛子がみたのは、クラッシュベリーだ」
「……ッ! どういうことだッ」
「どうもこうもない。そういうことだ」
ボクがみたのと、見崎雛子がみたディスクは違うもの。でもボクは、同じものをみたんだと思い込んでいた。
結論は簡単だ。
どちらにも、行方不明の女の子と似た子が映っていたからだ。
「クラッシュベリーには、今回の連続少女失踪事件の、最初の行方不明者らしき少女が記録されていたらしい」
「ボクがみたのには、14人目と18人目と思われる子が映っていた」
「……二人、なのか?」
「そうだ」
「だったら、それも認識違いだったな」
……最悪の状況か? 全員が殺されているかもしれない。
「とはいえ、本当に最初の行方不明者なのか確認は取れていない。なにしろ、判断がつかないほどに壊されてしまっていたということでな。キミはどうだ。確実にそうだといえるのか」
「……いや。確実にとはいえない。ボクは、そういったことのエキスパートじゃない」
「だろうな」
「でも、たぶんそうだ。見崎雛子も、そうだと思っているんじゃないか?」
「さあな」
「クラッシュベリーとボクがみたディスクは、制作者が同じということか」
「それは飛躍しすぎだ」
……そうだな。確かに、そんな証拠はない。
「だが、なにかしらの関係があるのは確実だろう。だから名探偵は、その確認を取りたいらしい。クラッシュベリーに映っていたのが、間違いなく最初の行方不明者なのかどうかを」
と、〈魔王〉はボクに、一枚のディスクを放り投げた。
「それが、クラッシュベリーだ」
受け取ったディスクは、ごく普通のありふれたモノだ。多分、コピーかなにかだろう。だけどボクには、そのディスクがとても重く感じられた。
「今すぐに、叩き割ってしまいたい気分だ」
「それは後にしてくれ。確認が取れてからにな」
「名探偵様のご依頼は、ボクにその確認をしろということか」
「違う。確認を取るのは、キミじゃない。キミにできるのなら、それでも構わないのだろうがな。
だがキミよりも確実に、確認が取れる人間がいるらしい。名探偵がしる限り、人の顔を見分けさせるのにはコイツが一番だ……という人間だということだ。
名探偵の依頼は、その人間に確認が取れる場を提供してほしいということだ。キミには人しれず、他人の入り込めない領域を造ってもらいたい」
「そこで、確認をしてもらう……ということだな」
「その通り。領域にアクセスできる時間は、十分でいい。どのくらいで造れる」
「一時間あればできる」
「〈マスター〉にも、〈愚者〉にも知られることなくだ」
「……二時間くれ」
「わかった」
用は済んだとばかりに、〈魔王〉が壁際から離れる。
「〈魔王〉。お前は、味方か」
ボクの問いに、
「キミが、〈宝珠〉を集めようとしない限りはな」
〈宝珠〉……よくわからないが、〈ゲーム〉に関係ある〈なにか〉だ。ボクが〈ゲーム〉に脚を突っ込むことになったのも、〈一つ目の宝珠〉、蒼乃らぴすに関係している。ボクは彼女を、らぴすを守りたかった。彼女は、ボクの天使だからだ。
〈宝珠〉を集めることは、〈ゲーム〉をクリアするのに関係ない……と思われる。それに〈一つ目の宝珠〉は、ボクが封印した。もう誰も、彼女に手を出すことはできない。彼女はもう、〈宝珠〉としての役目を果たさない。
「らぴすは、ボクの天使だ」
「〈一つ目の宝珠〉か。キミが壊したらしいな」
「壊したんじゃないッ! 封印したんだ」
「同じだ。蒼乃らぴすは、〈眠り姫〉になったんだからな」
「起きるさ。約束の刻がくれば。ボクが、目覚めさせる」
「キミが王子さまってわけか」
「彼女は、ボクの天使だ」
「自惚れない方がいい。彼女は、そんなこと望んではいないだろうさ」
〈魔王〉はいい残し、部屋を出ていった。
クッ……痛いところを突いてくれる。わかってるさ、苦しいほどに。らぴすが、永遠の眠りを望んでいることは。
でもボクは、いつからぴすを目覚めさせてみせる。そのためには、なんだってやってやる。
けど、今はらぴすのことを考えている暇はない。それに考えたって仕方ない。未だ、約束の刻は訪れていないんだから。
ボクはメインマシンに受け取ったディスクを飲み込ませ、データを転送しながら領域の構築に取りかかった。
それにしても、やることがいっぱいだな。領域の構築に、「ラディム」の調査……「ラディム」、ただの警備会社だと思っていたが、ボクにも破れないプロテクトをかけているなんて、絶対になにかある。
あまり楽しい想像じゃないけど、もしかしたら「ラディム」は、〈マスター〉と繋がっているのかもしれない。
……いや、〈イレギュラー〉とか?
まぁいい。「ラディム」を探るのは後回しにしよう。今は、領域を構築するのに専念だ。
〈マスター〉にも〈愚者〉にも「視えない」領域。これはハンパじゃ創れないからな……。
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