第四章 ユナタ

 

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 いつまでもこの城で、アリクの庇護をうけていられるものだろうか。

 ここ最近、毎日のようにユナタはそれを考えていた。

 ユナタは、ヤヨイ国の第一皇姫としてうまれた。

 しかし、ヤヨイ国はもうない。

 二年前に隣国に攻め込まれ、滅ぼされてしまった。

 ヨルに手を引かれるように、国を逃げ出してから二年。各地を放浪している途中でマリーナと出会い、この城にたどりついてから四ヶ月ほど。

 その間、ユナタは国を再興しようなどと考えたことはないし、そんなことは不可能だろうとも思っている。

 なぜなら自分には、なんの力もないのだから。

 いまはただ、ユナタは無為とも思える時間を、アリクの庇護のもとで送っているだけ。

 そう。

 なにもせず、なにを奪われることもなく……。

 やっと手に入った、安定した生活。

 自分で手に入れたわけではないが、手放したくはない。

 自分のために。

 そして、ヨルのためにも。

 一年半以上に及んだ、ヨルとの逃避行。その間ヨルは、一日たりとも安心したことはなかっただろう。

 自分がなにもできないばかりに、ヨルにばかり苦労をかけてしまった。

 だから今度は、今度こそは自分がヨルの助けになりたい。

 だが、なにをすればいい?

 いまの生活を、より安定した「確かな」ものとするために。

 自分も「城の女たち」のように、アリクに身体を差しだすべきなのだろうか。そうすれば、なにかが変わるのだろうか。

 いまよりももっと、安心……できるのだろうか?

 ユナタは考える。

 自分がアリクに捧げることができるのは、この細く薄っぺらで貧相な身体だけなのだから、「これ」を使うしかないのだろうと。

 しかしそれは、「城の女たち」に対して「敵対」する行為になるかもしれない。

 この国では、身分ある者が複数の異性(場合によっては同姓)と関係をもつのは当たり前のことらしいが、そのような「文化」のない国で育ったユナタには、その「ルール」がよくわからない。

 ユナタには「城の女たち」と「敵対」する意思はないし、できればいまがそうであるように、「仲良く」してもらいたいと思っている。

 それにアリクは、汚物嗜好者だという。

 汚物を使っての性行為というのは、どうやら「普通の行為」ではないらしい。

 ユナタは通常の行為ですら「どういったもの」なのかをしらないのに、「普通ではない行為」をすることができるのだろうかという不安もある。

 しかし、女仕のひとりであるソフィアのいうところ、汚物を使っての性行為は普通のそれなどとは比べものにならないほど、気持ちがよいものであるということだ。

「あたしが変なのかもしれませんけど」

 と、ソフィアは照れるようにしていっていたが、ソフィアが汚物を使っての性行為を楽しく感じていることはわかったし、別に後ろめたそうな雰囲気でもないので、普通ではないといえ「汚物嗜好」というのは恥ずべきことではないのだろうとも感じた。

 しかし、排泄物を身体に塗ったり、まして食べたりなど、本当に自分にもできるのだろうか。

 ユナタは、ベッドに腰かけて窓の外を眺めるヨルに問いかける。

「ヨルは、どう思います? わたくしは、どうすればよいのでしょう」

 漠然とした問い。そもそも自分でも、なにを訊きたいのかよくわかっていない。この城を去るのか、それともアリクにこの身を捧げるのか……。

 もちろん、このまま「なにもしない」という選択肢もある。

 どうすればいい?

 なにをすればいい?

 なにもしない方がいい?

 わからない。ユナタには、なにもわからなかった。

 ヨルがいなければ、自分はすでに死んでいたかもしれない。それとも、死んだ方がよいと思えるほどの地獄に落とされていただろうか。

「あたしは、姫さまがしたいようにすればいいと思いますけど」

 ヨルが答える。

 そうなのだろう。たぶん。

 しかし、自分がどうしたいのか、ユナタにはそれすらわからなかった。

(ヨルはわたくしのために、よく尽くしてくれる。わたくしには、なにも返すことはできないのに)

 ユナタは、ヨルが自分の傍にいるのは当たり前のように思っていたが、よく考えれば、そのようなことはないのだ。

 ヨルは自由に、自分などは捨てて飛び去っていってもよいのだ。

 ヨルならば、ひとりでも生きていけるだろう。

 ヨルはわたくしに縛られる理由など、なにひとつない。

「どうしてヨルは、わたくしといてくれるのですか?」

 いまのユナタには、ヨルになにも報いることはできない。世間知らずで、なんの特殊能力もないユナタ。

 きっと、一人では生きていくことすらできない。

 しかしヨルは、にっこりと微笑んで答えた。

 

「もちろん、姫さまが大好きだからです」

 

 と。

 

     ☆

 

 この年になって初めて、完全に夏とよべる陽射しがセルン城に降り注いだその日、ユナタはアリクの執務室を訪れていた。

 普段アリクは、この部屋で仕事をしていることが多い。辺境の領地とはいえ、領主の仕事は少なくないということだろう。

 それにこのところ、アリクは城の外に出ることが多いように思う。単純に、温かくなって活動しやすいだけかもしれないが。

 机にむかい、書類と格闘しているアリク。ユナタが入室してきたことには気がついているのだろうが、手を止めようとはしない。急ぎの書類なのかもしれない。ユナタにはよくわからないが。

 ユナタはアリクのジャマをしないように、紙の上でペンを走らせる彼の手の動きを無言で眺めつづる。

(そういえばムゲン兄さまも、よくこのように机にむかわれておられたわ)

 アリクに、今は亡き兄が重なる。まるで、似てなどいないのに。

 ユナタの兄、第二皇子のムゲンはとても頭がよい人物で、近隣諸国の政治や経済に精通し、父王の補佐役として働いていた。

 しかし武芸に関してはからきしのひとで、「自分を斬ってしまうかもしれない」といって、刃物を手にすることもしなかった。

 アリクとムゲン。

 似ているといえば、どちらも温和な性格だというところだろうか……と、ユナタは考えた。

 しかしアリクは、どうみても武人だ。こうして書類と格闘していても、武人以外のなにものにもみえない。

 武人。

 剣を手に、戦場に赴くひと。

 血煙をつくり、他人のイノチを断ち切るケモノ。

 ユナタの目の前が、暗く染まっていく。

 薄い黒布が、目の前で重ねられていくように。

 気分が悪い。

 吐きそうだ。

 と、

「大丈夫ですか? ユナタ姫」

 アリクが手を止めて、ユナタに心配そうな顔をむけていた。

 ユナタは大きく息を吸うと、ゆっくりと吐きだし、

「大丈夫ですわ」

 答える。

 そして意識して笑みを浮かべると、

「よろしいでしょうか、アリク様」

 アリクの目をみて告げた。

「はい? え? あ、はい」

 なぜか、あわてたように目をそらすアリク。ユナタはそれが多少気になったが、気にしているというそぶりをみせることなく、

「今宵、アリクさまのご寝所におじゃまさせていただいても、よろしいでしょうか」

 この部屋を訪れた目的の言葉を発した。

 いっていることがよくわからない。アリクはそのような表情をして、

「なにか、至らないことでもございましたか?」

 ユナタが求めた答えとは、まるで関係のないことを口にする。

「いいえ、なにも」

 首を横にふるユナタ。

「みなさまには、よくしていただいております。とても、感謝しておりますわ」

 感謝はしている。

 たぶん、しているのだ。

 ユナタは戸惑う。自分の気持ちなのに、どうもはっきりとしないことに。

「では、その……どういうことでしょうか? 申し訳ございませんが私は無骨ものですので、姫の真意がいかようなものか図りかねます」

 どうして、そういったいいかたをするのだろう。

 それとも、わかっていてはぐらかしているのだろうか。

 わたくしが、あまりにも貧相な身体だから……。

「あなたにとって、わたくしは抱く価値もない娘なのですか?」

 声にしてしまおうかと思ったが、理性がブレーキをかけた。

「真意だとか、そういうことではないのです。アリクさ……いえ、セルン領主、シーエント伯爵アリクローダ様」

 わたくしは、ただ、

「ただ……」

 説明のしようがない。

「言葉通りです」

 ユナタのアリクの間を、静寂が支配する。

 その静寂を破ったのはアリク。

「ユナタ姫、いったいいかが」

 しかしユナタはアリクの言葉を断ち切るように、

「わたくしはもう、姫君と呼ばれるものではありませんッ!」

 強い口調でいった。

 驚いたような顔をして、口を閉ざすアリク。

 その顔にユナタは、少しイラつきを覚えた。

 なぜわかってくれないのか。ヨルならば、なにも説明する必要なく、自分の意図をくんでくれるのに。

 ユナタは小さく深呼吸して、

「アリク様と、夜をともにさせてくださいと、申し上げたのです」

 はっきりと告げる。

「そのようなこと、ユナタ……様が」

 再度、アリクの言葉を切り、

「これ以上、恥を与えないでくださいませ」

 口調、そして視線を。ユナタは強くしていった。

 短く、だが長い間。ふたりの視線がぶつかる。

「では、あ、あの……お待ち、しております」

 アリクが告げる。

「……はい」

 ユナタは答えて一礼すると、部屋を後にした。

 部屋を出ると、少し後悔した。夜の約束を交わしたことではなく、強くなってしまった口調のことをだ。

(気のつよい女だと思われたかしら)

 女は控えめで、しとやかであることが美徳とされる。少なくとも、ヤヨイ国ではそうされていた。

 しかしいくつかの国をまわるうちに、それはひとつの「価値観」であって、絶対のものではないということもわかってきた。

(本来のわたくしは、ひかえめな性質ではないのだわ)

 国にいて箱入りで暮らしていたときにはわからなったが、ヨルに守られながらとはいえ旅をしていろいろな経験をつんでいくうちに、ユナタは自分がいわゆる「ひかえめで従順」な性質ではないことを認識しつつあった。

(アリク様は、どのような「わたくし」を望んでおられるのかしら)

 従順で、ひかえめな女?

 それとも……。

 

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 夜になり、ユナタは白を基調とした「せーらー服」という異世界の衣装を身にまとって、約束通りにアリクの寝室を訪れた。

 やはり「最初の夜」だ。それなりの覚悟もあるし、きちんとした身なりでのぞみたい。

 とはいえ、逃亡の日々を過ごしてきたユナタは、「きちんとした衣装」などという「不必要だったもの」はもっていない。

 なので、マリーナから与えられたこの「せーらー服」が、現在ユナタが所有するものの中で、一番立派(だと思われる。少なくともユナタには)な衣服だった。

 一歩いっぽ。アリクの寝室へと近づいていく。

 しかしユナタは、今夜のことをヨルに告げることができなかった。

 黙って部屋からいなくなった自分を、ヨルが探しているかもしれない。それともヨルは、自分の考えなどお見通しなのだろうか……。

 ユナタは思う。

 たぶん、後者だろう。

 ヨルは、全てを察してくれていると。

 この角を曲がれば、アリクの寝室がみえるはずだ。緊張しているのだろう、かすかに膝が震えている。

 ユナタはそこで歩みを止めると、ひとつ深呼吸をする。

 多少、落ち着いた気持ちになれた。かといって、緊張が消えてくれたわけではなかったが。

 いつまでもここで立ち止まっているわけにもいかない。ユナタは歩を進めて、最後の角を曲がる。

 と、なぜかアリクの姿が、寝室の扉前にあった。

 もしかして、待っていてくれたのだろうか。

 早歩きにならないように気をつけながら、アリクの元へと移動する。

「おまたせ、いたしたでしょうか?」

「いいえ」

 アリクは首を横にふり、言葉をつづけた。

「あの、ユナタ様」

「はい?」

「私の寝室では、ユナタ様をお招きしますにはふさわしいと思えませんので、別に部屋を用意させていただきましたが、よろしかったでしょうか」

 別の部屋? どういうことだろう。

「お気づかいなくお願いいたします」

 そう答えてはみたものの、それは「気にしないからこのまま寝室でいいじゃないか」という意味ではない。「わかりました」という意味だ。

 ユナタに頷きを返し、歩きだすアリク。彼につき従うように、ユナタも歩を進める。

 アリクの歩調はやけにゆっくりとしたもので、たぶん歩幅が短い自分に合わせてくれているのだろう。そう思うと、ユナタはなんだか嬉しく感じた。

 

     ☆

 

「どうぞ」

 ユナタが案内されたのは、来賓棟のある一室だった。

 その部屋は、普段は使われていない。というよりも来賓棟自体が、ほとんど利用されるとこのない場所だ。少なくとも、宿泊を必要とする客人がセルン城を訪れたということは、ユナタがしる限りなかった。

 アリクに促され、室内に入るユナタ。

 室内はきちんと清掃されていて、部屋の中心に置かれた天蓋つきのベッドには真っ白なシーツ、壁際に置かれた花瓶には花もいけられている。

 その様子からユナタには、この部屋をアリクがひとりで用意したとは思えなかった。

「みなさんに、お話しになられたのですか」

 だとしたら、女仕たちが用意にしたに違いない。

「申し訳ございません」

 それが答えだった。

「いいえ、賢明なご判断だと思います」

 どうせしられることだ。だったら、最初から隠すようなことはしない方がいい。アリクもそう思ったのだろう。

 ユナタはアリクの正面に移動して、彼を見上げる。

 ふたりの身長差は頭ひとつ分以上あり(正確に表記すると、アリクは186センチ、ユナタは140センチ)、体重差は軽く二倍を超えているだろう。

 まっすぐに自分をみつめてくるアリク。ユナタもアリクへと視線をぶつける。

「よく、お似合いです」

「ありがとうございます。マリーナ様にいただいた、異世界の衣装です。せーらー服というそうですが」

 たしかに、この「せーらー服」はかわいい衣装だとユナタも思っていた(多少スカートが短いとは思うが)。かといって普段着ではないだろうし、特別なときに着るものだろうと考えていたので、もらったときに一度着てみただけで(着方がわからなかったので、マリーナに教えてもらいながらだ)、このときまで大切に保管していたのだ。

「ユナタ……様」

 そっと、壊れものを扱うかのように、アリクがユナタを抱き寄せる。もし女仕たちがこの光景を目にしていたなら、「わたしたちの主人に、このような気のきいたことができるのか」と驚いたかもしれない。

 しかしアリクのことに「詳しく」ないユナタは、なにを感じることもなく半歩前にでて彼との距離を縮めただけだ。

「初めてのことですので、どういたせばよいのかわかりません」

 ユナタはアリクの体温を感じながら、正直にそう告げ、彼にすべてを任せることにする。自分から誘ったことは棚に上げ、彼女はそうすることを最初から決めていた。

 アリクはうなずき、

「失礼いたします」

 声をかけるとやさしい動作でユナタを抱き上げ、彼女をベッドに横たわらせるようにして下ろす。

 ユナタの漆黒の髪が、シーツの上に扇を開いたような形を描く。広がった長い髪を背にして横たわるユナタ。それはまるで、漆黒の翼をひろげて空を舞う天使ようにみえた。

 ユナタは、アリクもすぐにベッドに上がってくると思っていたが、彼は無言でユナタをみつめるだけで動こうとはしない。

「アリク……様?」

 声をかけると、

「あ……は、はい」

 アリクはやっとベッドに上がり、ユナタに体重がかからないように気をくばりながらも、覆いかぶさるような形になった。

 アリクの顔が、確実に自分の顔へと近づいてくる。

(口づけ、されるのでしょうか)

 ユナタは、「この国」での「身分ある男から唇を重ねてくる」ということがもつ意味をしらない。

 それが、「プロポーズ」とほぼ同じ意味をもつ行為だということを。

 ヤヨイ国では、「口づけ」には「愛を交わすもの同士の挨拶」といった意味しかなかった。とはいえ、ユナタが「口づけ」をしたことはなかったが。

 初めての予感に、思わずギュッとまぶたを閉じるユナタ。たかが口づけくらいで……とは思ったが、身体が勝手に緊張を現してしまう。

 しかし、アリクの唇が降り立ったのは、彼女の唇にではなかった。アリクは彼女の細い首筋に顔を埋めて、「せーらー服」の隙間からのぞきみえる鎖骨の辺りに口づけをした。

「……ぅ」

 予想外の場所へと落ちてきた唇。だがそれよりも、首筋に感じるアリクの髪がくすぐったくて、ユナタは声をもらす。

 だが、このようなときにくすぐったさに笑いをあげるわけにはいかない。ユナタは下唇をかんで、つづきそうになる声を押しころした。

 ユナタの腰に、そっと、アリクの手が添えられる。しかし彼女の身体が、ぴくっ……と、反射的な反応をしめすと、アリクの手は素早く引かれて身体が離された。

「す、すみません」

 謝るアリク。顔が赤らんでいるようにも思えた。

「い、いえ……つづけて、くださいませ」

 告げると、アリクが遠慮がちに身体を戻す。ユナタにしてみれば、彼は「こういうこと」には慣れているはずでリードしてくれるものと考えていたが、その動きはどうもぎこちない。

 まるでアリクの方が自分以上に緊張しているかのように、ユナタには感じられた。

 不意に、アリクの手がスカートに潜りこみ、内ももをなぞる。

「……ひゃっ!」

 くすぐったさに、思わず変な声が出てしまった。ユナタはあわてて口もとを両手で覆ったが、出てしまった声をなくすことはできない。

「なんでも、ございません」

 なんでもない。その言葉を証明するかのように、ユナタはいったん離れてしまったアリクの手を取り、内ももへといざなう。

「どうぞ、おつづけくださいませ」

 アリクの手がももをなでる。今度は、さほどくすぐったくはなかった。

 慎重で手つきで、遠慮がちに身体へと触れてくるアリク。そして服を軽く引っ張ってみたり、スカートを捲ろうとしては手を離したり……と、やけに「せーらー服」にも触れてくる。

(なにを、なさっているのでしょうか……?)

 やがて、どうやら服を脱がそうとしているようだ……ということに思いいたるユナタ。

(もしかして、アリク様……)

 服の脱がせ方がわからない?

 たしかにユナタが着ている「せーらー服」は、どういう構造になっているのかを把握していなければ、着るのも脱ぐのも難しいだろう。

「あの……アリク様?」

「あ、はい」

「脱ぎ……ましょうか?」

 その言葉にアリクはうなずき、ユナタから身体を離して自分の衣服を脱ぎ始めた。

 ユナタは「自分が着ているもの」を……という意味でいったつもりだったので少し驚いた。そしてなんだか、アリクが「かわいらしく」思え、くすりと笑ってしまった。

「な、なにか?」

 ユナタの声に反応を返すアリク。しかし、正直に「かわいいと思ったので」……と告げるのは、男性にとっては侮辱だろう。

「いいえ、なんでもございませんわ」

 ユナタは上半身を起こし、上着の襟元にあるボタンを外す。次いで脇側にあるファスナーを上げると、捲りあげるようにして上着を脱ぎ、少しまよったあとそれをベッドの下へと落下させた。

 露になる素肌。ユナタの小さな胸を、「ぶらじゃ」という異世界の下着が包んでいる。次いでスカートを脱ぎ、「ぶらじゃ」と対になっているであろうデザインの「ぱんちゅ」を露にする。

 その間アリクは脱ぐのを止めて、ユナタの脱衣にみとれているようだった。ユナタもそれには気がついていて、恥ずかしいが気にしないふりをしていたが、下着を脱ぐだけの段階になったとき、

「アリク様も、どうか……」

 と声をかけた。

 それが、「お前も脱げよ」という意味だと悟ったアリクが、慌てた様子で脱いでいく。ユナタも「ぶらじゃ」、そして少し躊躇したあとに「ぱんちゅ」と脱いでいき、完全な裸体となった。

 透きとおった肌。細い身体。薄い胸。そして、年齢的には存在しているのが普通だろう下腹部の茂みは、影もない。ユナタ自身は「もう少し成長すればはえてくる」と思っているが、彼女は生涯、「下腹部の茂み」とは縁のない一生を送ることになる。

 もちろんユナタは、男性に裸体をさらすなど初めてのことだ。そして、異性の裸体を目にするのも。

 恥ずかしいのが、つい、アリクの股間へと目がいってしまう。男性のものが行為のときに「大きく」、そして「硬く」なるものだというのはユナタも聞き及んでいるが、アリクのいまの状態が「そう」なのかまではわからない。

 だが、さほど「硬そう」には思えないので、準備が整っているわけではないのだろうと思った。

「お美しいです。とても」

 ユナタをみつめ、アリクがいった。その言葉に、なんとなくだがアリクの股間をみつめていたユナタは、アリクへと顔をむける。

 ウソだ。自分は背が低く痩せていて、胸も大きくはない。

 ユナタは、自分の肉体を美しいと感じたことはなかった。

 しかしアリクの表情からは、ウソを読み取ることはできない。

(本当に、美しいと思ってくださっているのでしょうか……)

 ユナタは急に恥ずかしくなって、貧相な身体を隠してしまいたくなった。

「本当にそう思っていただけているのでしたら、うれしいのですけれど……」

 つぶやくようにしていうユナタに、

「ユナタひ……い、いえ、ユナタ様は、とてもお美しいです」

 アリクは力強く答えた。

 幼さは抜けきっていないが、作られたようにも思えるほど整った容姿。白く透明な肌。それと対になるような、漆黒の長い髪。

 しかしユナタは、自分が「とても美しい姿」をしているということを、まったく認識していなかった。

 それは、ユナタが理想とする「美しさ」と、実際に彼女がまとっている美しさには、大きな隔たりがあったからだろう。

 ユナタは肉体的な美よりも、精神的な強さ、そして個人がもつ能力の方を「美しい」と評価する傾向にある。

 なので彼女は、ソフィアのような愛嬌も、ルルのような無邪気さも、サシャのような優しさも、ナホカのような強さもない自分は、アリクにとってよほど魅力のない「女」だろうと思っていた。

 だがアリクは、「そんな自分」を「美しい」といってくれる。

 ウソでもいい。

 いま、このときだけは、自分を美しいと思おう。

 ユナタは自分にいいきかせ、

「ありがとうございます」

 アリクに告げるとベッドに仰向けになり、自ら脚を開いて大切な部分を露にする。それは、「どうぞ、いらしてください」という意思表示だった。

 その意思表示をくみとったのか、アリクはユナタの股間へと顔を進める。自分から露にしたとはいえ、いきなり「そこ」に顔がくるとは思っていなかったユナタは、とっさにももを閉じようとしてしまった。しかしそれを意識的にくいとめ、もっと大きく股を開いてアリクをむかえる。

「……ぅく」

 自分でも触れたことのない部分にアリクの口がふれ、スリットにそうようにして舌がはう。内ももにふれるアリクの髪と、息づかいがくすぐったい。

 股間を覆うアリクの温もり。そして彼の舌の蠢きにあわせるようにして、ぞわりとした感触が背筋を走る。だがそれは不快なものではなく、どちらかといえば好ましい感覚だった。

 

 ちゅく……ちゅ、ちゅぷ

 

 アリクの舌の動きは最初、ゆっくりとしてユナタの反応を探るようなものだったが、やがて部屋中に淫靡な音を響かせるまでに激しくなっていき、それにともなってユナタが与えられる刺激も激しくなっていく。

 自分でも意識して触れたことのない柔らかな肉が、異性の口や舌でこねられる。多少ざらりとした、舌の摩擦。

(だ、だめです。こえが、で、でて……)

 下唇をかみ、シーツをギュッとつかんで、溢れそうになる声をこらえるユナタ。

 しかし、

「……ぅあッ!」

 スリットわって奥へともぐりこもうとする舌の動きに、思わず声が漏れてしまった。

(こ、これほど心地よいものとは……)

 部分をなめられている。それだけのことなのに、初体験のユナタには抗えないほどの快感だった。

 股間からの刺激が身体全体に広がっていき、触れられてもいないはずの胸の先端がやけに敏感になる。それに、股間がとろけて液状化してしまったかのようにも感じる。

 ユナタはそれがアリクの唾液のせいだと思ったが、実際には彼女の分泌液もアリクの唾液にまけないほどに溢れていた。

 自ら慰める……といった「遊び」の知識すらないユナタは、性的な行為自体が初体験だ。なので性的な快感によって自分の身体がどういった反応をしめすのかなど、彼女にはわかっていない。

 まさか気持ちがよくなると性器から分泌液が溢れるなどとは思っていないし、まして自分が「お汁が多く溢れる体質」であるなど、想像もしていなかった。

「ぅ……ぅンッ!」

 と、突然。アリクがユナタの閉じたスリットを、両手をつかって左右に開く。

「アッ、アリク様ッ!」

 驚きと恥ずかしさに、思わず声がでてしまう。その声にアリクは一瞬動きを止めたが、すぐに彼女の一番敏感な突起へと吸いついてきた。

「ふぁッ!」

 これまで以上の快感がユナタを襲う。アリクの舌に転がされる敏感な部分。まるで自分自身までも、快感に転がされているようだ。

「ァっ、ぁンっ! あっ、ぁっ、あっ、ぁっ」

 止めようにも止まらない声。そしてユナタは意識していないが、気持ちいいのお汁もとぷとぷと溢れていた。

(いっ、いやです。このような、は、恥ずかしい……声)

 身体中が、恥ずかしさと気持ちよさでいっぱいになる。

 しかし敏感な部分に吸いつかれ、舌で転がされる快感にユナタの声は言葉にならない。音として発せられるのは、自分でも驚くほどに高域で奏でられる「いやらしい」声だけ。

 恥ずかしい。止めてほしい。しかしユナタは、アリクの顔へと自らを押しつけるようにして腰をくねらせていることに気がついていなかった。

 身体中に満ちる恥ずかしさと気持ちのよさのうねりが、いつの間にか気持ちよさがほとんどになって、ユナタは身体が溶けてしまいそうに感じていた。

 ちゅくちゅくと自らの股間から発せられる湿った音。アリクの口の動きがやけにはっきりと感じられ、

(で、でてしまいますうぅッ!)

 なにかがでてしまう。恥ずかしくていやらしい部分から、なにかが噴出してしまいそうになっていた。

(こ……こわい)

 この溢れそうになるなにかが溢れてしまったらどうしよう。もし溢れてしまったら、どうなってしまうのだろう。自分を見失ってしまうのではないか、なにか「してはいけないこと」をしてしまうのではないかと思い、恐怖を感じる。

(や、やめて……)

 だが、声にならない。

(こわいのです。やめて、ください)

 喘ぐことしかできない。

 そうしているうちに、アリクの口の動きが激しくなり、ユナタの思考力を奪っていく。そのかわりに快感が与えられ、ユナタは快感の渦に飲みこまれるしかなくなっていた。

 唐突に、敏感な突起を強く吸われた。何度もなんども、吸っては緩め、吸っては緩めるを繰り返される。

「ぁっ、アっ、ぁ、アっアッアッ……!」

 弓のように背をそらせ、これまで以上に大きな声で喘ぐユナタ。全身が汗で輝き、閉じられることなく喘ぎを奏でつづける唇の端から唾液が零れる。

「ぃやっ……ぁっ、ぁンっ!」

 もう限界だ。自分ではどうしようもない快感の波が、ユナタの意識を奪い去ろうとする。

(で、でちゃうっ! でちゃ……うぅッ)

 そして、

「アッ……ぁあぁァンッ!」

 ユナタは溢れ出るそれを、どぷっとアリクの口の中へと零れさせた。

 

     2

 

 生まれて初めての絶頂。

 とはいえそれは「軽いもの」でしかなかったが、初めての快感にユナタは、脱力して動けなくなっていた。

「はぁ……はぁ……」

 ほんのりと色づいた頬、潤んだ瞳。薄い胸を上下させ、呼吸を繰り返すユナタ。

 と、

(え? な、なに……?)

 ユナタはアリクに下半身を持ち上げられ、いわゆる「まんぐりがえし」の体勢にされる。そしてアリクがお尻に顔を押しつけ、底の穴に舌を伸ばしてきた。

「ぅ……くっ」

 くすぐったいような、でも、気持ちがいいような。股間ほどの刺激はないが、ぴりぴりとした静電気が背筋を走る。

 ぬるりと、蕾の辺りを這い回るアリクの舌。

 恥ずかしい。しかし、これが普通なのだろうか。「こういうとき」に「こういう格好」でお尻の穴をなめられるのは、普通のことなのだろうか。

 正直、アソコをなめられるのは想定していたが、お尻までをとは想像もしていなかった。自分が誰かのお尻をなめることになる……などということを彼女は考えたこともなかったので、その反対も同様だった。

 どう反応してよいのかわからず、されるがままのユナタ。

 と、舌が蕾をわって内部へと潜りこもうとしてきた。進入を阻止するように、つい力がはいってしまう。だがムリやりこじ開けるように、舌が突き刺される。

 どうしたらいいのだろう。こういう場合は、素直に迎え入れるのが礼儀なのだろうか。ユナタはがんばって、お尻の力を抜こうとする。しかし蕾がヒクヒクと蠢くのは感じるのだが、広がってはくれない。

 が、何度目かの蕾が少し広がった瞬間。アリクが強く舌を刺し、それがぬりゅんと入りこんできた。

「きゃぅっ!」

 思っていなかった突然の感触に声を上げると、ユナタは身体を横倒しにしてアリクと距離をとっていた。

 そして意識してではなかったが、両腕で身体を隠してしまう。

「す、すみません」

 ユナタの「拒否」ともとれる行動に、申し訳なさそうな顔をするアリク。

(え!? ちがいますっ)

 拒否したつもりはなかった。身体が勝手に動いてしまっただけ。

「ち、ちがいます。イヤでは……」

 情けない。ただお尻をなめられるだけなのに、自分はそんなこともできないのだろうか。

「イヤでは……ありません」

 ユナタの脳裏に、ヨルの姿が浮かぶ。

 いつも自分を守ってくれるヨル。そのせいでケガをしたこともあった。なににヨルは、ユナタになにも求めず、文句のひとつもいったことがない。

(こんどは、わたくしがヨルを守る番です)

 ユナタは自らの意思で、仰向けになり下半身を持ち上げて脚を大きく開き、

「……どうぞ、おなめください」

 アリクにされていた体勢に戻った。

「お願い、いたします」

 自分から懇願する。それは、「お尻の穴をなめてください」「舌をもぐりこませてください」といっているのと同じだが、ユナタはそのことに気がついていない。

 ただ、アリクのしたいようにしてほしい。

 それだけだった。

 それが、ヨルと自分を守ることに繋がっているはずなのだから。

 ユナタの言葉に従い、アリクは行為を再開する。再開してくれたことが、ユナタにはありがたかった。

 もしもこれで止められていたら、ユナタは自分を許すことができなかっただろう。それに、多少なりとも芽生え始めた「自立の意志」を砕かれていたかもしれない。

 にゅるりとした生暖かい感触が、排泄口をはいまわる。湿った音を響かせ、執拗とも思えるほどにお尻の蕾を求めてくるアリク。

(汚らわしい場所なのに……)

 胸の奥がきゅんと締めつけられるような、変な感じだ。

(それほどに、わたくしの汚い場所をなめたいのですか……?)

 なめたいと、思ってくださるのですか。

 そう思うと、胸がどきどきしてきゅーんとなった。

 舌の動きに刺激され、アヌスがヒクヒクと蠢いてしまう。そして、軽い排泄欲求を覚える。

 すぐに……というわけではないが、このまま刺激されつづければでてしまうだろう。

 脱糞。

 誰にもみせたことはない。そもそも、アリクとの行為を決意するまで、誰かにみせるみせないなどとは考えたことすらなかった、ただの生理現象。

 アリクが汚物嗜好者であることはしっている。だからこそ、ユナタは排泄物を貯めこんできたのだ。

 ユナタはこの七日間ほど、大便をしていない。とはいえ、彼女はあまり便通がよい方ではないので、七日間脱糞しないというのは珍しいことではなかったが。

 しかし、自分はどうなのだろう。わからない。多分、違うのだと思う。ここまできて、アリクの前で排泄することに抵抗を感じている。

 アリクの舌が、蕾を押し広げて進入を試みる。ユナタは意識して力を抜いた。お尻の内部に、アリクを感じる。蕾が、彼の舌を締めつけているのを感じる。

 しかしアリクはその締めつけをものともせずに、より深くへと進入してきた。

(そ、そんなに深くなされたら、う、うんちに……)

 アリクの舌が、大便に届いてしまうのではないか。いや、もしかしたらもう、アリクは自分の便の味を感じているのではないか。

 そう思うと急におへその下がひくつき、ユナタにはそれが、身体からの「うんちでちゃうよ?」という合図であることがわかった。

 とはいえ、このままの状態で脱糞してしまうわけにはいかない。アリクの口の中へと放出することはできない。

 限界がくる前に、「うんちでちゃいそうです」ということをアリクに伝えなければ。

「ア、アリク……様。で……でて、しまいます」

 でてしまいます。そう告げ終わるか終わらないか、そのとき。

 突然にアリクが、アヌスに埋めこんでいた舌を引き抜いた。

 その行動に合わせるかのように、

 

 ぷっ、ぷぴぃ〜っ

 

 ユナタはアリクの口の中へとおならをしてしまった。

 もちろんそれは自然と零れてしまったもので、彼女が意識したものではない。

 ガスが漏れたためか便意は縮小したが、

(ど、どうしましょう!? 口の中におならをしてしまうなんて……)

 謝罪しなければ。

 しかし、なんといえばいいのだろう。

(だしてしまって、申し訳ございません……?)

 それは変だ。

 ユナタは言葉を探す。しかし、いい謝罪の言葉が思いつかない。考えようとしても、なめられつづけられているお尻の穴に意識を奪われてしまう。

 ……と、いうか。

 アリクは、なにも気にしていない?

「あ、あの……アリク様?」

 ユナタの声にアリクは顔を上げ、

「す、すみません。ご不快でしたでしょうか」

 いった。

 不快というわけではない。そういうことではなく、おならのことを謝ろうと思ったのだが、アリクはまるで気にしていない様子だ。

 それとも気を使って、なにもなかった風を装ってくれているのだろうか。

 だとしたら、自分もなにもなかった風を装うことにしよう。

 ユナタはそう思い、

「不快ではありませんけれど、少し……恥ずかしいです」

 おならのことには触れないことにした。

「すみません」

「謝らないでください。そういうことをしているのですもの」

 そういうことをしている。自分の言葉がやけに可笑しくて、ユナタはくすりと笑いを零す。

 そうだ。いま自分たちは、「そういうこと」をしているのだ。

 だから、なにも恥ずかしがることはないのだろう。それにおならのことも、気にすることはない。

 ユナタは身体を起こし、脚を横に投げ出してペタンとシーツにお尻を下ろすと、

「アリク様は、汚物嗜好者でいらっしゃるとお伺いいたしておりましたので、わたくし……便をためてまいりました」

 告げた。

 しかしその言葉に、アリクの表情が凍ったように固まる。それはユナタにとって、予想外の反応だった。

 もしかしてこの国では、「汚物嗜好」というのは恥ずべき性癖なのだろうか。

 ソフィアの話からは、そのようには感じなかったのだが。

 固まったまま、黙りつづけるアリク。ユナタは慌てたように、

「わ、わたくしも興味がありましたのでっ、あ、あの、う、うんちとか、そういうことにですけど、わたくしがしていただきたいのです。ですから、あの……」

 あからさまないい訳をする。

 アリクは困っているようにもみえる顔で苦笑し、ユナタへと右腕を伸ばす。そしてまっすぐにユナタをみつめ、そっと、彼女の頬に伸ばした手をふれさせた。

「すみません」

 告げるアリク。

「……どうして、謝られますの?」

「すみ……ません」

 再度、謝罪の言葉を告げ、アリクは腕を引いた。

「わたくし、よろこんでいただけると思っておりました」

 本当に、そう思っていた。自分の貧相な身体では、アリクに満足してもらえることはできない。だから、少しでもよろこんでもらえるようにと……。

「うれしいです。ですが、それが苦しいんです」

 ユナタを安心させるためだろうか、アリクは笑みを崩さない。

「わたくし、なにか間違っておりましたでしょうか……?」

「いいえ」

 首を振るアリク。

「いってくださいませ。わたくし本当に、こういったことの礼儀はなにもわからないのです……」

 悲しいのか、悔しいのか。なんだかわからないが、ユナタは涙が零れそうになっていた。

 静寂。

 そう、あと数秒つづいていれば、ユナタの黒瞳から滴が零れていただろうほどの静寂が室内を支配したとき。

「汚物嗜好というのは、あまり一般的ではないのです。むしろ、気持ち悪がられる部類のものです」

 アリクが口を開いた。

「ソフィアさんは、そのようなことおっしゃっていませんでした。普通の行為よりも、気持ちのよいものだと」

「ソフィアも、私と同じ汚物嗜好者……なのだと思います。ですから、そういった汚れた行為が、気持ちよいのです」

 気持ちよい。アリクはいった。

「気持ち……よいのですね? アリク様は、そういった行為が気持ちよいのですね?」

 気持ちよいのなら、それでいいじゃないか。なにを恥じることがあるのだろう。

「……はい」

「わたくしには、汚物嗜好というものがよくわかりません。ですけど、気持ち悪いとは思いません。わたくし、本当にアリク様によろこんでいただけると思っておりました。ですから、ためてまいりました」

 いって、腹部をなでるユナタ。しかしアリクは、なにも答えてくれない。ただ、困ったような笑みを浮かべるだけ。

 その笑みが、ユナタには腹立たしく感じられた。

 どうして、はっきり答えてくれないのだろう。

 言葉にしてもらわないとわからないのに。

「……みたく、ありませんの?」

 つい、いってしまった。

 だがアリクは黙ったままだ。

「わたくしなどのでは、ご不快ですか?」

 やはり自分に、魅力がないからだろうか。だからアリクは、自分の脱糞行為を目にしたくないのだろうか。

(美しいと、おっしゃってくださったではありませんか……?)

 その問いにアリクは、

「ち、違いますッ! そのようなことはありません」

 やっと言葉を発した。

「でしたら、はっきりおっしゃってください」

 強い口調。命令ともとれるような。

 一瞬が数度連続した後、

「……みたいです」

 アリクはいった。

「なにをですか?」

「ユナタ様……のを」

「わたくしの、なにをですか?」

「ユナタ様が、あの……」

 もどかしい。

「わたくしが脱糞しているところを、ごらんになりたいのでしょう?」

 ユナタは自分からいってしまっていた。

「そ、そうです……」

「でしたら、はっきりおっしゃってください。わたくし、アリク様が望んでくださるのでしたら、できます」

 自分は、なにを苛立っているのだろう。そう思いながら、ユナタは言葉を発した。

 このような「我の強い」ところを、アリクに曝すつもりはなかったのに。

 だがどうしても、怒りにも似た感情が自分を支配して、ユナタは睨むような視線をアリクに突き刺す。

 ぶつかる視線。アリクは一度視線を逸らせ、すぐに戻すと、

「ユナタ様が、その……ウンチをしているところを、みせてください」

 アリクの言葉に、ユナタの苛立ちがウソのように消え去る。

 ユナタは表情を和らげ、

「はい。わかりました」

 にっこりと微笑んで答えた。

 

     ☆

 

 とはいえ、

「あの……どこでいたせばよろしいのでしょうか?」

 ここはベッドの上で、トイレではない。

「ここで、いいですけれど」

「ここで、ですか?」

「はい」

「シーツが……汚れてしまいますが?」

「かまいません」

 そういうものなのだろうか。わからない。だがアリクがいいといっているのだから、いいのだろう。

「では、お言葉に甘えさせていただいて……」

 告げてユナタはアリクに背を向けてかがみ、長い髪を左右でわけるようにして前にもってきてアリクにお尻がみえるようにすると、

「どうか、ごらんくださいませ」

 下腹部に力をこめた。

 

 ミ、ミチいぃ

 

 溜められていたものが、音をたてて、お尻の底の蕾お目いっぱいに広げる。

(……いたいっ)

 いつものように、痛みを感じる。

 ユナタは普段から便秘ぎみなので、便は硬い。脱糞時はたいてい痛みを覚えるし、アヌスに血が滲んでしまうこともあった。いまはアリクの口や舌によってほぐされていたが、痛みがなくなるわけではないようだった。

 痛みに耐えながらも、下腹部に力をこめるユナタ。ミチミチと音をたてながらアヌスを内側から盛り上げ、便がゆっくりとその姿をあらわす。

「ハっ、ハァ……ハッ」

 硬い便の欠片が、ポロポロと零れるのを感じる。

 痛みで、ゆっくりとしか排泄できない。しかしゆっくりとみてもらえるのだから、これでいいのかもしれない。

(アリク様に、よろこんでいただければよいのですけれど……)

 他人のであれ自分のであれ、排便をみて嬉しいと感じるという感覚が、ユナタにはよくわからない。

 しかし、

(……みられて、いるのですね)

 排便しているところみられていると意識すると、恥ずかしいのだが少し気持ちがよかった。

(うんちをしているところを、アリク様がご覧になっている。なんと感じておられるのかしら? 嬉しいと、感じてくださっているのでしょうか……)

 どきどき。高鳴る鼓動。触れてもいないのに、薄い胸の先端がヒリヒリとする。

 

 ムチっ、ミリ……っ

 

 アヌスと便の摩擦が奏でる音色が室内に響き、欠片ではなく、便の塊がシーツへと落下したのを感じた。

 もちろんこれは最初の部分で、排便がおわったわけではない。ユナタのアヌスは閉じることなく、つづくものを覗かせる。

(本当にこのようなはしたない姿を、よろこんでいただけているのでしょうか……?)

 だが自分のような貧相な身体では、アリクを満足させることなどとてもできないだろう。だから少しでも、「これ」でよろこんでもらうしかない。

 それにアリクは、「みたい」といってくれた。少なくとも、そう望んでもらえるほどの価値が、自分にはある。

 ある……と、思いたい。

(ごらんください。わたくしの排泄を……)

 ユナタは思い、強く力んだ。

 と、

 

 ブリュぶりぶりブりゅぶっ!

 

 力みが強すぎたのだろうか。痛いほどの摩擦とともに高らかな下品な音を響かせ、便が一息で溢れてしまった。

 形のしっかりとしたウンチが、シーツの上にUの字をつくる。

「あっ……!」

 ゆっくり出しているのも恥ずかしかったが、一気に出してしまったのはそれ以上に恥ずかしかった。

 少しだけあった気持ちよさが一気に消し飛び、恥ずかしさだけが身体中を支配する。ユナタの顔中、耳までもが朱色に染まった。

 だがそれだけで収まらず、

 

 ぷぴゅうぅ〜っ……ぶりゅぶっ! ブッ! ぶりブちゅぃッ

 

 間の抜けた音の放屁。そして思いもよらぬほど大量のやわらかい便が、下品な音を響かせて勢いよく噴出し、Uの字へと降り注いだ。

 優雅にとはいわないが、これほど滑稽で下品にするつもりはなかった。

 自分が排泄したものの臭いが、鼻腔に侵入してくる。ユナタは息をとめ、身体を硬くした。

 動けない。言葉がでない。ユナタはそのままの姿勢で固まってしまう。

 固まってしまった身体。だが熱をもった排泄口だけが、ユナタの意思をムシして勝手にヒクヒクと蠢く。

(……あっ! だ、だめですっ)

 また、出てしまう。

 あれほど吐き出したのに、まだ体内には残っているらしい。

 お尻をきゅっと締めるが、

 

 ぶびぶりッ!

 

 せき止めることはできなかった。

(ま、まだ!?)

 つづく排泄欲求。頭の中が真っ白になり、思わずユナタは、

 

 ぐちゅっ

 

 大量の便の上に座りこんでしまった。

 お尻に感じる、便の感触と温もり。自分のものとはいえ、不快なそれ。

 そのうえ、

 

 ブりゅっ、びゅブぅっ

 

 排泄はつづき、お尻の谷間中にウンチが充満してくる。

 増殖をつづけるにゅっちゃりとしたそれの感触が、温もりとともにユナタにははっきりとわかった。

 気持ち悪いっ!

 ユナタはとっさにお尻を持ち上げたが、それはウンチまみれになったお尻をアリクに露呈する格好となる。

 そのことに気がつきすぐさま元の体勢に戻るが、

(ど、どうすればよいのでしょう!?)

 この先どうすればよいのかわからない。

 お尻が気持ち悪い。しかし、お尻を上げることもできない。

 それに、

(あっ……! お、おしっこが)

 脱糞したためだろう。それにつづけと、おしっこが溢れそうになる。

 というか、溢れてしまった。

「いっ、いやですっ! みないでッ! みないでくださいッ」

 ウンチの上にペタンとへたりこんだまま、身体をまるめておもらしをするユナタ。

 溢れ出したおしっこは意識的に止めることなどできず、ウンチにつづき、その温もりまでもがユナタの下半身を陵辱していった。

 

     3

 

 排泄臭が充満する室内。排泄物にまみれる不快感をつきつけてくる下半身。

 やはり自分は、なにをやってもダメだ。自分の意思とは関係なく、涙が溢れてくる。

「わ、わたくしっ」

 情けなくて涙がとまらない。

「すみませんユナタ様。私が……」

「ち、ちがいますっ! アリク様はなにも悪くございません。わた、わたくしがあまりにも……ヒックっ」

 あまりにも、なにもできない。あまりにも情けない。

 あんなにも強くアリクに迫っておいて、このありさまだ。

「泣かないでください」

 嗚咽するユナタを起こすようにして、アリクが背後から抱きしめてきた。

 触れ合う肌。そこから伝わってくる温もり。

「泣かないで、ください。お願いします」

 苦しいほどに強く抱きしめてくる。

「うれしかったですから。ユナタ様のをみせていただけて、本当にうれしかったです。とてもお美しくて、刹那も目を離すことができませんでした」

 アリクの言葉。そして温もりに、ユナタの心は落ち着いていく。

「ほ、本当……ですか?」

「はい」

 しばらくの間、ふたりはそのままのカタチで時間を共有する。

「みせてください」

 アリクが囁くようにして告げた。

 なにを? と、そのようなことは訊く必要はない。ユナタにはわかっていた。

「で、ですけど……」

「みたいです」

「……」

「みせて、ください」

「……はい」

 その返事を聞いて、アリクはユナタを自由にする。伝わってきていた彼の体温が奪われ、ユナタはいいようのない喪失感を覚えた。

「ど、どうぞ。ごらん……くださいませ」

 ユナタはアリクへと汚れたお尻をむけて、腰を上げる。べっちょりとウンチにまみれた臀部。その谷間までも、ウンチで侵食されている。

(は、恥ずかしい……)

 汚れたお尻を露にするという、これまでに経験のない羞恥に耐えるユナタ。

 と、彼女は、そのお尻にアリクが顔をよせてきたのを感じた。

「……臭く、ございませんか?」

「いいえ、とても心地よい香りです」

 いうとアリクは、汚物が陵辱するお尻の谷間に顔をよせ、口をつけてきた。

「……あっ、そ、そのようなっ!」

 思わず逃げるようにして腰を引くユナタだが、アリクの両手に腰をつかまれる。

「ユナタ様のものは、美味しいです。とても」

 アリクが、下半身を濡らす汚物を丹念になめとってくれる。くすぐったくて、気持ちがよかった。

 もうユナタは、恥ずかしいとは思わなかった。彼女はただじっとして、アリクの行為を受け入れる。

 お尻全体をはう、アリクの唇と舌。みることはできなくても、それによってお尻の汚れがなくなっていくのがわかる。

 お尻全体の汚物がほぼなくなったころ、ユナタはアリクに仰向けにされ、火照った頬が色づく面を覗きこまれた。

「ユナタ……様」

 アリクの顔のあちこちに、汚物が付着している。

 無意識にだがユナタは、アリクの頬に顔をよせ、その汚れをなめとっていた。

 その行為に、アリクは一度ピクッと身体を震わせたが、無言で受け入れてくれた。

(……うんち、味)

 苦く、臭いそれが、身体中に溶けていく。しかし不思議なことに、なんの不快感もない。それよりも、アリクと同じ味を感じていると思うと、うれしかった。

 ユナタが口にした少しだけでも、身体中に便が充満したように感じるのに、アリクは大量に口にしてくれた。

(アリク様のお身体は、わたくしのうんちでいっぱいに満たされているのでしょうか)

 便臭は部屋中に充満していて、とりたててアリクが臭うというわけではない。

「みせて、ください。お食べいただけているところを、みせてください」

 自然と、言葉が零れた。

 ウンチを食べてほしい。このような言葉を発することになるなど、想像もしていなかった。

 しかしユナタは、自分が発したその言葉に、なんの不自然も感じなかった。

 本当に当たり前のように、アリクが自分のウンチを食べてくれているところをみたいと感じ、その通りにいっただけ。

 だっていまは「そのようなこと」をしている最中なのだから、「そのようなこと」を口にしても不自然ではない。

 ユナタは身体を起こして、シーツに付着した便を手に取ると、アリクの口もとへと運ぶ。

 アリクはそっと唇を開き、ユナタの指までをしゃぶるようにして、差し出したそれを口腔内に収めた。

(本当に、食べてくれている)

 ウンチなのに。汚いものなのに……。

「アリク……様」

 ユナタはアリクの頬に両手をそえて固定すると、自分のウンチが付着したアリクの唇を自分のそれで塞いだ。

「ンっ」

 生まれて初めての口づけは、苦くて臭い自分の排泄物の味だった。

 ユナタの突然の行動に、アリクは驚き身体を引いた。

 とはいえ、それは当然のことだ。この国で「女性から男性への口づけ」とは、とてもはしたない行為とされているのだから。汚物プレイなどよりも、よほどインモラルな行為だと。

 しかし「そんなこと」をしらないユナタは、彼の首筋にしっかりと抱きつき、唇を強く押しつける。

 ユナタは自分から、アリクの口腔内へと舌を差し出した。

 が、アリクは歯を閉じて、ユナタの進入を防ぐ。それには、口の中にウンチが残っているというものあるが、前述の理由もあった。

 閉じた歯をなめるようにして動くユナタの舌を感じながら、

(ユナタ様は、この国での口づけの意味をご存知ではないのだ)

 アリクは思った。

 なら、よいのではないか? このまま、ユナタと唇を繋げても……。

 激しいともいえる欲求がアリクを襲う。アリクにとって(ユナタもだが)、「唇同士の口づけ」という行為は初めての経験だ。

 そしてその心地よさは、アリクの想像以上のものだった。

 思考力が溶けてしまいそうだ。

 このまま、ユナタを迎え入れたい。

 しかしユナタが、「この国での口づけの意味」をしってしまったとき、いまのことをどう感じるのだろう。

 そう思うとこわかった。

 ユナタに嫌われるのではないか。彼女を、傷つけてしまうのではないか……。

 押しつけられる、やわらかな唇。便臭を切り裂いて進入してくる、ユナタの甘い香り。

 頭が働かない。

 ついにアリクは閉じた歯を広げ、ユナタを迎え入れてしまった。

 入り込んでくる、ユナタの舌。そして便味に隠れきれない、ユナタの味。

 絡み合う舌。互いを求め合う吸力。ユナタがアリクの、アリクがユナタの口腔内を舌で探る。

 アリクは唇でユナタの舌を捕まえると、貪るようにしてそれを吸った。

「……ぅン、ぅ、ぅうン」

 どこか甘えているかのようにも響く、ユナタの音色。

 それが多少の苦しさを滲ませ始めたとき、アリクはユナタを開放した。

 しかし繋がった唇が離れることはなく、ふたりは繋がった口の中で汚物を行き来させるという行為にふける。

 長い時間をかけて、口づけを交わすふたり。

 やがて、行き来させる便がなくなったころ、ユナタはアリクから唇と身体を離して、

「……ふぅ」

 息をついた。

 口に、胃の中に入った便が、強烈な苦味と臭気を放っている。

 頭がクラクラして、

(な、なんだか、胸の奥が……)

 気持ち悪い。

 そう思った瞬間。急激な吐き気がユナタを襲った。

 堪えることはできない。そういうレベルではない。

 ぎゅっと、両手で口元を押さえる。

 しかし、

「ウッ! げぷッ……ぅッ、うげぇッ!」

 胃の内容物の逆流を防ぐことはできなかった。

 口元を押さえる手の隙間から、嘔吐物がビチャビチャと音をたてて滴る。そして彼女の薄い胸元を、下半身を汚した。

 生暖かく、不快な温もり。そして便のそれとは明らかに違う、すっぱい臭い。

 苦しさにギュッとまぶたを塞ぐ。自然と涙が零れた。

(泣かないでと、いわれましたのに)

 口元に感じる、にちゃっ……とした温もり。その温もりが吐き気を呼び戻し、

「ぅっ、ぅげェっ! げぽっ」

 ユナタは再度、嘔吐した。

「げっ……けほけほっ、も、もうしわけ、けほっ……ございま、せん」

 苦しげにえずきながらも謝罪するユナタ。その間にも、嘔吐物がぴちゃぴちゃと零れ落ちる。

「そんなことは構いません。それよりも」

「はぁ、はぁ……わ、わたくしは……平気、です」

 ぬるりとした嘔吐物にまみれる身体。不快といえば不快だが、これだって汚物には違いない。

「あの、これも……?」

「……はい?」

「それともこれは、とても粗相をしでかしたのでしょうか」

 アリクはユナタがいおうとすることを理解して、

「こ、こういうのも、す、好きです」

 答えた。

「そうですか。でしたら、うれしいです」

 安心したように微笑むと、ユナタはシーツに零れた嘔吐物を手に取って胸元に、そして顔にまで塗った。

 ぬるりとした嘔吐物の感触。すっぱい臭い。

「どうですか? よろこんで、いただけますか」

 嘔吐物を身体に塗りながら、その面に笑みをつくるユナタ。

 アリクはうなずき、「はい。とても、うれしいです」と答え、ユナタの嘔吐物を手のひらにすくうと、なめるようにして口に入れた。

 

     ☆

 

 ふたりはどちらともなく、互いの身体を確認しあうかのようにして触れ合った。そしてそれは、ユナタの排泄物や嘔吐物を塗り合うという形でなされた。

 ユナタの白い肌を覆う汚物。控えめな胸も、細い四肢も、そして顔までもをその色で染めている。

「少し、お休みになられますか」

 塗り合うものがあらかたなくなったころ、アリクがいった。

 それにユナタは首を横にふり、

「いいえ、おつづけください」

 告げる。

 排泄物と嘔吐物の臭いが、室内いっぱいに漂っている。それは、自分が吐き出したものとは思えない臭いだ。

 しかしアリクは、この臭いをよろこんでくれている。自分の排泄や嘔吐をよろこんでくれているのだ。

 その証拠にアリクのモノは、ユナタが最初目にしたのとは比べ物にならないほどに硬度と体積を増し、初体験のユナタには恐ろしいほどになっていた。

(このようなものが……)

 とても、自分のアソコに入るとは思えなかった。

 ユナタは自分の部分を観察したことなどないし、正直、自分についているとはいえ、アソコとはどういったものなのかよくわかっていない。

 もしかすれば、入るのかもしれない。

 よくわからない。

 ソフィアたちは、入れているのだろう。

 だから、自分も入るのだろう。

 ……たぶん。

 でも、信じられない。

 こんなにたくましいものが、自分のアソコに突き刺さるなんて。

 考えただけで、痛みを感じてしまう。

 不安そうな顔でペニスを凝視しているユナタに、

「本当に、よろしいのですか?」

 アリクが問う。

「はい。と、申し上げました」

「ですが……」

 アリクは一度言葉を切り、数秒間無言でユナタをみつめて、

「とても、お辛そうなお顔をなされております」

 いった。

 そんなはずはない。辛くなどない。

 むしろ、安堵しているはずだ。

 アリクを迎え入れ、繋がる。

 これで安心できる。この城にいてよいのだと思えるはずだ。

 これで手に入れられるのだ。

 自分と、ヨルの居場所を。

 ユナタは自ら、ペニスへと腕を伸ばして手をそえる。

 温かい。熱いくらいだ。

 そっと握るようにして手の中の感触を確かめ、ペニスに顔を寄せていく。

(これを、わたくしの中に招くのですね)

 と、ユナタの頭上で、電球がピコーンと輝いた。

(そうですわ。なめてもらうのは、あれほど心地よかったですから、アリク様もきっと……)

 アリクのモノをなめてあげよう。

 普通におしゃぶりなだけだが、ユナタ的には名案だった。

 自分の名案を実践するため、ユナタはアリクの先端に、そっと口づけを送った。

 ピクっ……と、アリクの腰が跳ねる。

 とりたてて味はしない。

 もっと不快な味がするものだと思っていたのだが、これなら安心して口に含むことができそうだ。

 汚物が付着した、本来ならサクラ色の唇を広げ、熱をもった硬肉を口腔内へと招く。

 といっても、アリクのモノはユナタの口には大きすぎて、彼女は先端全部を含むだけで精一杯だったが。

 

 くちゅ……ちゅっ、ちゅく

 

 両手で棒を包みこむようにして固定し、ちょうど裏筋の部分を繰り返しなめる。

 しかしこれは、思った以上に大変だ。呼吸が制限されるために息苦しいし、油断すると、モノに歯が当たってしまいそうになる。

 噛みつくわけではないのだから、多少当たったところでどうということはない。しかしユナタは、なぜか「歯を当ててはいけない」と思いこんでいた。

 必要以上に歯を気にしながら、おしゃぶりをするユナタ。そしておしゃぶりになれていないので、どうしてもよだれが零れてしまう。

 日常の生活で、よだれを零すなんてことはない。下品だとは思うが、変にイヤらしい感じがして興奮してしまう。

 ユナタはおしゃぶりをしながら、そっと上目づかいでアリクの様子を探る。彼はなんだか、とても気持ちよさそうな顔をしていた。

 やはり、自分の考えは間違っていなかった。

(気持ちよくなってください。もっと、たくさん)

 ユナタは心をこめてしゃぶった。顎が痛くなって、口角からよだれがびちゃぴちゃと零れても、おしゃぶりを止めることはない。

(へんな、気持ち……)

 自分がアリクに奉仕しているのに、自分も気持ちがいい。頭の芯がしびれ、なぜかおしゃぶりに夢中になってしまう。

 口腔内を満たす、力づよい猛り。その猛りを通じて、アリクへと快感を伝えることができている。

 

 ぅんグ……ぅく、くちゅ、ちゅっ……ちゅぱちゅっ

 

「ユ……ナタ、様」

 ユナタの頭に手を置き、髪をなでるようにしてアリクがいった。

 と、彼女は、口の中にこれまでになかった味が滲むのを感じた。

 ユナタにも、多少の性知識はある。男性は快感が高まると、ペニスからお汁を放出するのだ。

 なぜだかユナタには、アリクがそのお汁を放出してしまいそうになっているのが、言葉で示される必要なくわかった。

 ユナタは口のものを解放することなく、小さくコクンと頷くと、「このままでどうぞ」……そう告げるかのように、舌の動きを激しくする。

 そして舌だけでなく、竿をこきざみにしごき、袋をやさしくなでた。それは誰に教わるでもなく、自然とそうしていた。

 ギュっと、アリクが両手でユナタの頭をつかむ。

 その瞬間。

 

 びゅるびゅくンッ!

 

 ユナタの咽に、熱いものがぶつかってきた。

「ぅング……ッ!」

 何度もなんども、咽に打ちつけられるそれ。

 しかしユナタは、ペニスをしっかりとくえたまま、アリクのほとばしりが落ち着くまでそれに耐えた。

 やがて、

 

 にゅく……ぴちゅぱっ

 

 放出を終えたアリクが、身体を引いてモノを抜く。ユナタの口の中に、大量のお汁を残して。

 とろりとして舌にからむ苦味。鼻腔を通る生臭さ。排泄物とも嘔吐物ともちがう味と臭い。

 しかしそれは、ユナタにとってけして不快なものではなかった。

 むしろ、おいしいと感じるほどだった。

(男の方のお汁は、おいしいのですね)

 おいしくて、気持ちがいい。

 飲み込むのがもったいない。もう少し口の中で遊ばせていたい。ユナタは口腔内でアリクのお汁を循環させる。

 舌に、歯に。ぬっとりと絡んでくるお汁。

(また、おしっこが零れてしまいそう……。それに)

 触りたい。アリクになめてもらった敏感な部分を。

 股間に感じるうずき。もっと気持ちよくなりたいという欲求。

 ユナタは、唾液がまざり薄くなったお汁を、

 

 こくっ……こくん

 

 咽をならして飲みこんだ。

 咽に絡みながらも落ち、胃の中に収められるお汁。

 飲精。

 もちろんユナタがそのような言葉をしるわけはない。しかしユナタは、自分の中で「なにか」が確実に「変化」したのを感じていた。

 とくんっ、とくんっ……心臓なのか、それとも下腹部なのか。どこからとも特定のできない疼きがユナタを満たす。

「はぁ……はぁ……」

 息を整えるとユナタは、

「たくさん、お出になるのですね」

 アリクに告げた。

「そ、そう……でしょうか」

 不思議そうな顔をするアリク。

 もしかして、誰かと比べたと思われたのだろうか。

 ユナタは勝手にそう思い、

「あっ。いえ、わかりませんけれど……」

 すぐにいった。

 と、アリクの力を失いかけたペニス。その先端から、トロリと白濁したお汁が零れそうになる。

「あっ」

 思わずユナタはそれを口に含み、ちゅーちゅーと音をたて吸った。

 残り汁をすべて吸い取り、それでもユナタはおしゃぶりをつづける。やがてアリクのモノが、彼女の口の中で体積と強度を取り戻していった。

 口腔内いっぱいに

 完全に力を取り戻したそれ、ユナタは顔を上げる。

 アリクと目が合った。

 ユナタは、いま自分がとった行為が急に恥ずかしくなり、

「あ、あの……」

 いい訳の言葉を探す。

 しかし、なにをいってよいのかわからなかった。

 無言で顔を伏せるユナタ。

「とても、気持ちがよかったです」

 うつむくユナタの髪をなで、アリクがいった。

 ユナタは顔を上げ、

「は、はい」

 微笑みを返した。

 アリクも照れたようすの笑みを浮かべると、ユナタの肩に両手をそえてベッドに寝転ぶように促す。

 ユナタは促されるまま、身体を横にした。

「ユナタ様」

 アリクが、まっすぐにみつめてくる。

 真剣な顔。少し、こわいくらいの。

「……はい」

 ユナタは答え、アリクを迎えるために脚を開いた。

 すっと、アリクの下腹部が股に潜りこんでくる。

 アリクの先端が、股間へと触れる。

 と、そのとき。

 

『姫さまが大好きだからですよ』

 

 頭の中に、ヨルの声が響いた。

 その声に、ユナタは思わず両手でアリクの胸を押して、距離をとろうとしてしまった。

 ユナタの動きに合わせるように、アリクが身体を離す。

(うそ……どうして?)

 覚悟は決まっていたはずだ。

 なのに……。

 身体が、心が。

 アリクとの繋がりを拒否している。

 ユナタにはそれが、否定のしようがないほどにわかってしまった。

「……ごめんなさい。アリク様」

 アリクはうなずき、微笑んでくれた。

 それは少し、いや、はっきりと「寂しそう」な笑みだとユナタは思った。

 このような状況で、アリクの元を去ってよいのだろうか。

 このひとは自分が思っている以上に、自分のことを「好いて」いてくれているのではないだろうか。

 ユナタが考えている間に、

「今夜は、とても楽しい時間をありがとうございました」

 アリクが行為の終わりを告げた。

 

     4

 

 自分は、早まった選択をしてしまったのだろうか。

 もし自分をふたつに裂くことができるのなら、片方をヨルに、もう片方をアリクへと差し出すことができるのに……。

 だが、そのようなことは不可能で、ユナタは「どちらか」を選択するしかない。

 湯浴み場で身体を清めたし、解毒の魔法薬も服用した。

 臭いは……思ったより気にならない。嗅覚がマヒしているだけかもしれないが。

 自分とヨルの部屋に戻るユナタ。

 夜は更けている。しかしユナタは、ヨルが寝ないで自分の帰りをまっていることを確信していた。

 そっと扉を開け、部屋へと入る。

 月明かりが照らす室内。

 ベッドに腰掛けるヨルの姿。

「姫……さま」

 パタン……扉を閉じる。

「おかえりなさいませ」

「……はい」

 ユナタはヨルの隣に腰を下ろす。

 アリクとの行為の残り香が気になったが、ヨルはそれについてはなにもいわなかった。

 というよりも、ヨルはなにもいわない。

 ユナタも無言で、ヨルの隣でじっとしていた。

 沈黙が支配する長い時間か経過し、ユナタは月明かりが照らすヨルの横顔を盗みみた。

 不安そうな顔。今にも、ここから逃げ出してしまいそうな。

 

『本当に、よろしいのですか?』

 

 たぶん自分も、アリクにこのような顔をみせていたのだろう。

「……ヨル」

 受身ではダメだ。自分から行動しなければ。

 ユナタはヨルを押し倒し、ヨルの唇に自分のそれを重ねた。

 驚いたように目を円らにするヨル。

 ユナタはヨルの唇を強く吸った。

 閉じられた歯をわり、舌を進入させる。

 太ももに手をそえる。そして手を昇らせていき、つけねへと移動させた。

 ヨルの大切な部分へと届く。ユナタがそう思ったとき、ピクンと身体を震わせて、ヨルは太ももを閉じてしまった。

「戻る前に、身は清めてまいりました」

「あたしは、清めてません」

「かまいません」

「かまいますよぉ!」

 そして、なにごともなかったかのような笑顔で、くすくすと笑い合うふたり。

 一度のキスで、ヨルの気持ちはわかった。

 ヨルとわたくしの気持ちは同じ。

 ユナタは再度、ヨルの唇に自分のそれを重ねる。

 それは、軽く触れるだけの口づけ。

「アリクさまには、感謝しております」

 自分は、アリクを利用しようとしているのだろう。自分とヨルとのふたりでは、安定した生活を確立できる自信がないから。

 だから、アリクに身体を捧げようとした。

「ですけど……」

 そのようなことは不要だった。

 アリクは、なにかを求めるために、自分たちをこの城で保護しているわけではないのだろう。

 理由などない。

 ただ、そうしたいから。

 自分たちが困っていたから。

 事実、困っているから。

 だから、ここに置いていてくれる。

 それだけ。

「抱いてください、ヨル」

 ユナタはやっと、「自分たち」がこの城の住人であることを認識できた。

「いいえ。抱き合いましょう? ヨル」

 ふたりの身体が重なり、そして三度唇が……。



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